30, 事件

 

 

 

 
「今日は本当にありがとうございました。ザイルさん。」
 
 
ディアッカはザイルに美しい敬礼を贈り、謝辞を述べた。
その後ろでシンも同じように敬礼をする。
 
「礼を言われる事は何一つしていないさ。
ラスティが戻り次第、君の所に連絡をいれるよう伝えておく。
あとは…あいつ次第だ。」
 
ぶっきらぼうなザイルの口調に、ディアッカは微笑んだ。
強面のザイルだが、本当は面倒見の良い男なのだろう。
少し離れた所からそっとこちらを伺うダストコーディネイター達の中には、女性や子供の姿も見受けられる。
ただ傭兵として活動しているだけでなく、行き場の無い彼女達をもここで面倒を見ているのだろうとディアッカは思った。
 
 
「最後にひとつ、質問してもいいかね?」
「…答えられる事であれば。」
 
 
いきなり、なんだ?
ディアッカは首を傾げた。
 
 
「…ハウ嬢は、君を守れるくらいに強くなったか?」
 
 
ディアッカは思いもよらない言葉に驚き、目を見開いた。
ザイルは厳めしい表情を少しだけ緩め、ディアッカを見ている。
 
 
「な…え…?」
 
 
「弟から聞いた事があったんだよ。
昔、彼女がコーヒーを振る舞ってくれた事があったそうでな。
その時に、空の向こうにいると言う男の話をされたと。
…それは、君の事だろう?」
 
 
ディアッカの胸が、どくん、と疼いた。
 
「あいつは…何て…?」
ザイルは肩をすくめた。
 
 
「私はその場にいなかったから、弟から聞いた話だがな。
…片思いしている男が空の向こうにいる、と言っていたそうだ。
今の自分では会いに行けないけれど、その男を守れるだけの強さを身につける事が出来たら、いつか会いに行きたい、と。
星を見ながらそう言っていたそうだ。」
 
 
ディアッカは拳をぎゅっと握りしめた。
自分が自暴自棄になって乱れた生活を送っていた頃、ミリアリアは地球で自分の事をずっと想ってくれていたのだ。
ーーー片思いなんかじゃ無かったのに。
二人の心はいつだって繋がっていたのに。
下らない意地を張り、本当の想いを封じ込め、全部忘れようとしていた自分を彼女は想い続けてくれていたのだ。
 
 
目の前の美しい青年が紫の瞳に切なげな光を宿す様子を、ザイルは黙って見つめていた。
だがその光は数瞬で消え失せ、代わりにその瞳には強い決意の光が宿る。
そして、ディアッカは微笑んでこう答えた。
 
 
「あいつは…とても優しくて、強い女になりました。
俺はいつだって、あいつの存在に支えられ、守られています。
そして俺も、生涯かけてあいつの傍で、あいつを支えて…守りたいと思っています。」
 
 
ザイルは晴れやかな笑顔を浮かべ、頷いた。
 
 
「ハウ嬢にこれも伝えてほしい。幸せになれ、とな。
兄とその仲間達も、生きていたらきっと同じことを言うだろうよ。」
 
 
ミリアリアはきっと、北欧のダストコーディネイター達と本当に真摯に向かい合っていたのだろう。
でなければ、親に裏切られ、心に傷を負った彼らがこれほどまでに心を開く筈が無い。
 
 
「はい。必ず伝えます。」
 
 
ディアッカはしっかりとザイルの目を見て、頷いた。
 
 
 
 
「これで、一歩前進ですね。隊長。」
 
操縦桿を操るシンの声に、ディアッカは「ああ」と答え、ひとつ伸びをした。
「ミリアリアさんの写真…なんて言うか、すごかったです。
写真って、あんなに何かを伝えられるものなんですね。」
ディアッカはふわりと微笑み、窓の外に向けていた視線をシンに向けた。
 
 
「あいつの写真ってさ。俺、実はほとんど見たことねぇんだ。」
「え?!」
シンは意外な告白に、思わずディアッカの方を振り向いた。
「あいつと俺は、一度別れてるからさ。
俺と別れてる間、あいつはカメラを持って紛争地域を周ってたらしい。」
「え、じゃあ今、ミリアリアさんて…」
ディアッカはまた窓の外へ顔を向ける。
 
 
「俺と一緒にいる間は、そっちの仕事に戻る気はない、ってさ。
あいつはターミナルの許可証も持ってたけど、それもラクス嬢に預けてある。」
「そう…なんですか」
「俺さ、あいつのやってた仕事、今回の件くらいしかちゃんと知らないんだよな。
さっきも言ったけど、写真もほとんど見たこと無いし。
俺と離れてる間、何を考えて、どんなものを撮ってたのか。
何となく、今まで聞かないまま来たんだけどさ…。」
 
 
シンは視線を正面に向けたまま、ぽつりと呟いた。
 
「じゃあ、プラントに戻ったら聞いてみればいいじゃないですか。」
 
意外な言葉に、ディアッカの目が丸くなる。
 
 
「ミリアリアさんの事で知らない事があるなんて、隊長らしくないですよ、そんなの。
あんなすごい写真を撮ってたんでしょ?
聞きにくい出来事もあったのは分かってますけど…俺なら、聞いてみたいです。ミリアリアさんの話。」
 
 
ちょっとだけ唇を尖らせ、正面を向いたままのシンをディアッカは穴が空くほど見つめ。
くしゃり、と癖のある金髪をかきあげた。
 
「まさか、お前にそんなこと言われるとはなぁ…」
「どういう意味ですかっ!」
ディアッカはくすくすと笑って、自分も正面に目を向けた。
 
 
「…そうだな。戻ったら、聞いてみるさ。」
 
 
その時、ヘリコプターに設置された緊急無線のランプが警告音とともに点滅した。
「何だ?」
ディアッカがすかさず無線機を手に取り、通信をオンにする。
 
「こちらエルスマン隊、ディアッカ・エルスマンだ。」
『エルスマンか?キサカだ。』
「キサカさん?どうしたんですか?何か…」
 
オーブで何かあったのだろうか?
すっと表情を引き締めたディアッカだったが、キサカから告げられたのは予想外の内容だった。
 
 
『落ち着いて聞いてほしい。
先程カーペンタリア基地から緊急の通信が入った。
復興支援の任務についていた兵士達が、基地に戻った途端相次いで倒れたらしい。
詳細は不明との事だが…バイオテロの可能性もある。』
 
 
「な…」
 
 
ディアッカは言葉を失い、シンと顔を見合わせた。
 
 
 
 
 
 
 
016

別離の間、ミリアリアが何をしていたか、そして彼女の心の葛藤。
今まで聞く事をして来なかったディアッカに、彼女の想いの片鱗が伝わります。
ザイルの言葉は、5555hit御礼小説『片思い』とリンクしています。
そして、ついに事件の幕開けです。

 

 

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