59, お願い

 

 

 

 
ちゃぷん、と濁り湯に肩まで浸かり、ミリアリアはほぅ、と溜息をついた。
あれからずっと、ディアッカは堰を切ったように泣きじゃくるミリアリアを優しく宥め、落ち着くまでそばにいてくれた。
そして今は一旦クサナギに移動し、イザーク達と今後について話し合っているはずだ。
ミリアリアは先程のディアッカとの会話をぼんやり思い出した。
 
 
「今日は俺、AAで世話になる事になってるからさ。カーペンタリアにも連絡済みだ。
とりあえず、ちょっとこれからクサナギまで行ってイザーク達と話をしてくる。
すぐに俺がプラントに戻れない以上、お前の護衛についてもしっかり相談しとかねぇとな。」
「え…?このまますぐにカーペンタリアに戻るんじゃないの?」
 
 
泣き過ぎて腫れぼったくなってしまった瞳をそれでも丸くしそう問い返すと、ディアッカは微笑んでミリアリアの髪を撫でた。
 
 
「あっちはシンがうまくやってくれてる。ラスティの存在を明かすわけにはいかないから、犯人を検挙したのは俺って事になってるし、事後処理だってある。だから何も心配すんな。
…あ、そうだ。俺が戻って来るまであそこ行ってれば?」
「え?あそこって…」
「天使湯。これだけ泣いたら疲れただろ?ゆっくり入ってこいよ。艦長には俺から言っとくから。」
 
 
かくしてミリアリアは、数年ぶりとなる天使湯に浸かり、ぼんやりと立ち上る湯気に包まれていたのだった。
 
 
 
ここ数日、本当に色々な事があった。
目の前でカガリが拉致され、ウィルスの脅威からディアッカやプラントを守る為、宇宙へと出て来て。
自分に何が出来るか考え、再びターミナルを使う事を決め、セリーヌと話をする事でこの暴挙を止められないかと考えた。
プラントにいるタッド、そして地球にいるロイエンハイムらの早期ワクチン開発を信じ、ディアッカが必ず助けに来てくれると信じていたからこそ、思いついた策だった。
 
そしてもうひとつ。ミリアリアはある事を考えていた。
ディアッカが戻って来たら、きちんと話をしなければ。
ミリアリアはすっかり腫れて重くなった瞼を冷水を絞ったタオルでそっと押さえ、もう一度考えをまとめる為に目を閉じた。
 
 
 
***
 
 
 
「どう?少しはすっきりしたかな?」
 
そう言ってぱちぱちと瞬きをするミリアリアに、ディアッカはつい微笑んだ。
 
 
「だいじょぶ。ちゃんと冷やして来たんだろ?」
「うん…でもやっぱり、いかにも泣きました、って顔じゃ恥ずかしいじゃない。ブリッジに上がった時とか…」
「あ、そういやお前はもう今日は休んでていいってアマギさんが言ってたぜ?」
「え?!で、でも…あっちでサイも働いてるんでしょ?カガリだってきっと働いているんだろうし、私だけそんな…」
「あのなぁ、お前自分がさっきまで人質だった事忘れてねぇ?」
 
 
つん、と人差し指でミリアリアの額を小突くと、ディアッカは端末の前にある椅子に腰掛け長い足を組んだ。
 
 
「俺は明日、コペルニクスに発つ。そこで補給を受けて、迎えに上がって来たヴォルテールに移動してカーペンタリアに戻る手筈になった。ダストコーディネイターの招聘についてもこれから詰めなくちゃいけないし、カーペンタリア基地が担当する復興支援も、足場をきっちり固めてからじゃねぇとプラントに戻れねぇしな。」
「そう…。やる事、たくさんあるのね。」
「暫定とは言えこれでも隊長ですから?」
「そっか。…ふふ、そうだったわよね。白服もすっかり馴染んだわね。」
 
 
くすくすと笑うミリアリア。
そういえば、こうして二人きりで話をするのはおよそ2ヶ月ぶりの事で。
やっとミリアリア本来の笑顔が見られた気がして、ディアッカもまた笑顔を浮かべた。
 
 
「あのさ。疲れてたら今度でもいいんだけど…ちょっと話、していいか?」
 
 
ミリアリアは少し驚いたような顔をした後、すぐに笑顔で頷いた。
 
「うん。大丈夫よ。私も話したい事があるの。」
「話?俺にか?」
「そう。…でも、ディアッカから話して?」
 
先程の話の続きだろうか?
内心首を傾げながらも、ディアッカはまっすぐミリアリアに視線を合わせ、口を開いた。
 
 
「予想はついてるかもしれないけど。“あの方”の事だ。」
 
 
ミリアリアの表情が、すっと真剣なものへと変わった。
 
「セリーヌ・ノイマンの話では、協力者は二人。亜麻色の髪をした壮年の男性、そしてもう一人は低い声で、いつも黒い服を着た男、だそうだ。」
「それは私も聞いたわ。黒い服の男とは直接の面識すらないって…」
 
