「シホさん、余計な仕事を増やしてごめんなさい…」
ミリアリアは運転席のシホに向かって、しきりに恐縮していた。
「いえ。気にしないでください。…お礼、です。トリュフの。」
ミリアリアは少しだけ顔を赤らめるシホを見て、嬉しそうに微笑んだ。
「シホさん、イザークにはもう何か用意したの?」
途端、シホの顔が一気に赤くなった。
「わっ!私は特に、なにもっ!今日は、式典当日ですし!」
「そうだけど…ラクスは用意してたわよ?キラに。」
シホは動揺を隠そうと、必死に運転に集中した。
「と、とにかく、私は何も。式典の準備で時間もありませんでしたし。」
ミリアリアは少し考え、運転中のシホに向き直り口を開いた。
「…シホさん、私のこと、あと1時間半だけ護衛してくれる?」
オーブンが、軽やかな音を立ててガトーショコラの焼き上がりを告げた。
「うん、いい感じ。シホさん、真ん中にこれを刺してみてくれる?」
シホは恐々と串を刺し、そっと抜く。
「ちゃんと焼けていれば、何もついてこないはずよ」
「何も…ついていませんね」
「じゃ、完成!ね?すぐ出来たでしょ?」
シホは小さなガトーショコラをまじまじと見つめた。
「これを…私が…」
ミリアリアは小分けの袋に粉砂糖と小さな篩を入れ、シホに渡した。
「ちょうどラッピング用品が余っててよかったわ。
本部に戻るまでに冷めると思うから、イザークに渡す前にこれを使ってお砂糖を振りかけてね?」
ミリアリアが用意した箱に、シホはそっとガトーショコラを納めた。
ミリアリアの提案。
それは、ディアッカの自宅で、ミリアリアと一緒にイザークへのケーキを作ること、だった。
最初は頑なに固辞していたシホだったが、ミリアリアの懇願に負け、いつしか言われるがままにキッチンに立っていた。
「私…、初めてです。お菓子作りなんて…」
「そうなの?でも簡単だったでしょ?来年はもっとすごいお菓子に挑戦ね!」
ミリアリアはそう言って、にっこり微笑んだ。
「…ありがとうございます、ミリアリアさん。こんな事までして頂いて…」
そう言って玄関で深々と頭を下げるシホに、ミリアリアは慌てた。
「シホさん、そんな事しないで!
シホさんには、ディアッカだけじゃなくて私もお世話になってるもの。
この間の事件でも、シホさんがいてくれたから心強かったのよ?」
シホはきょとんとした。
「…心強かった?」
ミリアリアは微かにはにかんだ。
「…やっぱり、ああいう事って男性には話しにくいじゃない?
それに、私プラントには女性の知り合いってラクスくらいしかいなかったし。」
シホは新鮮な驚きとともに、ミリアリアの感じているであろう寂しさ、に共感を覚えていた。
赤服初の女性副官としてジュール隊に配属されたシホもまた、周りは男性だらけで。
アカデミー時代の友人達ともどんどん疎遠になって行き、気づけば女性同士の会話などミリアリアが久しぶりであった。
「…これからも、何かあれば声をかけてください。私でよければ、友人として。」
ミリアリアの表情が驚きに包まれる。
シホははっと我に帰り、顔を赤らめた。
「す、すみません、いきなり…」
「…いいの?」
「え?」
シホが顔を上げると、泣きそうな表情をしたミリアリアがそこにいた。
「私、ナチュラルで…。さっきみたいに私の事を見ている人だってきっとたくさんいるのよ?
それでも、友達って言ってくれるの?」
シホはシューズクローゼットの上にそっとガトーショコラの箱を置く。
そして、ミリアリアをぎゅっと抱き締めた。
「…そんなことありません。ナチュラルだから、とか、そんなことで人を区別する時代はもう終わったんです。
あなたが思うより、あなたがたはプラントで受け入れられています。だから、大丈夫。」
ミリアリアは、シホの体に腕を回してぎゅっと抱き締め返した。
「…そう、なのかな…」
「そうです。そうでなければ、誰もエルスマンとあなたの婚約を祝福などしないでしょう?」
ミリアリアは、婚約発表時にたくさんの街行く人たちから貰った祝福の言葉や花束を思い出した。
「…私、ディアッカと結婚して、大丈夫なんだよね?」
「ええ、もちろん。だめな理由がわかりません。」
きっぱりとしたシホの言葉。
「エルスマンは、いささか過保護で不真面目なところもありますが、あなたを想う気持ちだけは本物です。
そして私達コーディネーターも、大多数がナチュラルとの和平を望んでいます。
だから、大丈夫。エルスマンを、私達を信じてください、ミリアリアさん。」
ミリアリアの心が、シホの真っ直ぐな言葉で不思議なほど軽くなる。
「…うん。ありがとう、シホさん。ごめんね、弱気になっちゃって。
それに…友達って言ってもらえて、とっても嬉しい。」
先程の暴言で、ミリアリアは内心ひどく動揺していたのだ。
そして同時に、不安にもなっていた。
自分は本当に、ディアッカと結婚していいのだろうか。
しかしその不安をディアッカに相談するわけにもいかず。
そんな不安定なミリアリアがつい弱音を吐いてしまうのも、無理はなかった。
「いいえ。これからも何かあれば、相談に乗らせてくださいね。
フェブラリウスから戻られたら、またゆっくり話をしましょう。」
そう言って微笑むシホを、ミリアリアはとても綺麗だと思った。
「…イザークのこと、頑張ってね、シホさん。」
「…私もいつか、相談に乗ってもらうかもしれません…」
綺麗な顔を赤らめるシホを見て、ミリアリアは思わずくすりと笑った。
![]()
シホ再び登場。この子はきりっとしてるけど、とても女の子らしい細やかな気遣いが出来る子だと思ってます。
ミリィの粋な計らいが素敵です。
2014,6,26up