15, フェブラリウス

 

 

 

 

フェブラリウスは、プラントにおける医療機関が集約された都市である。
プラント評議会議員で、フェブラリウス市長であるタッド・エルスマン自身も遺伝子学の権威として遠く地球にまで名を馳せており、エルスマン家系列の医療機関はプラント中に点在している。
 
かつてプラントで猛威を振るった新型インフルエンザのワクチン開発にもタッド・エルスマンはその力を発揮し、多くのコーディネーターの命を救った。
2度の大戦を超え、若くしてザフトの高官となった息子を持ち、自身も穏健派として停戦協定やナチュラルとの和平に尽力したタッド・エルスマンの信奉者は多く、ナチュラルの間でもその功績は讃えられ、多くの研究者たちの目標となっている。
 
 
 
「…絵に描いたようなセレブじゃない、これ…」
ミリアリアは携帯端末で調べたフェブラリウスとタッド・エルスマンについてのページをざっと読み、思わずつぶやいた。
「なに?ミリィ。」
「きゃっ!い、いつの間に戻ってきてたの!?」
背後からディアッカに声をかけられ、ミリアリアは慌てて、でも不自然にならない程度に気をつけて端末を閉じた。
「んー?今。お前こそ何で気づかねぇの?」
「ちょっと、ぼんやりしてたから…」
ミリアリアは窓から景色を眺めた。
 
 
「ここが、フェブラリウス…」
ディアッカの腕が、後ろからミリアリアに回された。
「…そう。フェブラリウス。アプリリウスに比べて、大きな建物が多いだろ?」
「そうね…。病院とか?」
「研究施設が多いかな。あとはまぁ、病院とかアカデミーとか。
医療都市って言われてるくらいだから、うちの系列以外にも病院はあるし。」
「そうなんだ…」
 
「てことで、行くぞほら。」
「…は?ちょ、何で?自分で歩けるから!」
「だめ。一緒に入ろ?うちの風呂、どの部屋のも広いから余裕だし。」
こうなってしまうと、ディアッカは聞く耳など持たない。
ミリアリアは諦め、ディアッカの首に腕を回した。
 
 
 
「…あのさ。言いたくなければいいんだけど。」
ラベンダーの香りが漂うお湯の中。
背後からミリアリアを抱き締めるディアッカの言葉に、ミリアリアは振り返った。
 
「…式典で、なんか言われたんだろ?」
 
ミリアリアは困ったような顔で微笑んだ。
視線を前に戻し、ディアッカの肩に頭をこてん、と預ける。
「…お父様に聞いたの?」
「ああ。心配してた。」
 
 
「…ナチュラルのくせに、ザフトの将校を誑かした女、って。
出てこい、って言われたわ。」
 
 
「な…」
ディアッカは絶句した。
「…前にも言われたことあるもの。
そう見られるのも無理ないわよ。覚悟もしてたわ。
まぁ…いざ目の前で言われたら狼狽えちゃったけど。」
こちらを見ずにミリアリアはそう言うと、ディアッカの腕をきゅっと掴んだ。
 
「でも、大丈夫。」
 
「…ミリィ…」
「私のこと、嫌いな人もきっと大勢いると思う。
ナチュラルであること、ディアッカに選ばれて今ここにいること、戦場ジャーナリストの経歴。
気に入らない人もたくさんいると思うわ。」
 
ディアッカは、ミリアリアが泣いているのかと思った。
しかし、くるりと振り返ったミリアリアは、なんとにっこりと笑顔を浮かべていた。
 
 
「それでも。私を認めてくれる人、私たちの婚約を祝ってくれる人もたくさんいるわ。だから、大丈夫。
それに、私にはディアッカがいてくれるもの。ね?」
 
 
ディアッカは、ミリアリアの唇をそっと塞いだ。
「…俺が守るから。何も心配すんな。」
「うん。ちゃんと分かってるし、信じてる。」
二人は温かい湯の中で、もう一度唇を重ねた。
 
 
 
ディアッカは、腕の中ですやすやと寝息を立てているミリアリアの髪を指に絡めた。
ラベンダーの香りがほんのりと漂う、柔らかい体を堪能したい気持ちがなかったといえば嘘になる。
しかし、明日に向けて緊張しているであろうミリアリアを思いやって、ディアッカはキスだけで我慢したのだった。
「…俺が、守る。必ず。」
ディアッカはそう呟いて、ミリアリアを抱き寄せる。
 
ナチュラルに否定的な輩は、たしかにまだプラントにも一定数存在していた。
ミリアリアには話していなかったが、ディアッカ自身も多かれ少なかれ、そう言った輩からミリアリアについて色々と口さがないことを言われる事もあったのだ。
そんな時、やはり助けになってくれたのはイザークやシホ、そして周囲のミリアリアを知る人々だった。
 
 
ラクスを先頭に進む、ナチュラルとの和平政策。
民意は、和平に前向きであることは間違いではない。
アスランは未だオーブ軍籍のままでおり、時期を見てカガリの元に戻るつもりであるようだ。
イザークも、いずれ議員として議会の末端に籍を置くだろう。
ラスティとの約束もある。
 
自分に出来る事はなにか。
 
腕の中で、ミリアリアが息をついた。
無意識に自分に擦り寄る愛しい婚約者に、ディアッカはそっと唇を落とす。
 
 
ミリアリアを守る為に、何をすればいいか、将来のヴィジョンはまだ見えない。
ただ、自分は、強くあろう。
迷わない。惑わされない。
もし迷っても、一緒に考えて行けばいいのだ。
イザークやアスラン、キラやサイ、そしてミリアリアと。
 
 
「…ディアッカ?」
 
ミリアリアが、眠そうな声でディアッカの名を呼んだ。
起こしてしまったか、とディアッカは慌ててミリアリアの体に回した腕を緩めた。
「どした?ミリィ」
「…眠れないの?」
子供のような無邪気な顔で、ミリアリアはディアッカに問いかけて来た。
「ん…大丈夫。ごめんな、起こして。」
「だいじょうぶ…だよ、ディアッカ。」
「…え?」
ミリアリアはそっと腕を伸ばし、ディアッカの頬に手を滑らせる。
 
「わたし、がんばるから。心配しないで?」
 
ディアッカは、抱き寄せたミリアリアから香るラベンダーの香りに溜息をついた。
むらむらと湧きあがる欲望をじっとやり過ごす。
「…うん。おやすみ、ミリアリア。」
「おやすみ…なさい、ディアッカ…」
我慢、がまん。
程なくすぅすぅと寝息を立て始めたミリアリアの温かい体を抱き寄せて、ディアッカは今度こそ目を閉じた。
 
 
 
 
 
 
 
 

016

お披露目って緊張しますよね!

 

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