13, ガトーショコラ 1

 
 
 
シホがエアカーから降りると、ちょうどタイミングよく携帯が鳴った。
着信画面に光る名前は、イザーク・ジュール。
シホは慌てて通話ボタンを押した。
 
「ハーネンフースです。」
『シホか?今どこにいる?』
「はい、本部に戻ったところです。遅くなりました。」
『いや。ミリアリアからシホが戻ったか連絡があってな。』
シホの心臓が跳ねた。
「そうです、か。あの隊長、今どちらですか?」
『今?隊長室だが。』
「お一人ですか?エルスマンは?」
『あいつなら、つい今しがた休暇申請の件で出て行った。
…どうした?シホ。』
 
 
チャンス。
 
 
シホの中で、何故かミリアリアの声が聞こえた。
 
「…隊長、今すぐそちらに伺っても宜しいでしょうか?」
『別に構わないが…』
「すぐ行きます!ではっ!」
 
シホは一気にそこまで言って通話を終わらすと、車内で慎重に粉砂糖を振りかけたケーキを手に、早足で隊長室へ向かった。
 
 
 
緊張のせいか、目眩を覚えたシホは深呼吸をする。
すぅ、はぁ。すぅ、はぁ。
シホは意を決して、隊長室のドアをノックした。
「入れ。」
イザークの声に、シホの緊張は否が応でも高まる。
くらりと、また目眩がした。
 
「…ハーネンフースです。失礼します。」
 
シホは律儀に名乗り、部屋に入る。
「ご苦労だったな、シホ。ディアッカが感謝していたぞ。」
イザークは、執務机の向こうでシホに微笑んだ。
シホは返事をする余裕もなく、イザークの方に歩みを進めた。
ぴた、とイザークの前で止まり、俯く。
 
「シホ?」
 
シホはまた目眩を覚えていた。
何から伝えればいいのか、どう伝えればいいのか。
優秀な成績でアカデミーを卒業したシホにも、分からないものは分からない。
 
「分からない…」
「は?」
 
つい、思ったままを口にしたシホに、イザークが怪訝な顔を向けた。
 
「隊長。質問があります。」
シホの口は、思考回路が狂った状態で勝手に言葉を紡ぎ出す。
「な、何だ?」
シホは、勇気を出してイザークを見た。
 
「…唐突に気づいてしまって、何から伝えればいいか分からない時。伝えたいことがありすぎて、どうすればいいか分からない時。隊長なら、どうされますか?」
 
あまりにも意外な質問に、イザークの目が丸くなる。
なんだ?このシチュエーションは。
イザークの脳内に疑問符が踊る。
そしてシホは、なぜか瞳を潤ませイザークを見つめていた。
 
 
「…よく分からんが、俺ならば一番大事な事を考えて、まずはそれを伝えるな。」
 
 
シホは、穴が空くほどイザークを見つめた。
一番大事で、一番伝えたい事。
それは。
 
 
「私は、隊長が好き、です。」
 
 
静寂が、部屋を支配した。
「…好き…。」
イザークはぽつりと、シホの言葉を繰り返す。
 
「ずっと、ただの尊敬の念だと思っていました。でも、そうじゃない事に最近気づきました。今日は、それを伝えたくて、お時間を頂きました。」
 
シホの口は、壊れたスピーカーのように、今まで気付かないふりをしていた感情を吐き出す。
 
そしてまた、沈黙。
 
先程の呟きの後、固まってしまったイザークを見つめていたシホだったが、だんだんと我に返り、とんでもないセリフを口走った事に気づく。
 
シホは、手にしていたガトーショコラの箱を執務机にだん、と置いた。
 
 
「これ、私がミリアリアさんに教わりながら作りました。バレンタインの、贈り物です。」
 
 
「…バレン、タイン…」
呆けたような、イザークの声。
「ミリアリアさんに教わったんです。お菓子作りも、自分の気持ちを伝えることがどれだけ大切かも。」
「シホ…」
 
シホはもう、色々な意味で限界だった。
目眩で視界がぐるぐる回る。
 
「不味かったり、必要ないとお思いになれば捨てて下さい。ではっ、私はこれでっ!」
シホはくるりと踵を返すと、ぎこちない足取りで執務室を出て行った。
 
 
 
 
 
 
 
 
016

緊張し過ぎのシホ。呆けるイザーク。

ミリアリアの行動によって、二人に転機が訪れます。

 

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