「さて、ラスティに…」
「私のことはアンジェラと。」
「…分かった。ラスティにアンジェラ。当面はここ、オーブ総領事館を拠点としてもらう。セキュリティもしっかりしているし、名目上お前たちはオーブからの客人だ。こちらの勝手で悪いが、何かと都合がいい。」
総領事館の客間に集まった面々に紅茶を振る舞いながら、ミリアリアはイザークの言葉に耳を傾けた。
確かに、へたなホテルに宿泊するより警備の面でも彼らの立場上もその方がいいだろう。
「あ、あの。俺も…ここに一緒に泊まってもいいかな?」
躊躇いがちな言葉に、イザークは少しだけ目を見開く。
ミリアリアも驚き、思わずカップを持ったまま、少しだけ頬を染めたサイをまじまじと見つめた。
なんだか、さっきからいつものサイらしくない。
どんな時にも落ち着いて、自分を律し冷静で、そして兄のように優しい幼馴染。
なのに、宇宙港では書類をばらまいてみたり、総領事館に戻ってもどこかそわそわしてみたり。
こんなサイは見たことがない、と思ったミリアリアだったが、ふとそれに違和感を覚え、思わず小さく息を飲んだ。
違う。自分は見たことがある。
先の大戦の頃、ヘリオポリスのカレッジでフレイと話をしているサイを初めて見た時。
彼はまさに今と同じように落ち着きがなくて、少しだけ頬を赤く染めていてーー。
ミリアリアは紅茶を口に運ぶアンジェラに思わず目をやった。
髪も瞳の色も、フレイとは違うけれど、これってもしかして…
そこまで考えたミリアリアの視界が、不意にぐにゃり、と歪んだ。
「あ…」
「おいミリアリア、どうした?!」
咄嗟にテーブルに手をついたミリアリアに気づき、イザークが立ち上がった。
「ご、ごめんなさい、大丈夫…」
「大丈夫なわけがなかろう!」
口調こそ強いものの、イザークはミリアリアの手からカップを取り上げ、そっとソファに座らせた。
「…一度、受診した方がいいと思うわ、あなた。」
ぽつり、とそう口にしたのは、アンジェラだった。
「おいアンジー、何いきなり…」
「顔色が悪いし、少しだけど手も震えてる。目眩がするんでしょう?」
「え?あ、ええ…」
「ミリィ、そういえば最近仕事中もあんまり元気ないよね?ディアッカがいないせいかと思ってたけど、もしかして…」
「…おいミリアリア、どういうことだ?」
サイの言葉に、イザークの表情がさらに険しいものに変わり…ミリアリアは観念し、小さく溜息を漏らした。
磨き上げられたリノリウムの床をぼんやりと眺めながら、ミリアリアは待合室のベンチに腰掛けていた。
病院のすぐ外にはダコスタが待機している。
中まで同行する、と言われたが、ここがアプリリウスでも規模の大きいエルスマン家系列の病院であること、タッドに連絡を入れてミリアリアの身元を証明してもらった上でセキュリティを強化してもらうことを条件に、何とか一人で受診することが出来た。
結局あれからイザークにどやされ、ミリアリアはそのまま病院送りとなった。
サイは総領事館にラスティ、アンジェラとともに泊り込むこととなり、今頃はプラントの現状について話をしていることだろう。
二人がプラントにこうしてやってきたからには、そう遠くない未来、ダストコーディネイターの存在が世間に明かされることになる。
ミリアリアがかつて書いた記事や写真もまた、この件で日の目を浴びることとなるはずだ。
こんな時に、体調を崩してる場合じゃないのにーー。
もどかしい思いでまた一つ溜息を落とした時、ミリアリアの名が呼ばれ、診察室に入るように告げられた。
医師との問診を終え、そのまま採血室から出ると、ミリアリアはそっと腕を上げ、時計に目を落とした。
過労か何かのせい、と簡単に考えていたので問診と何かしらの薬でも出されて終わるかと思っていたが、医師は一通りの検査をミリアリアに薦めてきた。
まずは尿検査と血液検査から始まり、続いてレントゲンやエコー検査に回される、と聞き、さっさと終わらせ総領事館に戻ろうと思っていたミリアリアはつい苦笑いを浮かべていた。
まぁ、プラントに来てからこのかた、きちんとした検診も受けていないことを考えればいい機会なのかもしれない。
何度か過労で発熱したり風邪を引いたりしてきたが、いつもディアッカがそばにいて適切な処置をしてくれたおかげで、ミリアリアはあまりプラントの病院に馴染みがなかった。
結婚前、ディアッカが事故で記憶を一時的に失った一連の事件で数日付き添ったことはあったが、あれ以来こんなに長い時間病院にいること自体初めてかもしれない。
ぼんやりと思い出に浸っていたミリアリアだったが、駆け足で現れた看護師に声をかけられきょとんと顔を上げた。
「あ、あの、ミリアリア・エルスマン様。もうX線検査はお済ませですか?」
「X線…ええと、レントゲンですか?いえ、それはまだ…」
「良かった!すぐに診察室へお入り下さい。先生からお話がございますので。」
「え?は、はい。」
そのまま看護師に案内され、ミリアリアは診察室の扉をくぐる。
どうしたんだろう?まさかさっきの血液検査で何か悪い病気が見つかったのだろうか?
