64, ようやく 2

 

 

 

 
総領事館のデスクで難解な書類と向き合っていたミリアリアは、ふと感じた眩暈にそっと目を閉じ、なんとかそれをやり過ごした。
体調の変化を自覚したのは、数日前からだ。
あれだけの事件の後プラントに戻り、休む間もなく式典とその事後処理をこなし、やっと心も体も落ち着いてきたのに、と不思議に思っていたが、張り詰めていた気が緩んだ、ということなのかも、とも思い、なるべく不摂生をしないよう気をつけていた。
地球で任務をこなすディアッカとの通信は欠かさなかったが、最近はたまに通信中でも眩暈や動悸に襲われることがあり、その都度なんとかごまかしている状態だった。
モニタ越しだったからどうにかなったものの、もし面と向かっていたらたちまちミリアリアはベッドに押し込められていたことだろう。
それほどにディアッカは、ミリアリアの些細な変化も見逃さないのだから。
昔のミリアリアであれば、それもまた束縛と感じ反発していたのに、今はそれがただ、嬉しい。
そんなことを考えているうちに目眩も治まり、ミリアリアは読みかけの書類を手に取った。
と、その時デスクの上に設置された専用端末が鳴り、ミリアリアは再び書類をデスクに戻すと通話ボタンに手を伸ばした。
 
『ミリィ?』
「…え、ディアッカ?」
 
サウンドオンリーにセットした端末から聞こえてきた声は、まさに今考えていたディアッカの声で。
ミリアリアは驚き、つい声を上げてしまった。
 
「どうしたの?こんな時間に。もしかしてまたそっちで何か…」
『あー、いや、違う。悪いな、仕事中に。』
「今はちょうど館長とサイ、別室にいるの。ここには私一人だから大丈夫、だけど…」
 
ディアッカは普段、ミリアリアの職場である総領事館に滅多なことで通信を寄越すことはしない。
それはミリアリアも同じで、何かあればせいぜいメールを送っておく程度だった。
 
 
『…俺さ、一週間後に、戻ることになった。』
 
 
ミリアリアは一瞬、言葉の意味が理解できず目をぱちくりとさせた。
 
「…え?もど、る?」
『なんつー顔してんだよお前。そ、プラントに戻るってこと。今さっきラクスから言われたんだ。で、早くお前に知らせたくてさ。』
モニタの向こうでディアッカがふわり、と優しく微笑むのを、ミリアリアはただぽかんと見つめていた。
『昨日ロイエンハイムさんも帰国して、復興支援の段取りもほぼ整った。あとは細かい調整だけだから、実際そっちに戻るのは一週間後、に…て、おい』
モニタの向こうのディアッカがなぜか慌てた様子で手を差し伸べるのを、ミリアリアはどうしたんだろう?と思いながらただ眺めーー唐突に、自分が泣いていることに気がついた。
 
「っ、あ…ご、ごめん、大丈夫、だからっ!」
『あのなぁ。大丈夫なわけねぇだろ?どした?』
 
どうしたのかなんて、こっちが聞きたいくらいだ。
ミリアリアは慌ててごしごしと涙を拭い、内心で自分に喝を入れた。
情緒不安定なのはきっと、理由の分からない体調不良のせいだ、と思う。
でも、大丈夫。ディアッカが戻ってきてくれるのなら、どんなことでも頑張れる。
ここ最近の不調についてディアッカに相談すべきか迷ったが、きっと彼自身慌ただしい時間を過ごしているに違いなくて。
そう思うと、この程度のことでディアッカを煩わせるのも悪い、と思い、ミリアリアはふるふると首を振った。
 
 
「ごめんね。ちょっとだけ…本当にちょっとだけ、心細かったの。だから、戻ってきてくれるって聞いて、なんか…」
 
 
嘘は、ついていない。心細かったのは本当のことだから。
ディアッカは呆れたような、そして困ったような表情で溜息をつき、もう一度微笑んだ。
 
『そ、か。ごめんな。もう少しでそっち帰るから。もうちょっとだけ待っててくれるか?』
「もちろんよ!一週間後よね?たくさんご飯作って待ってるわ。」
『ん。楽しみにしてる。でもあんま無理すんなよ?なんか顔色悪くねぇか?』
「…え?そう、かな?特に何もないけど、無理はしないようにするわ。最近やっと式典の事後処理も落ち着いてきたところだし。」
『そっか。ならいいけど…』
 