ディアッカは難しい表情になり、無意識に大きな手を口元に当てた。
「俺が思うに…セリーヌとの仲介役は亜麻色の髪の男、指揮系統のトップに立つのは黒い服の男、ってとこだろ。
二年前のメッセージカードの件と言い、表立って動いているのは亜麻色の髪の男と考えていいと思う。」
ミリアリアはこくりと頷く。
 
「そいつらはプラントのどこかにいる。地球に潜伏しているとは考えづらい。そうする理由もねぇしな。
だが俺はカーペンタリアでの任務が残っているから、プラントに戻ったお前のそばにいる事が出来ない。
…だからお前には俺が帰るまで、ラスティを護衛につける。」
「え…ええ!?ラスティっ!?」
 
ミリアリアは思いがけない展開に素っ頓狂な声を上げた。
 
「そ。あいつも地球で傭兵としての腕を磨いて来ているし、何より元赤服の同僚だ。あいつの力は俺もよく知ってる。
信用も置ける。それにあいつはどっちみちラクスからプラントへ招聘されているからな。」
 
確かにラスティならば腕も確かだし、ディアッカも安心だろう。
だが彼は地球にロイエンハイムの護衛と言う仕事を残して来ているはずだ。
 
 
「な、え、だけどっ!ラスティは他にやる事があるでしょう?ロイエンハイムさんだっているんだし、そんな、私なんかに…」
「だーめ。それに、これはラスティ本人からの提案だ。姫さんも乗り気で、オーブから総領事館に臨時で派遣された軍人、と言う肩書きも用意してくれるらしい。
ま、俺以外の男がお前の周りをうろちょろすんのは気にいらねぇけど、事が事だしな。」
 
 
冗談めかした口調だったが、言葉が途切れた瞬間、ディアッカの紫の瞳がす、と細まった。
 
 
「ここまで事が大きくなったんだ。それが失敗に終わった以上、相手ものんびり構えてなんかいられねぇはずだろ?
当然ザフト軍も評議会も調査に入る。
奴らの標的であるイザークやシホは軍人で、俺や姫さん、アスランは地球へ戻る。
…となると、一番無防備で襲われる確率が高いのはお前、なんだ。」
 
 
「あ…」
ミリアリアは思わず言葉を詰まらせた。
確かに、武器ひとつ扱えない自分は黒幕にとって格好の的であろう。
微かに青ざめたミリアリアの頬にディアッカは手を伸ばし、宥めるように優しく撫でた。
 
「あとひと月、待っててくれ。必ず任務を終わらせてプラントへ戻るから。
だからそれまで、守ってもらえ。何かあればすぐラスティやイザーク達を頼るんだ。いいな?」
「…うん。分かったわ。約束する。」
 
ぎこちない笑顔を浮かべ頷くミリアリアに、ディアッカはふわりと微笑み、頷いた。
 
 
 
「ディアッカ…あの」
「ん?」
 
珍しく歯切れの悪いミリアリアに、ディアッカは首を傾げた。
 
「クサナギで…セリーヌさん、また会ったのよね?彼女の、様子とか…」
 
ミリアリアの問いに、ディアッカは小さく笑みを零した。
きっと、ずっと気にかかっていたのだろう。
こういう所は、いかにもミリアリアらしい。
 
 
「ん、尋問には立ち合ったけど、やっぱりお前が聞き出してくれた内容と同じ事しか彼女自身知らないようだった。
それにしてもお前、よくあの状況で彼女にそこまで口を割らせたな。」
 
 
ディアッカとラスティは、AAでのメディカルチェック前に一通りミリアリアがセリーヌから聞き出した話の内容を聞いていた。
セリーヌ・ノイマンは素直にこちらの質問に応じたが、それはミリアリアやカガリの口から聞かされた内容とほぼ同じものであった。
 
「うん…慣れ、の問題もあるかな。取材をして行く中ですんなり話をしてくれる人なんて皆無に近かったし。
それに、私は言葉でしか戦えない。ジャーナリストってそう言うものだと思うから。
だから、彼女の話を聞いて、とにかくその気持ちに寄り添ってみよう、って思ったの。
何より…彼女と私は、同じような経験をしていたから。」
「あ…」
 