不安にぎゅっと胸を締め付けられながら椅子に腰掛けるミリアリアを医師は振り返った。
手には検査結果らしき書類が握られている。
「あの、何か…」
意を決し、不安げな声で恐る恐る尋ねると、医師はミリアリアと手元の紙に順番に視線を落とし、きっぱりと、告げた。
「ミリアリア・エルスマンさん。血液検査の結果、妊娠の兆候が見られます。」
医師の言葉が脳に届き、その意味を理解するまでに一体どのくらいかかっただろうか。
全く想像もしていなかった現実に、ミリアリアは息を飲み、言葉を失った。
「にん、しん…?あの、それって、こ、こどもが…?」
「そうです。後程超音波検査をさせて頂きますが、しっかり陽性反応が出ましたので、ほぼ確定で間違いないでしょう。」
医師は顔を上げ、ぽかん、と絶句してしまったミリアリアに柔らかく微笑んだ。
「おめでとうございます。……大きなニュースになりそうですな。」
ミリアリアは無意識に下腹部に手をあてた。
もしかして、これも“あの方”の差し金ではないのだろうか。
だって、ディアッカもタッドも言っていた。
緻密すぎた遺伝子操作の弊害で、ディアッカの生殖能力は著しく低く、子供が出来ることなど奇跡に近い、と。
それにディアッカはもう三ヶ月以上、地球にーーー。
混乱した頭でそこまで考え、ミリアリアはひゅっと息を飲み込んだ。
あれから大きな事件に巻き込まれ、その後は仕事に忙殺されていた為ほとんど気にもしていなかったが、確か最後に生理が来たのは、ディアッカがカーペンタリアに発ってすぐ、だった。
その間、ディアッカと触れ合ったのは、セリーヌ・ノイマンの元へ助けに現れたディアッカとAAで話をした、あの時、だけ。
AAで二人過ごしたあの時に、新しい命が宿った、というの?
「驚かせてしまいましたかな?ご気分でも?」
医師の声にミリアリアは我に返り、慌てて首を振った。
「い、いえ。今は大丈夫です。」
「そうですか。諸々の体調不良も、妊娠によるホルモンバランスの変化からくるものと考えて間違いはないでしょう。すぐに手配しますので、まずは超音波検査でなるべく正確な妊娠週数を割り出します。」
自分の体内に、新しい命が、宿った。
ディアッカとミリアリアの、子供。
半ば呆然としたままミリアリアは頷き、看護師に促されるままゆっくりと立ち上がった。
***
「ミリアリアさん!」
診察室を出るやいなや名を呼ばれ、ミリアリアはびくりと肩を震わせた。
「あ…ダコスタ、さん」
「時間がかかっているようでしたので気になりまして。どこかお体に問題でも…」
「ごめんなさい、あ、あの…ラクスは今、連絡が取れる状態ですか?」
ミリアリアの真剣な表情に、ダコスタが訝しげな表情を浮かべた。
「この時間でしたら可能かと思われますが…ミリアリアさん、診断の結果は…」
「私は大丈夫、です。とにかくすぐに連絡を取りたいんです。お願い出来ますか?」
「は、はい」
すぐに懐から端末を取り出し通信を始めたダコスタを見つめながら、ミリアリアはぎゅっと拳を握りしめた。
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このサイトを始めた時からずっと書きたかった、書こうと決めていたシーン。
やっと辿り着きました!
御都合主義全開なのはお許しください(滝汗)
ほぼ不可能と言われていた妊娠の事実を告げられ、ミリアリアは…?
2016,6,17up