激しい行為の後、そのまま意識を手放したミリアリアの乱れた髪をそっと直しながら、ディアッカはまだ荒い息を漏らす唇にそっとキスを落とした。
ミリアリアの体にはやはり幾つもの傷が残っており、特に耳の横にできた痣が痛々しい。
ディアッカの心に、怒りの感情が沸き上がった。
ミリアリアの気持ちを考えてあえてあのような態度をとったが、実はディアッカは激しい嫉妬と怒りに燃えていた。
本来なら優しく話を聞くだけで休ませるべきをああまで責めてしまったのは、一刻も早くミリアリアに自分を刻みつけたかったから。
ミリアリアが自分を求める声を聞きたくて、行為の最中に何度も名を呼ばせた。
俺ってこんなに欲深かったんだ。
ディアッカは自嘲気味に微笑んだ。
ミリアリアのせいではない。
それはディアッカも理解している。
ただ、あの犯人に対する怒りを、ミリアリアとの行為にぶつけなかったと言えば嘘になる。
自分も忘れたかったのだ。この昏い感情を。
結局、あの後車の中からは犯人たちの遺体が収容された。
咄嗟の機転で逃げ出したものの、一歩間違えばミリアリアは今ここにはいなかったかもしれないのだ。
そこまで考えて、ディアッカはぶるりと震えた。
それは、喪失の恐怖。
ミリアリアのいない世界。
ミリアリアのいない、未来。
ディアッカはミリアリアを抱き寄せ、自分の胸に抱え込んだ。
「絶対に、させねぇ…」
青白い顔で眠るミリアリアが、ディアッカの腕の中で、ようやく落ち着いたらしい深い息をついた。
「…ディアッカ…」
自分を呼ぶ声に、ぱちりとディアッカは目を開いた。
「ミリィ?」
慌てて体を起こすと、「きゃっ」という小さな悲鳴とともに、胸元をシーツで隠すミリアリアが目に入った。
ディアッカはその姿に、安堵の息をつく。
「いま…何時?」
「え、と。5時…」
「そっか。おはよ、ミリィ。」
ミリアリアは安心したように微笑んだ。
「おはよう、ディアッカ…」
ディアッカは、ミリアリアの目が変に潤んでいることに目ざとく気づく。
「…お前、もしかして…」
よくよく顔を見れば、昨晩は青白かった顔色が今はほんのり赤い。
「え、なに?」
ディアッカは素早く起き上がると、床に落ちていたバスローブを拾ってミリアリアを包み、そのまま抱き上げた。
「ちょ、ちょっと!何なの?」
「お前、熱あるだろ?」
ディアッカの言葉に、ミリアリアの目が泳いだ。
「…わかんない。けど。でも、べつに風邪とかも引いてないし…」
「打撲は、あとから発熱することもあるんだよ。あー、迂闊だった…」
そう言いながらバスルームのドアを足で開け、シャワーのコックを捻る。
「とりあえずシャワー浴びて。俺も一緒に浴びるから。
あと、今日は一日ベッドな、お前。とにかく休めよ。」
「でも、ディアッカ…」
「俺の事はいいから!ほら、早くあったまれって!」
「きゃあ!い、いきなり頭からシャワーかけないでよ!心臓に悪い!」
「あ、悪りぃ」
途端に慌てるディアッカの姿に、ミリアリアは困ったように微笑んだ。
「ディアッカ…あの、もう大丈夫だから…」
慌ただしいシャワーの後、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるディアッカに、ミリアリアは申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
最も、ドライヤーでミリアリアの髪を乾かしているディアッカにその小さな声は聞こえないようで、優しい手付きで髪を梳く手に変化はない。
「よし、こんくらいでいいだろ」
ドライヤーのスイッチが切られ、乾きたての髪にキスを一つ落とされる。
そのまま細い体を抱き上げようとするディアッカに、ミリアリアは慌てて声を上げた。
「ねぇディアッカ、あの、寝室すぐそこだし、わたし普通に歩けるから…」
「だめ。やだ。却下。」
