借りた上着、あと一日だけ 1

 

 

 

「…くしゅん!」
AA内の倉庫。
ミリアリアは頼まれた備品を取り出しながら、小さくくしゃみをした。
補給経路を絶たれ、限られた物資に頼らざるを得ないAAでは、必要最低限の空間以外空調は切られている。
地球軍の軍服――もう地球軍ですらないのだけれど――は決して仕立ての悪いものではないのだが、いかんせんこのスカートの短さだけはミリアリアにとって納得できないものであった。
 
 
マリューさん達のスカートは膝丈なのに、なんで少年兵用のはこんななんだろう…。
 
 
考えても、しょうがない。
ミリアリアはぶるりと震えると、残りの備品を探し始めた。
 
 
 
「あれ?何やってんの?」
突然聞こえた声にミリアリアが振り返ると、驚いた顔のコーディネイターが倉庫の入口に立っていた。
「あんたこそ何してるの?ディアッカ。」
ミリアリアも驚き、思わず相手の名を口にする。
パイロットである彼が、倉庫に何の用で?
 
「ん?ああ、工具っつーか部品?パーツ?がぶっ壊れてさ。
ここにあるって聞いたから取りに来た。」
なぜか少しだけ驚いた顔をしたディアッカに内心首をかしげながら、ミリアリアは頷いた。
「工具関係はあっちの棚にだいたい揃ってるはずよ。私、まだ色々探し物があるから。
自分で探して、分からなければ聞いて?」
「…ああ、サンキュ」
ディアッカがふわりと微笑み、ミリアリアはなぜかどきり、として慌てて目をそらした。
 
 
「…これで、全部かな」
ブリッジで頼まれたものから居住区用の備品まで。
結構な量になってしまったが、そんな事もあろうかとカートを用意してきて良かった、とミリアリアはひとつ息をついた。
あとはカートに備品を乗せて、必要な場所に配れば今日の仕事は終わりだ。
 
そういえば、あいつは?
ミリアリアは工具を探しているはずのディアッカを思い出した。
あの後特に声も掛けられてないという事は、目当てのものがすぐに見つかってもうここにはいないのだろうか?
「…っくしゅん!」
そろそろ戻らないと、風邪でもひいたらたまったものではない。
 
そう、思っていたはずなのに。
 
 
 
「…ディアッカ?」
ミリアリアは、工具の棚までやって来ていた。
「んー?なに?」
多分もういないだろうと思っていたはずの声が聞こえてきて、ミリアリアは驚いてブースを覗き込んだ。
「やだ、まだいたの?」
「やだ、ってなんだよ」
振り返ったディアッカが苦笑する。
「静かだから、もうとっくにいなくなったんだと思ってたんだもの。
探し物、見つからないの?…くしゅん!」
かわいらしいくしゃみに、ディアッカの目が丸くなる。
 
「お前、寒いの?」
「…おまえ?」
「すみません、アナタ様」
ミリアリアは溜息をついた。
「それも嫌。…で、何を探してるわけ?」
「あー…おま、じゃなくて、ミリアリアに言ってもわかんないんじゃねぇかな」
その言葉にかちん、ときたミリアリアの眉が上がる。
 「いいから言ってみなさいよ。何を探してるの?」
急に不機嫌になったミリアリアに、ディアッカは諦めたような表情で答えた。
 
 
「レシーバアンドビットシンク。わかんねぇだろ?」
 
 
すると、ミリアリアがくすりと笑った。 
「…それは、整備関連とは言え工具ってジャンルじゃないわね。カードタイプのでいいの?」
「お前、わかるの?!」
「私のカレッジでの専攻は機械工学。そのくらいは知ってるわよ。ちょっと待ってて。持ってくるから。」
ミリアリアはひらりと身を翻し、奥の棚に消えた。 
 
「はい、これでいい?って言っても、ここにはこれしかないんだけどね。」
ほどなくディアッカの手に、探していた部品が乗せられる。
「…まさか、分かるとは思わなかった。サンキュ、ミリアリア。」
意外にも素直に礼を言うディアッカに、ミリアリアは気をよくしてにっこり微笑んだ。
「どういたしまして。っていうか、見つからないなら早く言ってくれれば…くしゅん!」
 
会話の途中でまたくしゃみをしたミリアリアに、ディアッカはつい笑みを浮かべていた。
素早く自分の着ていたモルゲンレーテの赤いジャケットを脱ぎ、ふわりとミリアリアの肩に羽織らせる。
「え?なに?」
「寒いんだろ?ここ、空調効いてないもんな。さっきからくしゃみしてるじゃん。」
ミリアリアは目を丸くし、そしてぱぁっと顔を赤らめた。
 
「い、いいわよ!あんただって寒いでしょ?それにまだやることだって…」
「コーディネイターは丈夫に出来てんの。特に俺はね。
それ、このパーツ探してくれたお礼。後で返してくれればいいから。んじゃ。」
そう言うとディアッカはひらりと手を振り、倉庫のドアに向かった。
「ちょっと、ディアッカ!」
ミリアリアの声に、ディアッカはぴたりとドアの前で立ち止まる。
 
 
「今日は、普通に名前、呼んでくれるんだな」
 
 
ミリアリアは言葉を失う。
ディアッカはこちらを振り向かず、倉庫を出ていった。
 
 
 
 
 
 
007
AA時代の二人です。
宇宙に上がってすぐ、くらいのお話。
二人の間にはまだ距離があります。
 
 
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2014,6,19up
2014,6,20改稿