3, 逃亡

 

 

 

ミリアリアは、男とともに地下道を走っていた。
男が無線で部下らしき相手に指示を出す。
「今どこだ?…ちっ、もうすぐで着く。すぐ車を出せるよう用意しておけ!」
そう言うと、男は足を止めてミリアリアを振り返り、嘲るように口を開いた。
 
 
「婚約者の前で、他の男と唇を重ねた気分はどうだ?」
 
 
その言葉に、ミリアリアは射殺すような目で男を睨む。
「あんた達、何者なの?ラクスを攫ったところで、何の解決にもならないってどうしてわからないの?!」
「ずいぶんと勇ましいな。婚姻統制の話も、どうせ知らなかったのだろう?」
ミリアリアは毅然とした口調で答えた。
 
「大した話でもないわ、そんなこと。
それで私が言う事を聞くとでも思ったら大間違いよ。
いい加減その汚い手を離しなさいよ!!」
 
ミリアリアの言葉に、男の顔色が変わった。
 
「かわいらしい顔をして、ずいぶんと生意気な口をきく…。
自分の立場が分かっていないようだな!」
 
 
男が強い力でミリアリアを壁に押し付ける。
そして、男の唇がミリアリアのそれを塞いだ。
「ん、ん!」
強引に舌を捻じ込まれて、ミリアリアは嫌悪の声をあげた。
「っ!きさま…」
男が唇を離した。
ミリアリアが男の舌を噛んだのだ。
怒りに燃える男が、ミリアリアに手を上げた。
咄嗟に手で顔を庇ったが、それでもその力にミリアリアは吹き飛ばされ、壁にぶつかる。
鈍い痛みに動けなくなるミリアリアの胸元に、男の手がかかった。
 
「なに…きゃ…」
 
男がミリアリアの両手を掴み、そのままのしかかられる。
「いた…っ」
痛みに声をあげるミリアリアの首元に、男の舌が伸びた。
そのまま鎖骨近くまで這い回る舌のおぞましい感触に、ミリアリアは悲鳴をあげた。
「嫌!やめて!」
その声に何を思ったか、男は冷たく笑うと片手で細い両手首を掴み、頭の上に括りつける。
耳元をきつく吸われ、痕をつけられるとミリアリアの目に涙が浮かんだ。
空いた手がミリアリアの軍服のボタンを外し、アンダーの下から素肌をなぞった。
背中に回された手に下着のホックを外され、胸を乱暴に揉み上げられたミリアリアはまた悲鳴をあげる。
 
 
「やめて!嫌ぁっ!ディアッカ、助けてディアッカ!!」
 
 
そして男がミリアリアのアンダーを破りかけた瞬間、無線の微かな音が聞こえた。
「…続きはまた後でだ。その生意気な口、二度と聞けないようにしてやる」
ミリアリアは弱々しく男を睨みつけたが、その体は男に与えられた痛みと恐怖でがたがたと震えていた。
 
 
 
 
シホ・ハーネンフースは礼拝堂の真横にあたる焼却炉の前に来ていた。
何か、おかしい。
シホの勘が、そう告げていた。
その時。
 
「…っ…やぁ…助け…ディ…カ…」
 
シホは、両親から施されたコーディネイトによって、他人より優れた聴力を持っている。
それにより、イザークやディアッカの耳がとらえられないくらいの音もシホの耳には届く。
そしてかすかに、だが確かに聞こえた、今の、声は。
シホは素早く辺りを見回し、焼却炉近くの木陰に隠れる。
そして、イザークとディアッカに向け回線を開いた。
 
 
「こちらシホ。隊長、エルスマン、聞こえますか?」
『どうした、シホ?』
イザークの声が聞こえた。
「今、礼拝堂脇の焼却炉付近にいます。こちらでミリアリアさんらしき女性の声を確認しました。」
『何?!』
シホは冷静に報告を続ける。
「おかしくありませんか?礼拝堂に焼却炉などわざわざ作る必要はありません。燃やすものなどほとんど無いのですから。」
『…確かにそうだな。』
「おそらくこの焼却炉は、犯人達による脱出経路の確保用に作られたものでしょう。
犯人とミリアリアさんは堂内のどこかから地下道か何かに入りこみ、この付近から脱出すると思われます。至急応援を。」
『…すでにディアッカが向かった。俺もすぐに向かう。それまで、頼めるか?』 
 
何を、と聞くほどシホは無能ではなかった。
「了解しました、隊長。」
 
 
 
「ほら、さっさと来い!」
ミリアリアは引き摺られるように地下道を走らされていた。
男に殴られた腕と顔がじんじんと痛む。
このまま連れて行かれたら、今度こそ、もう…。
ミリアリアは不安に押しつぶされそうになりながら、男に急かされ細い階段を登った。
「いいぞ、突っ込め!」
男が無線でそう指示を出す。
すると外で何かが崩れる大きな音が聞こえた。
その瞬間、男がミリアリアの腕を強く引き、階段の先の壁を思いきり蹴り上げた。
一気に視界が明るくなり、ミリアリアは思わず目をつぶった。
 
 
「そこまでよ!人質をこちらに!」
 
 
シホは破壊された焼却炉から出て来た男にぴたりと銃を向けた。
驚いた顔でシホを見つめるミリアリアをよく見れば軍服が乱れており、シホはその理由を瞬時に理解すると氷のような眼差しで男を睨んだ。
 
「ほう、よくここが分かったな。」
 
先程までの慇懃無礼な口調から一気にぞんざいな口調に変わった男が、シホを見て薄く笑った。
「そこまでよ、と言ったはず。早く人質を解放しなさい。もうすぐ増援も来るわ。」
シホの言葉に男は笑い、すっと胸元に手を入れると小さな機械を取り出した。
ミリアリアの顔色が変わる。
 
「シホさん!礼拝堂に爆弾が!」
 
ミリアリアの言葉に、シホはかすかに驚愕の表情を浮かべた。
男がにやりと笑い、ミリアリアに腕を回す。
 
「悪いな、切り札は全てこちらにあるのでね。」
男がそう言うと、図ったかのように壁から侵入した車のスライドドアが開いた。
 
「ご機嫌よう、ザフトの美しいお嬢さん。」
「きゃあっ!」
男はミリアリアを車の方に突き飛ばした。
続いて自らも車に乗り込む。
ミリアリアは思わず目を閉じた。
あれ以上の事をされたら、もう、戻れない。
ディアッカ――。
 
 
「ミリアリア!」
 
 
パァン!
 
 
乾いた銃声が、響いた。
 
 
 
 
 
016
 
シホ登場。
今回の長編では、彼女の出番が多くあります。
 
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2014,6,22up