6, 忘れさせて

 
 
 
 
 

「よ、っと」
 
ディアッカは器用に足で寝室のドアを開けると、腕に抱き上げたミリアリアをベッドまでそっと運んだ。
「お前、病院でシャワー使っただろ?」
「え、あ、うん。」
「んじゃ俺、シャワー行ってくるから。おとなしく寝てろよ?」
そう言ってくしゃくしゃとミリアリアの髪を撫で、ディアッカはシャワールームに消えた。
 
 
ミリアリアは、呆然としたままベッドに腰を下ろしていた。
あれだけディアッカに申し訳なくて、触れられるのも顔を見ることも拒否していたはずなのに。
当のディアッカは、そんなミリアリアの心にあっという間に入り込み、そしてミリアリアは抵抗する間も無く今ここにいる。
 
「とりあえず、着替えようか、な…」
ミリアリアはそう独り言を呟くとクローゼットを開け、ディアッカが羽織らせてくれたコートをハンガーにかけるとルームウェアと下着を出した。
 
 
ディアッカが部屋に戻ると、ミリアリアはすでに服を着替えて、ぼうっとした様子でベッドに腰掛けていた。
ゆったりとしたルームウェアのワンピースは、桜のような淡いピンクでミリアリアにとても似合っている。
足元は、擦り傷を見せない配慮だろう。素足にワンピースと同色のレッグウォーマーを合わせていた。
「寒くない?」
ディアッカが濡れた髪をタオルで拭きながら、優しい口調で尋ねてきた。
「う、ん。さむくない。」
「そ。ならいいけど」
ミリアリアは、意を決して声をかけた。
 
「ディアッカ!あのっ!」
 
ディアッカは無言で振り返った。
その瞳には、何の感情も見えない。
焦ったミリアリアの心臓が跳ねる。
 
 
「…さっき、話したこと、あの、なんか中途半端になっちゃって、それで、えと…」
ディアッカはタオルをソファに放り投げると、ミリアリアの隣にやってきて腰をおろした。
手を後ろについて、長い足を優雅に組む。
 
 
「俺の前で、俺じゃない男にキスされて嫌だったんだろ?」
「うん。」
「俺じゃない男に体を触られて、痕まで付けられて。それも嫌だったんだろ?」
「…うん。」
「婚姻統制の話を聞いて、自分以外にも俺に婚約者がいると思ったんだろ?」
「…わたし、邪魔なんじゃないかって…」
「邪魔?」
「ディアッカのこと、その人から奪う、みたいなことに…なっちゃってたのかな、って…。だとしたら私、どうしたらいいのかって思って…」
「あのな、ミリィ。」
ディアッカは、隣に座ったままミリアリアに顔を向けた。
ミリアリアは俯いて、その小さな手は膝の上でぎゅっと握り締められている。
 
「俺の婚約者は、後にも先にもお前だけだ、ってさっき言ったよな?
その言葉、信用できねぇ?」
 
ミリアリアは顔を上げ、ディアッカを碧い瞳でしっかりと見つめた。
「…ううん。信用できる。ディアッカは、私にそういう嘘はつかないもの。」
ディアッカはその言葉に眉を上げる。
そしてそのあと、嬉しそうに微笑んだ。
 
「…ミリィ。触ってもいい?」
ミリアリアは逆に問いかけた。
 
 
「あんなことされたのに、いいの?私、ディアッカに触れてもらえるの?」
 
 
その言葉が終わるや否や。
ミリアリアはディアッカの腕に絡め取られ、きつく抱き締められていた。
それまで、緊張と不安で体中に力を入れていたミリアリアから、ゆっくりと力が抜けていく。
見開かれた碧い瞳から、気づけばぽろぽろと、我慢していた涙が零れた。
ディアッカも、我慢していたものを解放するようにミリアリアを抱き締める腕に力を込める。
ぎゅうぎゅうに抱き締められてそこかしこにある傷が痛かったが、ミリアリアはそれにすら喜びを感じていた。
 
 
私、戻って来れたんだ。
ディアッカのところに。
 
 
「当たり前だろ?お前は俺と結婚するんだから。」
ミリアリアは、おずおずとディアッカの背に手を回し。
甘えるように、ぎゅっと抱きついた。
 
「こわかった…」
 
ぽつりとそう口にしたミリアリアの髪を、ディアッカは優しく撫でた。
「さっきも言ったけど。ごめんな。ほんと、遅くなった。」
「…あれ以上のことを、されたら。もう、ディアッカのところに戻れないって思った…」
ディアッカが、抱きしめる腕にさらに力を込めた。
 
「…探しにいくさ。お前が何をされても、どこにいても連れ戻す。」
 
ミリアリアはその言葉に、さらに涙を零した。
「ごめん、なさい…せっかく、ディアッカの婚約者って発表されたのに。
たくさんの人の前で、あんな事されて…ディアッカに恥ずかしい思い、させた…」
ディアッカは、その言葉に目を見開いた。
どこまでも、ディアッカの事を一番に心配し、守ろうとするミリアリア。
こんな目に遭いながらもディアッカの立場を気にするミリアリアに、ディアッカは込み上げる想いを抑えられない。
 
「謝る必要なんかねぇよ。一番嫌な思いをしたのは、俺じゃなくてお前だろ?」
 
優しい声が、温かい体が、ミリアリアにはひどく心地よい。
ディアッカはそっと顔を寄せ、ミリアリアの涙を、唇で掬った。
 
 
「嫌な思いをしたことも怖かったことも。
俺が忘れさせてやる。今、ここで。」
 
 
ミリアリアの耳元で、ディアッカの甘い声がそう囁いた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

016
二人の絆は、こんなことでは崩れない。

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2014,6,23up