66, シグナルロスト 1

 

 

 

 
執務室で鳴り響く音に始めに気付いたのは、キラだった。
ラクスは現在、ザフト軍上層部からの通信で席を外している。
鳴っているのは、ラクスの側近の中でもごく一部の限られたものにしか知らせていない番号の端末で。
キラは端末を手に取り、思わず声を上げた。
 
「あれ?ダコスタさん…?」
 
ダコスタは今、ミリアリアの護衛に付いているはずだ。
まさか、また何か──!!
キラは迷わず通話ボタンを押し、回線を開いた。
 
 
「キラ・ヤマトです。ダコスタさ…」
『…キラ?』
「え…ミリィ?どうしたの?何かあったの?」
『キラ…どうしよう…私…』
 
 
震える儚げな声に驚きつつも、キラは何とかミリアリアを落ち着かせ、彼女の要望通りラクスとの面会をセッティングすべく約束をし、通信を終わらせた。
 
 
 
 
「まあ…ミリアリアさん!どうなさいましたのですか?ひどい顔色ですわ!」
 
ザフト軍本部の最上階にあるラクスの執務室に足を踏み入れると、部屋の主は驚いた表情で立ち上がった。
「とにかく早くこちらへ。ダコスタさんからお体の具合が悪いと聞いていますが、病院へは…」
「こどもが、いるの」
ミリアリアの言葉にラクスとその後ろにいたキラが揃って息を飲んだ。
 
「…ミリアリア、さん?」
「妊娠、二か月だって…」
 
ラクスは呆然とするミリアリアの肩を抱くように隣に腰を下ろしながら、素早く脳内で計算を巡らせた。
 
「二か月…。AA、ですか?」
「…うん。それしか考えられない…」
 
ラクスは心を落ち着かせるように目を閉じ、ひとつ息をついた。
ミリアリアとディアッカが出会った、大天使の艦。
かつてそこで何があったかもラクスは聞いていた。
憎しみから始まった二人の関係は、やがて全く違うものへと変わっていき──今は、かけがえのない存在として互いを想い合っている。
そんな二人が出会った運命の場所で起きた、奇跡のような出来事。
まるで庇い、守るように下腹部に手をあてるミリアリアに、ラクスはキラと目を見交わし、優しく微笑んだ。
 
「おめでとうございます、ミリアリアさん」
「ミリィ、おめでとう。本当に…良かったね」
 
二人の言葉に、ミリアリアは泣きそうな表情で微笑み、こくり、と頷いた。
 
 
 
***
 
 
 
ラクスの計らいで楽な姿勢を取らせてもらいながら、三人は今後についての話し合いをしていた。
 
「大変おめでたいことではありますが…ミリアリアさんの妊娠は、黒幕に取って不測の事態と言えましょう」
「うん。なるべくこの事はまだ内密にしておくべきだよね。知っておくべきなのは僕達とイザーク、あとはエルスマン議員…かな」
「そうですわね。それと当然…ディアッカさんも、ですわ」
 
確かに、妊娠の事実が露見すれば彼らはきっとミリアリアを狙ってくるだろう。
それがディアッカに対して一番ダメージを与えられる方法に他ならないから。
──ディアッカが帰ってくるまで、今以上に、身辺に気をつけなければならない。この子を、守らなくてはならない。
ミリアリアはそう肝に銘じ、そっと下腹部に手をやった。
 
「ところでミリアリアさん。ディアッカさんから何かご連絡は受けておられませんか?」
「ディアッカ、から?」
ミリアリアは首を傾げた。
「特に何も…あ、ちょっと待って。携帯、病院の中にいたから音を消してて…あ」
画面に光っていた新着メールの表示に、ミリアリアは慌ててメールソフトを起動させた。
「ディアッカからだわ!え…任務?」
ちょうどミリアリアが診察を受けていたであろう時間に届いていたメールには、意外な内容が書かれていた。
 
 
『今日、地球を発つことになった。上からの指示で一つ任務をこなしてからプラントに戻る。あと少しだから、それまで気をつけろよ。』
 
 
「今までわたくしが席を外していた理由が、それなのです」
「え?」
どこか厳しい表情になったラクスに、ミリアリアとキラもまた顔を見合わせた。
 
「先日の事件で現れた所属不明のMSについて、ザフト軍上層部が調査に取り掛かることが正式に決定したそうなのです。その報告と…ディアッカさんの部隊にその調査を、と」
「な…だって、そもそもあのMSは黒幕の差し金でしょ?狙われてる本人が調査って、おかしいじゃないか!」
血相を変えたキラの隣で、ミリアリアの顔色が変わった。
 