やはり目ざといディアッカの言葉に、ミリアリアは内心肝を冷やした。
だが、さすがにモニタごしということもあり、なんとかごまかし通せたようだ。
 
『それと。ダストコーディネイター招聘の件で動きがあった。ラスティともう一人、アンジェラって女の傭兵がいるんだけど、二人の入国許可が下りたんだ。で、二人は明日地球を出てプラントへ向かうことになった。』
 
ミリアリアは思わず息を飲んだ。
かつて北欧のコミュニティで交わした約束。
それが果たされるべく、やっと一歩を踏み出したのだ。
 
「アンジェラ、さん…私は多分会ったことがないと思うけど、スカンジナビアのコミュニティに所属してる人なの?」
『ああ。ラスティの相棒として今回ロイエンハイムさんの護衛の任についていた。今回そっちの議会で証言をする予定になってるはずだ。』
「そう…。ラスティも証言を?」
『らしいぜ?まぁ、詳しくはまだ俺も聞いてねぇんだけど、イザークとラクスが段取りを進めてるらしい。お前にも後でイザークから連絡が入ると思う。』
「分かったわ。私も色々準備しなきゃね。」
『そうだな。でも、充分注意しろよ?ダコスタだって、いつもそばにいるわけじゃねぇんだろ?』
「そうね。でもすごくしっかり護衛してもらってるから、心配しないで?」
『…なんか、それもまた複雑だよなぁ…』
 
まるで少年のような反応に、ミリアリアは思わずくすりと笑みを漏らした。
 
 
 
***
 
 
 
「ラスティ!」
「よ、ミリアリア。一ヶ月ぶり?」
 
ディアッカから連絡があった数日後。
ミリアリアはラスティたちの到着に合わせてサイとともに宇宙港までやって来ていた。
カガリが手を回し、二人はオーブのアスハ家の縁者として入国審査を通してあるらしい。
その為、世話役としてカガリはサイを指名し、ミリアリアとともに宇宙港へと向かうよう命じたのだった。
背後にはイザーク、そして万が一を考慮し護衛としてダコスタが控えている。
 
「ミリアリアは会ったことないよな?ほら、アンジー。」
 
す、と静かに進み出てきた女性に、ミリアリアとサイの視線は釘付けとなった。
多分、背後にいたイザークとダコスタも同じような反応を示していただろう。
コーディネイターらしい整った顔立ちに、グレーと水色の色違いの瞳。
北欧のコミュニティにいたミリアリアは多少の免疫があったが、とても傭兵という稼業についているとは思えない可憐な容姿に男性陣たちは一様に見惚れていた。
そう言った視線に慣れているのか、当の本人は無頓着な様子でぺこり、と頭を下げる。
 
 
「初めまして。アンジェラと言います。」
 
 
ばさり、という音に、ミリアリアは思わず振り返り…床に散らばった資料を慌ててかき集めるサイの姿に驚き、目を丸くした。
「おいサイ、どうした?」
「ご、ごめん。」
訝しげな表情のイザークが身をかがめ、散らばった書類を歳とともに手早く集める。
その間ダコスタは、ぽかんと口を開けアンジェラを凝視していた。
……男の人って、わかりやすい。
ミリアリアは苦笑し、アンジェラに向き直った。
 
「初めまして。ミリアリア・エルスマンです。よろしくお願いします、アンジェラさん。」
 
そう言ってにっこりと微笑むと、アンジェラはじっとミリアリアを凝視した後、かすかに微笑んだ。
 
 
 
 
 
 
 
016

 

 

ついにラスティとアンジェラがプラントに到着です。
ここまで長かった…(感無量)

 

 

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2016,5,13up