コンコン。
ノックをしたが返事はない。
ディアッカは、そのままドアを開けてミリアリアのいる病室に入った。
ミリアリアはベッドの上でシーツを頭から被り、こちらに背を向けている。
「ミリィ。」
そう呼びかけると、かすかにシーツの塊が動いた。
「ミリィ。起きてるんだろ。」
返事は、ない。
「…シホから簡単な経緯は聞いた。
そのままでいいから、今度は俺の話を聞いてくれ。頼む。」
…やはり、返事はなかった。
ディアッカは、病室の壁に持たれて腕を組むと、ひと呼吸おいてそのまま話し始める。
「婚姻統制のこと、きちんと説明しなくて悪かった。
誤解のないように言っておく。俺の婚約者は後にも先にもお前だけだ。
あの男に何を言われたか知らねぇが、それが真実だ。」
シーツが、もぞりと動いた。
「…適合率って、なに」
「…俺やイザークみたいな、第二世代のコーディネーターの出生率が落ちてるのは知ってるよな?
プラントでは、成人に達すると全員遺伝子検査を受ける事が法で義務付けられている。
そのデータを元に、子を残しやすい遺伝子を持つもの同士マッチングが行われる。
適合率が高ければ、場合によってそのまま婚約するパターンもある。
身近だと、アスランとラクスがわかりやすいかな。」
ミリアリアは黙って話を聞いている。
「俺からも言ったし、親父からも聞いてるだろ?俺は第二世代な上、さらに遺伝子配列を弄って生まれてきてる。
マッチング自体、かなり難しかったらしいが一応多少は適合率のある相手がいたらしい。最低ラインより下だったらしいけど。
らしい、ってのはデータ上の話のみで、会ったこともないからだ。
ここまでは分かるか?」
「…分かる」
ディアッカはさらに話を続けた。
「そんな中ザフトに入隊して、戦争が始まって。俺はAAでお前たちと一緒に戦い、ザフトではMIAになった。
その時点で、相手にはそのままそれが通達される。
もともとなんの約束も交わしていないデータ上の関係だ。
すぐに次の相手を見つけて、今はもう結婚してるらしいぜ。」
「…じゃ、婚約者はいなかったの?」
「そ。お前が最初で最後。」
そう言うとディアッカはミリアリアのベッドに座り、シーツ越しにミリアリアに手を触れた。
「ダメ!私に触らないで!」
ミリアリアがびくりと体を震わせた。
「なんで?」
優しい声で、ディアッカは短く問いかける。
「シホさんに聞いたんでしょ?」
「俺の目の前であの男にキスされたこと?
俺の見てないところで、あの男に途中までされたこと?」
「ちがうっ!されてなんかないっ!」
がばりとミリアリアが起き上がった。
シャワーを使ったのだろう。
洗いざらしの少し乱れた髪に半分隠れた吸い込まれそうな碧い瞳が、涙を湛えてキッとディアッカを睨みつける。
「逆らったら、ディアッカたちがいる場所を爆破させるって言われて…。
押さえつけられたらやっぱり力じゃ勝てなくて…」
「うん」
「でも、私は公にももうディアッカの婚約者、で…。
それなのに、目の前でキスされたり、キスマークつけられたり、して…」
「うん」
「すごく嫌だったの。でも抵抗したら殴られて、怖くて。」
「…うん」
「…他に、正当な婚約者がいるのかもしれないとか、そう思ったら、どうしていいかわからなくなって。
ディアッカ以外の手に触られて、何度もやだって言ったけど、それでも、ディアッカに申し訳、なくて…」
だんだん声が小さくなるミリアリア。
先程激情に駆られてディアッカに強い視線を向けたものの、今はシーツをぎゅっと握り、こちらを見ずに俯いている。
「…どっか、痛いところある?」
「…え?」
唐突な問いかけに、ミリアリアが思わずディアッカに顔を向けると。
ディアッカは、いつものように優しい瞳でミリアリアを見つめていた。
「殴られたって、どこ?」
「…咄嗟に腕で、庇ったから…。手首の下、とか、あと、庇いきれなくて、耳の横、とか…」
「他は?」
「…背中、とかだけど…打撲だし、ちっちゃい痣とか、擦り傷だから、べつに痛くない…」
「そっか。じゃあもう退院できるな。帰るぞ。」
「え、ええっ!?」
ミリアリアは仰天した。
「あ、あの、ディアッカ、でも」
「寝てるだけでいいなら、うちでいいじゃん。その方がゆっくり話できるし?
てことで、退院の手続きしてくるから。そこでおとなしく待ってろよ?」
そう言って颯爽と部屋を出て行くディアッカを、ミリアリアは呆然と見送った。