「キラ、一連の事件の詳細は、わたくしたちとバルトフェルド隊長しか存じておりませんわ。ただでさえ新兵の多いザフト軍からすれば、ディアッカさんのような歴戦の兵士にその任を与えるのは不自然なことではありません」
「でも…!下手をしたら自分から敵の懐に飛び込んでいくようなものなんだよ?しかもミリィは…」
「はい。偶然とはいえこのタイミングで妊娠がはっきりした以上、ミリアリアさんの身の安全の確保はもちろんのこと、場合によってはディアッカさんへのサポートも考えなければなりません」
「そうだね。イザークに連絡してすぐに話をするから。ミリィ、ちょっと待ってて。」
 
 
イザークに連絡するのだろう、通信機の方へ向かうキラにちらりと視線を送り、ミリアリアはきゅっと拳を握り、俯いた。
 
 
 
***
 
 
 
「エルスマン隊長!どうぞお気をつけて!シン、お前もな!」
「今度こっちに降りて来たら飲みにでも行こうぜ!」
「あ、え、うん。…ありがとう、いろいろ。楽しみにしてる。」
 
差し出された幾つかの手をぎこちなく握り、笑みを浮かべて駐屯兵たちと別れの挨拶を交わすシンを見ながら、ディアッカは思わず苦笑した。
ここへくる前とは明らかに見に纏う空気の変わったシンを見て、イザークやシホ、そしてミリアリアはなんと言うだろうか。
懸念材料が消えたわけではなかったが、ようやくミリアリアの元へと帰れるのだ、と思うとなんだか感慨深かった。
臨時とはいえ白服を纏い、一つの隊を率いる隊長としてカーペンタリアへやって来て。
ディアッカ自身何度も壁にぶち当たり、その都度必死で考え動いてきた。
ミリアリアやシンにもずいぶん助けられたと思う。
ミリアリアと離れていた期間は辛くもあり、あの事件は互いの想いを見つめ直すきっかけにもなったが、ディアッカにとっても自身を成長させ、この先のことを考える良い機会になった。
とにかく、今は早くプラントへ戻りたい。ミリアリアに、会いたい。
 
「エルスマン隊長、出立間際に申し訳ありません。少しよろしいですかな?」
 
はっと思考の淵から現実に引き戻されたディアッカが振り返ると、そこにはカーペンタリア基地の総司令官とその補佐官が立っていた。
「いや、問題ありません。何か?」
「本国から今しがた届いたものなのですが…」
「本国?イザ…いえ、ジュール隊長からですか?」
「いいや、本国の総司令部からですな」
ひらり、と渡された書類を受け取り目を落としたディアッカの顔が、少しだけ強張った。
 
 
 
 
「マイウスでの任務?!」
カーペンタリアを出立し、宇宙空間へと出たタイミングでディアッカに呼び出されたシンは、思わず素っ頓狂な声を上げた。
「そ。本国からの命令だ。一ヶ月前に現れた所属不明の機体について、マイウス付近を調査し戦闘の痕跡を確認、報告するように、だとさ」
「そんな…だってあれは明らかに隊長たちを狙っている奴らの差し金でしょ?敵のど真ん中に飛び込んでこいってことですか?」
 
いきり立つシンにディアッカは肩を竦め、苦笑で応えた。
 
「それ知ってるのは俺達だけだろ?ザフトの上層部に取っちゃ、ただの怪しいMSでしかない。戦争を知らない奴らを偵察に出すより、実戦慣れしてる俺やお前がいる隊が宇宙空間にいる時点で、お鉢が回ってきてもおかしくないさ」
「それは…そうですけど。それで、いつ出るんですか?」
「ん?一時間後。」
「いち…はぁっ!?これから準備して?!…で、ありますか?」
「面倒ごとはとっとと片付ける。…じゃなきゃ、安心して愛する奥さんのところに戻れねぇだろ?」
 
ばちん、とウィンクをするディアッカは、どこかミリアリアを彷彿とさせて。
夫婦って、似てくるもんなのかな…とシンは引きつった笑顔を浮かべた。
 
 
 
 
 
 
 
016

 

 

 

ミリアリアの懐妊を知らぬままプラントへと出発したディアッカですが、そこに待ち受けているのは…。
ありがちな展開かもですが、そこは広いお心でお付き合い下さい;;

 

 

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