13, ガトーショコラ 2

 

 

 
「…うぅ…」
 
ぐるぐる、ぐるぐる。
足早に歩きながらも、シホは止まらない目眩に呻き声をあげた。
あれで、良かったのだろうか。
いや、良い訳が無い。
果てしなく唐突で、シチュエーションもまるでなってなくて。
イザークは、どう思っただろう。
ガトーショコラ、食べてくれるだろうか。
 
 
「あ、シホさん!」
シホは目眩を堪えて振り返る。
そこにはキラが、涼しげな笑顔で小さな包みを持って立っていた。
「ちょうど良かった。これ、ラクスから君に。」
「ラクス様、から?」
「うん。手作りのトリュフ。ミリィからも貰っただろうけど、ラクスがどうしてもプレゼントしたいって。あ、こっちはイザークの分ね。」
「イザーク…隊長の、分?」
「うん。ラクスから。」
 
ラクス様が、手作りのトリュフを、隊長に?
あの、隊長が敬愛してやまないラクス様からの、手作りのプレゼント?
そんなものと、自分が作ったガトーショコラが、隊長の前に並ぶ、というの?
 
「…え、ちょ、シホさん!?」
シホは崩れるようにその場に倒れ、意識を失った。
 
 
 
冷たい手が、額に乗せられる。
ひんやりとした感触が気持ち良く、シホは深く息をついた。
目を閉じていても先ほどからの目眩は止まらず、気付けばなぜか頭痛まで加わっている。
それでも、額に乗せられた手が痛みや苦しみ、辛いことを全て吸い取ってくれる気がして。
シホはしばしそのひんやりとした感触に身を任せていた。
そして、そっと目を開ける。
 
 
「たい、ちょ…う?」
シホの目に入ったのは、気遣わしげな表情のイザーク、だった。
「え、ええっ!?」
一瞬にして意識が鮮明になったシホは、驚いて起き上がろうとする。
が、しかし。
 
「いた…」
「馬鹿者!急に起きるな!」
イザークに叱り飛ばされ、シホはぽすんと枕に頭を戻される。
 
「頭、痛い…」
「当たり前だ。ひどい熱ではないか。全く…」
「熱…私、熱があるんですか?」
イザークは溜息をついた。
「自覚がなかったのか?」
「も、申し訳ありません…」
シホは小さな声でやっとそれだけ言った。
よく見れば、腕には点滴の針が刺さっている。
体調不良。
こんな基本的な事に気づかないなんて!
さっきの告白といい、頑張ろうとすればするほどみっともない姿を見せてばかりで、シホは痛む頭を抱えて激しく落ち込んだ。
 
 
「キラが、これを置いていった。お前の分だ。」
そう言ってイザークがかさりと持ち上げたのは、先程のラクスお手製のトリュフだった。
シホは、微かに微笑んだ。
 
 
「…良かったですね、隊長。ラクス様の手作りと伺いました。」
 
シホは小さな声でそれだけ言うと、ベッドから手を伸ばした。
可愛らしいラッピングを施されたトリュフを、そっと受け取る。
 
「…ありがとうございました。私はもう大丈夫です。隊長は仕事に戻って下さい。」
 
これ以上、イザークを見ているのが辛くて。
自分とラクスの違いを感じるのが辛くて。
シホは痛む頭と止まらない目眩を堪えながら、イザークに退出を促した。
 
 
「…俺も、分からん。」
ぼそりと、イザークが呟いた言葉。
シホはぼんやりとイザークを見上げた。
「…好き、とか。愛してる、とか。今までそんな感情について、考えたこともなかった。今はそんなもの、必要ないとすら思っていた。」
 
母やラクスに対する敬愛、ディアッカやサイに対する友情。
今は妹のように思っているミリアリアに対する、庇護欲。
 
 
ではシホに対する、似てはいるがそのどれにも当てはまらない感情。
この感情に、つける名前は、何だ?
 
 
「…何が、仰りたいのか、わかりません、隊長。」
イザークは、シホの熱で潤んだ瞳をじっと見つめた。
 
「ガトーショコラは、冷やしても美味いんだ。」
 
「…はい?」
話題の転換について行けず。
シホは思わず怪訝な顔をイザークに向けてしまった。
そして、驚きに目を見張る。
 
 
イザークの顔が、赤くなっていた。
 
「まずは、熱を下げろ。あれは、執務室の冷蔵庫で冷やしておく。」
「…あの、話が見えないのですが…」
シホはガンガン痛む頭に目を潤ませながらも、遠慮がちにそれだけ口にした。
 
 
「…せっかくのお前の力作だ。どうせなら二人で食べたいと思ったのだが?」
 
 
シホは、たまらず起き上がる。
今度はイザークも止めなかった。
アイスブルーの瞳にじっと見つめられ、シホはさらに熱が上がった気がした。
 
 
ふたりで、食べたい。
それは、つまり、何?
どういうこと?
 
 
「お前のように、はっきり好き、とはまだ言えない。俺にはこの感情が何なのかが分からない。だが。」
 
 
 
イザークの手がシホの頬に触れて、そこにかかる長い髪をそっとどかされる。
そして。
 
 
 
イザークの唇が、熱で火照ったシホの唇にそっと重ねられた。
 
 
 
「…自分からこうしたい、と思ったのは、お前が初めてだ。」
いつの間にか、シホはイザークに抱き寄せられていて。
耳元で響くイザークの掠れた声に、シホはふるりと体を震わせた。
 
「…あの、たい、ちょ…」
「イザーク、でいい。今は。」
「…イザーク…」
シホはおずおずとイザークの名を口にした。
「…早く治せ。でないと俺が困る。」
「…はい」
「少し休め。点滴が終わる頃には楽になっているだろう。」
「…はい…」
 
イザークの優しい声。
シホは、少しずつ目眩が治まって行くのを感じていた。
代わりに、急激に睡魔が襲ってくる。
 
 
「…ガトーショコラ、俺の好物だ。ありがとう。シホ。」
その言葉に、答える力はもう無くて。
 
 
シホは、イザークに抱き寄せられたまま、意識を手放した。
 
 
 
 
 
 
 
 

016

すみません、これがうちのイザークの精一杯…(笑)

晩熟なイザークが、シホの告白によって初めて恋心を意識した瞬間、です。

イザシホ好きな方、未熟な話で申し訳ありません…

 

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2014,6,26up