それが、先の大戦で散ったトール・ケーニヒの事を指していると気付き、ディアッカは言葉を失った。
 
「誤解しないでね?私はもう乗り越えてるわ。サイやキラ、AAのクルー達、そして何よりあなたがいてくれたから。
とにかく、憎しみを心の拠り所にしてしまっていたセリーヌさんに、どうにかして前を見て欲しかった。
だから、あっちについてすぐ、セリーヌさんと話をしたいって申し出たの。」
「そう、か…。」
「うん。でも、戦うなんて言ったけどまだまだ未熟だなって反省したわ。きつい事もたくさん言っちゃったから、傷つけてしまったんじゃないか、って…」
「いや、それは無いと思うぜ?」
「え?」
 
ディアッカはきょとんとするミリアリアにくすりと微笑んだ。
「お前にほっぺたを叩かれて目が覚めた、って。自分は置いて行かれたんじゃない。守られていたんだ、って気付く事が出来た、って言ってた。」
「…ほんと?」
「ホント。さっき聞いたけど、メディカルチェックも問題なかったらしい。」
「そっか…良かった…。」
ほっと息をつくミリアリアを愛おしげに眺めていたディアッカだったが、本題を思い出し居住まいを正した。
 
 
「セリーヌ・ノイマンの話とこれまでの経緯から考えた、俺たちが狙われる理由。
どうやらそれは、先の大戦に関係があるらしい、って事も今回の件で想像がついたな。」
「うん。クルーゼ隊の生き残り、って言葉が出た以上、やっぱりあの頃の何かに関係があるはずよね。」
「ああ。何と言ってもクルーゼ隊は先の大戦で一番活躍した部隊だし、パナマへの侵攻も当時の出来事だ。
…もっともその戦いに参加したのはイザーク一人だけどな。
俺はその頃もうAAにいたし、アスランはアスランでクルーゼ隊から離れていた。」
 
 
ミリアリアは少しだけ躊躇う素振りを見せた後、おずおずと口を開いた。
 
 
「あの…パナマ侵攻の件は、黒幕がセリーヌさんを動かす為の口実とは考えられないかしら?」
「え?」
 
 
思いもよらない言葉に、ディアッカは顔を上げた。
そこには、普段と少しだけ違うミリアリアがじっとディアッカを見つめていた。
 
「もっと…深い理由がある気がするのよ。黒幕の一人は壮年の男性でしょう?イザークも言ってたけれど、MSや旧式とは言え宇宙艦を用立てられる、それなりの力も財力もある人物だと私も思うの。」
「MSって…さっきのあれか?」
 
眉をひそめるディアッカに、ミリアリアは当然、と言った顔で頷いた。
「だって、偶然とは思えないタイミングでしょう?あのMSは不明艦を沈める為に現れたのよ。…口封じの為に。」
「……やっぱり、黒幕とアンノウンのMSは繋がりがある、って事か…」
「そうね。そしてそこまでしてでも元クルーゼ隊であるあなた達を執拗に狙っている人物…それが“あの方”よ。」
ディアッカは深い溜息をついた。
「それにしたって…見当もつかねぇな。クルーゼ隊長は戦死してるし、そもそもあの人自身についても謎な部分が多すぎる。」
「…そうね。それでも、鍵はクルーゼ隊が存在していた時代にあるはずよ。一度、イザークやアスランとも機会を作って話をしてみたらどうかしら?」
「ん…そうだな。」
ミリアリアの提案にディアッカはしっかりと頷きーーー眩しいものでも見るかのように紫の瞳を細めた。
 
 
「なんか…久し振りにそういうお前を見た気がする。」
「え?そういう、って…」
「ん…なんだろ。活き活きしてる、っつーのかな。」
 
 
ミリアリアは目を丸くした。
「え…そ、そう、かな?」
「いや、変な意味で言ったんじゃねぇよ?…戦場カメラマンになる、って言ってた頃のお前をちょっと思い出してただけ。」
「あ…」
「お前はいつも自分より他人を慮って、そしてずっと、俺の事を何より大切に思ってくれていた。
でも同時に、正義感が強くて負けず嫌いで、真実を見極めようとする強さも持ってるんだよな。
あの時は反対したけど…お前は立派なジャーナリストで、戦場カメラマンだったんだなって思ってさ。」
 
そう言ってにこりと微笑むディアッカの表情は、どこか穏やかで晴れ晴れとしていた。
それは彼が、別離の間にミリアリアがして来た事を認めてくれた事に他ならなくて。
 
 
欠片だけでも構わない、ディアッカに認めてもらえた。
 
 
そう感じ取ったミリアリアの胸に喜びが溢れた。
そして、天使湯に浸かりながら考えていた“伝えたい事”をディアッカに“今”告げよう、と決意する。
 
 
「ディアッカ。あのね。私…お願いがあるの。」
 
 
突然の告白に、ディアッカは驚いた表情でミリアリアを見つめた。
 
 
 
 
 
 
016

 

 

 

ミリアリアのお願い、とは?

 

 

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2015,10,26up