ザイルは深く息をついた。
「君の話はよく分かった。」
今度はディアッカが無言でザイルを見つめる。
「だが。それでも我らはプラントを簡単には信用出来ない。
ぬくぬくと育ったコーディネイターである君らも、な。」
「そんな!隊長は…」
思わず声を上げたシンを、ディアッカは振り返らず手だけで制する。
「ただ、君個人に関しては少し話が変わってくる。ーーーあの命知らずのハウ嬢が選んだ男だから、な。」
ディアッカは、紫の瞳をまんまるに見開いた。
そしてシンも同じく、ぽかんとした顔を目の前の男に向けている。
「え…」
「何だ、彼女から何も聞いていないのか?」
愉快そうに首を傾げるザイルに、ディアッカはやっとの事で言葉を発した。
「あなたは…あいつの事…?」
それまでとは打って変わった口調に、堪えきれなかったのかザイルはくすり、と笑みを漏らす。
「あのテロの被害に遭い壊滅したコミュニティのトップは、私の兄だった。
彼女とは何度か話をさせてもらったよ。兄からも話は聞いていた。
…命知らずの無鉄砲なナチュラルのフォトジャーナリストがいきなりやってきた、それも年端のいかない少女だ、とな。」
「それが…あいつだったんですか」
ディアッカの小さな声。
ザイルは頷き、言葉を続けた。
「報道で君たちの結婚を知った時はさすがに驚いたがーー彼女らしい、とも思った。
あそこまで真っすぐな目をしたナチュラルを、私は他に知らない。
兄も言っていた。彼女の、無防備なほどに自分を偽らない真摯な言葉と想いに自分は負けた、とな。」
そうしてザイルは、壁に掛けられたパネルを指差した。
中に飾られているのは、モノクロの写真。
「これは、ハウ嬢が兄のコミュニティに滞在していた時に撮った写真だ。
テロの数日前、ここを訪れた弟が持って来てくれた。
お前はあいつらのこんな顔を見たことがあるか?と自慢げに言ってね。
…それが兄と交わした最後の会話だ。」
ディアッカは改めてパネルに飾られた写真に目をやった。
そこには、楽しそうに笑う青年達ーー腕の無い者や車いすの者がいる所を見るに、きっと彼らはダストコーディネイターであろうーーが、薄汚れた犬とボールを転がして戯れる光景が映し出されていた。
そこに映し出されている全ての者達が、生き生きとした心からの笑顔を浮かべている。
直接面識のないディアッカですらそれが分かるほどに、ミリアリアの撮った写真はその光景を鮮明に捉えていた。
今にも楽しげな笑い声が聞こえて来そうなその写真に、ディアッカだけでなく後ろに立つシンも言葉を失ったままパネルをじっと見つめる。
「彼らもまた、不具ゆえに親に捨てられ、地球に流れ着いたダストコーディネイターだ。
プラントを、親を憎み生きて来た彼らのこんな笑顔を私は見た事がない。
それを、彼女はこうして写真に残してくれた。
ーーー最も、彼らもあのテロで全員命を落としてしまったがね。」
ディアッカはその言葉に我に返り、ザイルに向き直る。
「彼女は真実を見極める目と、頑になった心を溶かす何かを持っている。その写真を見ても分かるだろう。
その彼女が選んだのが、君だ。
そんな君の言葉を簡単に信用出来ない、と撥ね付けるほど私も愚かではない。」
「…ありがとう、ございます」
ザイルはすっかり冷えてしまったコーヒーを口に運んで顔を顰めると、部下に新しいものを用意するよう命じた。
ザイルと、そしてディアッカの前からコーヒーカップが下げられる。
「…ただ、先程も言った通り、我々のプラントに対する感情は、君たちが思うよりずっと根深い。
君やラクス・クライン、ジュール議員の思う所は私も理解したが、すぐにプラントを訪れるとまでは約束出来ない。だが…。」
「だが、何ですか?」
ディアッカの静かな声に、ザイルは降参したかのように苦笑を浮かべた。
「この件はラスティに任せようと思う。
あいつは我々とは違う特殊な経緯で今ここにある。そして我々はあいつを信用している。
ラスティの判断を聞いて、その上で我々も動く事を約束する。
だからそれまで…我々をそっとしておいては貰えないか?エルスマン隊長。」
ディアッカは、居住まいを正してザイルの目を真っすぐ見る。
そして、頷いた。
「あなた方のお気持ちは分かりました。ラクス・クラインとジュール議員にはそのように伝えます。
…ありがとうございます。ザイルさん。」
ザイルは頷き、右手を差し出した。
「ハウ嬢の目にやはり狂いはないな。ーーー君は、正直な男だ。」
ディアッカはその言葉にふわりと微笑む。
「そう思って頂けるのであれば…それも、彼女の存在があってこそです。
俺は、あいつに出会って人生が変わりましたから。」
そうしてディアッカは、差し出されたザイルの手をしっかりと握り、固い握手を交わした。
「早いうちにラスティと話をしたいのですが…彼は今?」
ディアッカの言葉に、ザイルは部下に耳打ちをした。
会談は終わり、シンも勧められるままにディアッカの隣でコーヒーに口を付けている。
「あいつは今仕事で中東に赴いている。
数日中にはこちらに戻る事になっているが、今部下に連絡を取らせた。
戻り次第、そちらに話を通すよう伝えたよ。」
ディアッカは頷き、カップをソーサーに戻した。
「ありがとうございます。…あの、ミリアリアの写真を近くで見ても?」
ザイルは少しだけ目を見開き、笑顔で頷いた。
「…構わんよ。いい写真だろう?いくらでも見てくれ。」
ディアッカは立ち上がり、パネルの前にゆっくりと近づく。
そしてそっと、写真に指を滑らせた。
自分と離れている間に、ミリアリアが撮った写真。
ミリアリアが見ていた景色。
この写真を撮った時、きっとミリアリアも笑っていたのだろう。
ーーーそして、テロの一部始終を目の当たりにしたという事は、彼らの最期をもその目で見届けたのであろう。
テロがきっかけで心に傷を負ったミリアリア。
当時のミリアリアの傷ついた心を想像するだけで、ディアッカの胸はどうしようもなく痛んだ。
なぜ、あの時あれほどまでに意地を張ってしまったのだろう。
一番苦しんだであろう時にそばで支えることができなかったことを、ディアッカは悔やんだ。
守りたい。いや、守る。
あいつがもう二度とそんな思いをしなくてもいいように、俺が、あいつを一生守る。
ディアッカはミリアリアの笑顔を思い出し、ぐっと拳を握りしめそう決意を新たにした。
「ハウ嬢は、元気にしているか?」
ザイルの声に、ディアッカは振り返った。
「はい。停戦してすぐに再会して、俺がプラントへ連れて行きました。
そのままあちらで結婚して、今はオーブ総領事館で特別報道官の任についています。」
「そうか…。プラントへ戻ったら、彼女によろしく伝えてくれ。写真も、飾らせてもらってるとな。」
ディアッカはその言葉に、心から嬉しそうに微笑んだ。
「はい。必ず伝えます。」
こんなにも人の心を捉えるミリアリアの写真。
ディアッカは改めて、愛する妻に対する尊敬の念を覚えた。
そして、そんな彼女が自分を選んでくれた事を心から誇りに思うのだった。
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かつてのテロで本当に辛い思いをしたミリアリア。
しかし、彼女の想いはちゃんと伝わっています。
2014,11,28up