思いつく限りの否定の言葉を口にし、ディアッカは構わずミリアリアを抱き上げる。
「聞く耳くらい持ってよ…」
「い・や・だ。」
情けない声で抗議するミリアリアに、ディアッカは不機嫌そうな顔で一言だけ返事をする。
「ディアッカ!もう!」
ベッドに降ろされ、ふわりと上掛けを体に乗せられたミリアリアはディアッカを軽く睨んだ。
しかし、情けない、と言っていい表情で自分を見つめるディアッカに驚き、怪訝な表情になる。
「…ごめんな。昨日あのまま寝かせてやればよかったよな…」
ミリアリアの頭を撫でながらぽつりと呟くディアッカに、ミリアリアは今度はぽかんとした顔を向けた。
「…何言ってるの?熱が出たのは打撲のせいで、ディアッカのせいじゃないし…」
ディアッカは、ただ頭を撫で続けるだけで答えない。
ミリアリアを見る目は優しいけれど、それでもどこか寂しげで。
たまらず、ミリアリアは両手を伸ばした。
「…え?」
心底不思議そうな、ディアッカの顔。
「…そばにいて。眠るまででいいから。」
熱に潤んだ瞳でディアッカを見つめ、そう懇願するミリアリアはまるで子供が抱っこをせがむようで。
ディアッカは困ったように微笑むと、ミリアリアの隣に滑り込み、そっとその体を腕に抱いた。
「…落ち着く」
ミリアリアが、安心したようにそう呟く。
「…俺も、忘れたかったんだ、昨日。」
「ディアッカ?」
「俺の目の前で、お前が他の男にキスなんてされて…。乱暴までされて、ほんとはすげぇ悔しくて、嫉妬した。
だから、ああやって抱かずにはいられなかったんだ。」
ミリアリアは、熱でぼんやりとした頭でディアッカの言葉を聞いていた。
「…怒って、たの?」
「お前に対してじゃねぇよ。犯人と…、何もできなかった自分に、だ。」
「ディアッカは、優しいね…。」
ディアッカは、ミリアリアを抱く腕に力を込める。
ミリアリアの体は先程より熱く、熱が上がってきていることを示していた。
「…私が、動かないでって言ったからでしょ?
ディアッカは、ちゃんと最後は助けに、来てくれたじゃない…」
「…そう、かもしれない。でもそれと、お前に無理させたのは別だろ?」
「うん…。でも、ね。それでも。ありがとう。」
「…ありがとう?」
ディアッカは唐突なミリアリアの言葉に戸惑う。
だが、ミリアリアは急激な眠気に襲われ、言葉を選ぶことができなくなっていた。
ますます回らない頭でディアッカの気持ちを汲み取ろうと考えて、ある答えに辿り着く。
「わたしは、昨日抱いてもらえて…救われたよ?」
ディアッカは目を見開いた。
「気持ちが楽になって…、ゆるしてもらえた、って思って、救われたの。
…ディアッカは、忘れられた?」
「…うん。」
「そ、か。よかった…」
ディアッカはミリアリアの優しさに、胸が締め付けられた。
「あとね、ディアッカ…。怒りたい時は、遠慮しないで?
嫉妬でもなんでもいいから、言葉でも態度でも、ちゃんと教えてよね…」
「…どういう、意味…」
「かっこ、つけないでいいから…。
ディアッカの、綺麗なとこも、みにくいとこ、も、私は受け止める、て、言ったでしょ?
そのくらい、じゃ、離れていかないよ…私…」
自分が感じた苛立ちが、ばれていた?
分かっていて、抱かれていた、というのか?
分かっていて、抱かれていた、というのか?
ディアッカはしばらく、なんと言っていいかわからず無言になった。
「…ミリアリア」
次にディアッカが声を掛けた時。
聞こえてきたのは、ミリアリアの安らかな寝息だった。
「…俺も、救われたよ、ミリィ。」
飾らなくていい。
格好つけないでいい。
醜い嫉妬をも受け止める、と言ってくれたから。
ディアッカの心が、すぅっと軽くなる。
「…早く良くなれよ。」
ディアッカは腕の中ですやすやと眠るミリアリアの額に、そっとキスを落として抱き締めた。
迷いながらも、互いを気遣う二人。
2014,6,23up