41, 三回目の… 2

 

 

 

 
「…その溜息、何とかならんか。ディアッカ。」
 
夕暮れ時の、ジュール隊隊長室。
灰色の溜息とともに頬杖を付く副官に、イザークはウンザリした顔を向けた。
 
 
「あー…悪い。」
 
 
心ここに在らずなディアッカに、シホとイザークは顔を見合わせた。
そっと頷いてみせるイザークに、シホは少しだけ困ったような顔を見せながらもディアッカに声をかけた。
 
 
「…ディアッカ。マリッジブルーって知っているかしら?」
 
 
ディアッカは気怠げに顔を上げた。
「…何それ?」
 
「結婚前の女性が、目の前に迫った結婚生活に不安や憂鬱な気持ちになること。
恋人と妻、って、立場も責任もまるで違うものね。
まさに今のミリアリアさんの状況、ではなくて?」
 
 
「マリッジ…ブルー…。」
 
 
ディアッカはぽつりとそう繰り返した。
「ディアッカ。いい事を教えてやろう。」
イザークがひとつ息をつき、書類から顔を上げた。
 
 
「ミリアリアから昼過ぎにメールが届いた。お前がちゃんと仕事に来ているか、食事はしているか、変わったところはないか、という内容だ。」
 
 
ディアッカは目を剥いた。
「はぁ!?なんですぐ言わねぇんだよ!」
「すまなかった。色々忙しくてな。」
憤慨するディアッカを軽くいなし、さらりととんでもない事を言うイザーク。
「なんて返したんだよ?」
「今のお前の状態をそのまま返したが?俺は嘘が付けない性格なのでな。」
ディアッカはまたもや深い溜息をついた。
 
 
「…メールが来たって事は、あいつ、昨日ちゃんと無事に帰ったって事か…」
 
 
本当は気になって仕方が無いのに素直になれないディアッカの姿に、シホがくすりと笑った。
「ディアッカ。今日はもう帰っていいぞ。」
「え?」
弾かれたようにディアッカは顔を上げた。
 
「その状態では作業効率が上がらん。どうせ明日は休暇だろう?さっさと帰って、ミリアリアとじっくり話し合うんだな。」
「イザーク…」
「ああそうだ、伝え忘れていた。昨日ミリアリアはジュール邸に泊まった。時間も時間だったのでな。」
 
 
「はあぁぁぁ!?」
ディアッカの素っ頓狂な声に、イザークは顔を顰めた。
「やかましい!母上の提案だ。そういう訳だから、くれぐれも遅い時間の一人歩きなどと言って責めないようにな?」
 
「マジかよ…」
 
昨晩、結局同じ屋根の下にいたのかと思うと、あれだけ悩んでいたのが馬鹿らしくなってくる。
「…エザリアさんによろしく言っといて、イザーク。シホもサンキュ。なんか色々吹っ切れたわ。」
「…検討を祈ります。ディアッカ。」
真面目な顔で敬礼するシホにとびきりの笑顔を向け、ディアッカは風のように去って行った。
 
 
 
 
「…じゃあサイ、明日はお休み貰っちゃうけど…」
 
すまなそうな顔のミリアリアに、サイはにっこり微笑んだ。
「ちゃんと仲直りするんだよ?入籍済んだら教えてね?」
「うん。ありがとう。」
サイに手を振り、ミリアリアは総領事館を出た。
 
 
ディアッカ、ちゃんとご飯食べたかしら…。
 
 
昨晩、エザリアの強い勧めでミリアリアはジュール邸に泊まった。
ディアッカには内緒にしておくから、とエザリアに言われ、ミリアリアはディアッカと同じ屋根の下で悶々とした夜を過ごしたのだった。
 
朝早く自宅に戻り、急いで支度をして総領事館に出勤した為、アパートには何も準備されていない。
早く帰って、夕食の支度をしなくては。
そう思いながらもミリアリアの足は、アパートとは別の方向に向かっていた。
 
 
 
***
 
 
 
「綺麗…」
 
思わずそう口にしたミリアリアは、強い風に髪をもみくちゃにされ慌てて頭に手をやった。
 
 
ミリアリアが立っているのは、ディアッカから婚約指輪を受け取った、あの展望台だった。
ディアッカの母である、ティナが愛した場所。
半年近く前、指輪とともに改めてディアッカからのプロポーズを受けた場所。
あの時も、プラントを照らす夕焼けがとても綺麗だった。
 
お前がプラントに来たら、必ずここに連れてこようと思ってた。
隣に立つディアッカがそう言っていた事を、ミリアリアは思い出す。
 
 
ディアッカと別れて、再会して。
自分の気持ちに素直になると決めて、ミリアリアはプラントへやってきた。
 
一人にしない。どこにいても助けに行く。ずっとそばにいる。
 
ディアッカのその言葉を信じて、互いに守って守られて。
そう思って、結婚を承諾したはずではなかったか。
夕日に照らされるプラントの街並みを見ながら、ミリアリアはこれまで抱えていた不安が嘘のように消えて行くのを感じていた。
 
 
一人にして欲しいなんて、嘘。
もう、一人でいるのは嫌。
 
 
こんな自分がディアッカを幸せにすることができるかはわからないけれど。
それでも、彼が自分を必要としてくれるなら、自分はディアッカと生きていきたい。
自分の命よりも護りたい大切な存在。
愛しているから、側にいたい。
この命が果てるその日まで、宇宙でいちばん安心出来る、あの温かい腕の中で眠りたい。
 
 
私は、やっぱりディアッカが好きなんだ。
まだまだ自分に自信など持てないけれど、ディアッカを愛する想いは誰にも負けない。
ミリアリアの矜恃にかけて、それだけは言えるから。
昨日の事をディアッカに謝って、彼が知りたいと言うのなら、抱えていた不安も悩みも全部話してしまおう。
 
 
 
「ミリアリア…?」
 
 
 
ごう、と風が吹き、ミリアリアの髪をかき乱す。
その風の音に混じって聞こえた声に、弾かれたようにミリアリアは後ろを振り返った。
 
 
 
「…ディアッカ?」
 
 
 
ミリアリアが振り返ったその先に。
豪奢な金髪と黒服の裾を風に靡かせながら、驚いた表情で立ちすくむディアッカの姿があった。

 
 
 
 
 
 
 
016

イザークとシホのフォローでやっと気持ちを切り替えられたディアッカ。

そして、ミリアリアの向かった場所で再会する二人は…?
 

 

戻る  次へ  text

2014,7,29up