11, 父と息子

 

 

 

ドタバタと、遠くから足音が聞こえてきた。
 
「やれやれ、やっと来たようだ。」
「そのようですね。」
タッドとミリアリアは、目を合わせて苦笑した。
「ディアッカに、コーヒーを用意してもよろしいですか?」
「そうだね。私も貰おうか。」
 
二人は、あと少しで巻き起こる騒ぎを想像しながらどちらからともなく溜息をついた。
そしてまた苦笑する。
ミリアリアはタッドのカップをソーサーごと持ち、立ち上がった。
その瞬間、ドアが大きな音ともに勢い良く開いた。
 
 
「おい親父っ!ミリアリアは…」
 
 
息を切らせて部屋に駆け込んできたディアッカは、ゆったりと椅子に腰掛けるタッドと、コーヒーカップを手に立つミリアリアを見てあんぐりと口を開けた。
 
「…仮にも副隊長の黒服を纏う将校が、そんな顔をするものではない。」
タッドが顔を顰めた。
「すまないね。気にせず準備を。」
「はい。」
ミリアリアはディアッカの分もコーヒーの準備を始める。
そしてふと気づき、備え付けのキッチンを確認すると、氷とグラスを取り出した。
 
 
「いいかげんドアを閉めて、座らんか。」
我に返ったディアッカは、忌々しげに舌打ちするとドアを閉める。
そして大股にソファに向かうと、どかりと腰を下ろした。
目は、ミリアリアを追っている。
 
「…どういうつもりだよ。いきなり意味わかんねぇメールなんかよこして。」
「おや。簡単な謎かけだったと思うが?現にお前はここにたどり着いたではないか。」
「灯台下暗し、だけでここに来られた息子をちっとは褒めてくれてもいいんじゃねぇの?」
 
 
どこまでも機嫌の悪いディアッカの前に、カランと涼しげな音を立ててグラスが置かれた。
 
「どうせ、たくさん走ったんでしょ?冷たいのにしておいたから。」
そう言ってにこっと微笑むミリアリアに、ディアッカは毒気を抜かれた。
「…ああ。サンキュ」
ミリアリアはもう一度ディアッカに微笑みかけると、タッドにもコーヒーを差し出した。
「どうぞ。また何も入れないでよろしいですか?」
「ああ。ありがとう。」
 
すると、自分の椅子に戻ろうとするミリアリアの腕を、ディアッカが掴んだ。
そのまま、自分の隣にやや強引に座らせる。
「ちょっと、ディアッカ!」
ミリアリアは驚いてディアッカから離れようとするが、その手はしっかりとミリアリアを捉えて離さない。
 
 
「…親父、少し話がしたい。」
 
 
タッドはディアッカをじっと見つめた。
 
「…いいだろう。話しなさい。」
ミリアリアは、ハラハラしながらそんな二人を見ていた。
 
 
「…こいつと何を話したかは知らないが、俺はこいつと結婚するつもりだ。
まずそれだけ、伝えたかった。」
タッドは黙ってディアッカの言葉に耳を傾ける。
 
「知っての通り、こいつはオーブ出身のナチュラルだ。
ナチュラルの女がコーディネーターの俺と結婚することも、フェブラリウスのエルスマン家に嫁ぐということも、世間的にどう見られるかは覚悟してる。
必ずしも、好意的な目だけで見られるわけではないことも承知している。」
 
タッドが口を開いた。
 
 
「ならば、彼女に危険が及んだ時はどうする?
ナチュラル排斥を謳う輩も、プラントには未だ確かに存在する。
そんな時、お前は彼女を守るためにあえて彼女を手放す覚悟はあるか?」
 
 
ディアッカは言葉を失った。
ミリアリアに何があろうと守る、どこにいても助けに行き、自分の元へ連れ戻す。
今まで、ディアッカの頭にはミリアリアと自分が共にあるためにどうするか、ということしか無かった。
守るために、手放す。
それはディアッカにとって、想像もしていない事であった。
 
「ディアッカ…」
ちいさな、細い声。
ディアッカが顔を上げると、ミリアリアが心配そうな顔でディアッカを見つめていた。
ディアッカもまた、ミリアリアを見つめる。
また、ミリアリアを手放す。
ディアッカには、想像もしたくないことであった。
だが、万が一自分との関係が原因で、ミリアリアの命が脅かされたら。
ディアッカは考える。
ミリアリアのいない世界。未来。
そんな世界など…。
 
 
「俺は、こいつに約束した。
もう決して離さない。どこにいたって助けに行く。
全部受け止めて、ずっとそばにいると。
その思いに変わりはねぇし、変えるつもりもねぇ。ただ。」
 
 
そこでディアッカは言葉を切った。
「…ただ、何だ?」
タッドは続きを促した。
 
 
 
「俺が全力で守っても、こいつに危害が及ぶ時は。その時は、手放す。」
 
 
 
ミリアリアの目が驚愕に見開かれた。
しかしディアッカは、そんなミリアリアを見ることなく話を続ける。
 
 
「手放して、安全なところに逃がす。
でも、それで終わりじゃねぇ。
不安要素を全部ぶっ潰して、もう一度こいつを探しに、迎えに行く。何度でも。
そして、死ぬまで一緒に生きて行く。
それが、俺のやり方で、俺たちの約束だ。」
 
 
タッドは、ゆっくりと微笑んだ。
 
「…先程、ミリアリアからも同じような言葉を聞いた。」
「お父様!」
「…おとう、さま?」
ディアッカはぽかんと口を開いた。
 
 
「今お前に尋ねたことと同じ内容を、ミリアリアにも質問した。
ミリアリアは、私やお前に万が一危険が迫れば、自分が身を引く、と答えた。
大切なものを守るためだから、とな。」
 
ディアッカは言葉が出ない。
「ミリアリアが身を引きお前を守り、お前は一度ミリアリアの手を離しても彼女を守り、戦ってまた彼女の手を取りに行く。
そういうことだろう?
…似合いの、二人ではないか。」
 
「…親父?」
ディアッカが立ち上がった。
タッドはゆったりと座って微笑んだまま、随分背の伸びた息子を見上げる。
 
 
「良いお嬢さんと巡り合ったな、ディアッカ。
エルスマン家当主として、私は、お前たちの結婚を、認めよう。」
 
 
ディアッカは、自分と同じ色の瞳を持つ父親に、頭を下げた。
 
 
「おや…父上。ありがとう、ございます。」
 
 
それは、エルスマン家の次期当主から、現当主へ送られた、最大の感謝の表現。
タッドがミリアリアに視線を向ける。
するとミリアリアは潤んだ瞳でふわりと微笑み、ディアッカと同じように深々と頭を下げたのだった。
 
 
 
 
 
 
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2014,6,13up