借りた上着、あと一日だけ 2

 

 

 

 

「…くしゅん!」
 
 
あれから数時間後。
ミリアリアは与えられた自室で、ディアッカに借りた上着を手に途方に暮れていた。
 
パイロットとブリッジクルーのシフトは微妙に時間がずれている。
あとで返してくれればいい、とディアッカは言っていたが、その彼が今どこにいるのかもミリアリアは知らなかったのだ。
「どうしよう・・・。」
ミリアリアはベッドに腰掛け、赤い上着をそっと抱き締める。
それは、ほのかにディアッカの匂いがして。
トールの事があってから、精神的に疲弊しきっていたミリアリアの心がなぜか安らぐ。
 
 
『今日は、普通に名前、呼んでくれるんだな』
 
 
倉庫で聞いたディアッカの言葉が、ちくり、とミリアリアの胸に痛みをもたらす。
彼が捕虜になってすぐ、ミリアリアが起こした医務室での事件。
その後、食事を運んだり釈放の手続きをしたり、なにかと彼にかかわる事はあったけれど。
確かに、戦闘時のCIC席以外で彼の名を呼んだ事は、ほとんど無かった。
仮にも自分が殺そうとした相手で、敵であったザフトの、バスターのパイロットで、コーディネイター。
同じ目線に、立てるわけがないのだ。
あんな事をした自分が。
だからミリアリアはディアッカに対して壁を作り、名前もろくに呼ばず必要以上にかかわる事を避けていたのだ、と思う。
 
それでもディアッカは、そんなことは忘れてしまったかのようにミリアリアに接した。
食堂で会えば同じテーブルで食事をし、目が合えばにっこり笑ってくれる。
くだらない話をして、いつもミリアリアをからかってはくすくす笑って。
今日のように、ミリアリアが困っていればさりげなく助けてくれる。
 
 
この感情は、なんだろう?
どうして私は、このジャケットを抱き締めているのだろう?
胸が、苦しい。
トールの事を想う時とは違う、けど、似ている。
 
 
私は、どう、したいの?
 
 
ぎゅ、とディアッカの上着を抱き締め、ミリアリアは自分の気持ちに向かい合った。
 
 
 
 
「ふあ、ぁ…」
ディアッカはあくびをしながら、AA艦内を歩いていた。
時刻は、深夜を回っている。
もっとも宇宙空間では、時間などただの目安でしかないのだが。
 
結局あの後、ミリアリアには会えずじまいだった。
上着を貸しっぱなしになってしまったが、格納庫も居住区も空調はしっかり稼働しているのでそれほど不自由も感じず、ミリアリアが出してくれたパーツのおかげで整備も捗った。
…捗りすぎて、食事も忘れたままこんな時間まで格納庫に詰めてしまったのだが。
 
 
『ディアッカ?』
不意に、自分の名を呼ぶミリアリアの声が脳裏に蘇った。
捕虜になった当時の最悪な出会いのせいで、ミリアリアはいまだディアッカに対し、壁を一枚隔てたような接し方をしてくる。
拘禁室にいた頃、ぽつりぽつりとかわした会話。
釈放時のミリアリアの決意。
バスターで戻ってきた後アスランの姿を見て泣いていたミリアリアとのやり取り。
 
 
どれをとっても、恋人を亡くした彼女には重く痛ましい記憶でしかないのだろう。
ディアッカは、ナチュラルの恋人を殺したアスランと同じ、コーディネイターなのだから。
 
 
「なーんで、こんなに気になっちまうんだろうなぁ…。」
 
 
執着、している?この俺が?あいつに?
ディアッカの記憶にある限り、自分か何かに執着するなど、ただの一度もなかった。
それとも、庇護欲なのか?
恋人を亡くし、一人でよく泣いているミリアリアをディアッカは知っている。
ただ、自分の中の何かが、それだけではない、と告げていた。
 
そんな事を考えながらディアッカが居住区に向かって角を曲がると、医務室に明かりが灯っているのが目に入る。
こんな時間に、誰かいるのか?
ディアッカは、半開きのドアからそっと室内を覗き込みーーー目を見開いた。

 

 

 

 

 

 

007
次で完結です。

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2014,6,20up