日付が変わろうとしている頃、イザークの携帯が鳴った。
寝室で本を読んでいたイザークは、訝しげな表情で携帯を手に取る。
そして着信画面を見ると、慌てて通話ボタンを押した。
「ミリアリアか?どうしたんだ?」
「…イザーク?」
ミリアリアの細い声が聞こえた。
だが、様子がおかしい。
「…ディアッカに、何かあったのか?!」
しばしの沈黙の後。
「今、総領事館の前にいるの…。鍵、置いて来ちゃって。」
イザークは素早く立ち上がった。
こんな時間に、一人であんな場所に?
「待っていろ。すぐ迎えにいく。そこを動くなよ?」
イザークが到着すると、ミリアリアは呆然と道に立ち尽くしていた。
その顔色は真っ白で、服装も季節にそぐわない薄着だ。
「イザーク…。ごめんなさい」
「構わん。早く乗れ。」
ミリアリアはゆっくりと助手席に乗り込んだ。
「キラとアスランに連絡を取った。サイは繋がらない。
とりあえずあいつらも俺の家に来る。」
「…そう。ありがとう。
サイは、今とても忙しくて。きっと休んでるんだと思うわ。
私も連絡したけど、やっぱり出なかった。」
ミリアリアの声は少し掠れ、話し方は機械のように抑揚が無かった。
「少し黙っていろ。
ディアッカの所に帰りづらければ、今日は俺の家に泊まればいい。」
「…ありがとう。」
ミリアリアは機械のようにそう言うと、俯いた。
ドアホンが激しく鳴った。
イザークがドアを開けると、キラが飛び込んでくる。
「ミリィ!」
ミリアリアはその声に、ゆっくりと顔をあげた。
「キラ…アスランも、遅くにごめんなさい。」
その顔色の悪さに、キラとアスランは絶句する。
ディアッカが記憶を無くしてから10日足らずで、ミリアリアは憔悴しきっていた。
目の前に置かれた紅茶は、すっかり温くなっているようだ。
「…さて。何があった?」
イザークがキラとアスランに椅子をすすめ、ミリアリアに話を促した。
「ディアッカに、抱かれたわ。」
三人は絶句した。
ナチュラルと戦っていた時までしか記憶のないディアッカが、何故ナチュラルのミリアリアを?
「まさか、無理矢理…?」
キラの声が怒りに震える。
「…最初は、そうだった。だから私も抵抗したわ。
でも、ディアッカ、怖がってたの。」
「怖がって?」
イザークは首を傾げた。
あいつが、怖がる?
「押し倒された時に思わず私、あんたはディアッカじゃない、って言ったの。
そうしたら、じゃあ俺は誰?って聞かれた。
その時一瞬、ディアッカはとても不安そうな目をしたのよ。
まるで…迷子みたいな。」
「迷子…」
アスランが呟いた。
「だから、記憶が戻らないことが怖いの?って聞いたの。
そうしたらディアッカはとても怒って、それで…」
「だからって、何で?!」
キラがミリアリアに詰め寄った。
「抱かれたら、私に触れてもらえたら、思い出してくれるかもって思ったのよ!」
キラの目を見つめてそう叫ぶミリアリア。
碧い瞳から、ぽろぽろと涙が零れる。
そのまま手で顔を覆うミリアリアの姿に、キラは強く拳を握った。
「きゃっ…」
イザークは素早くミリアリアの手首を掴む。
「これは、何だ?ミリアリア」
その細い手首に残る赤い痕を、イザークは見逃さなかった。
ミリアリアが涙に濡れた目を逸らし、俯く。
「あいつは、お前に何をしたんだ!答えろ、ミリアリア!!」
「やめろ、イザーク!」
アスランが慌てて止めに入った。
キラは、現実を受け入れきれないのだろう。
俯くミリアリアの側で、青ざめて立ち尽くしている。
「…いいの、これは。
どんな風にされても、記憶が戻るならそれでいいと思ったから。
無理矢理されたわけじゃ、ないから。」
俯くミリアリアから涙が零れおち、その膝を濡らした。
「…ディアッカ、俺はお前なんて知らない、って言った。
だから私、やっぱりダメだったんだって思ったの。
でもディアッカ、そのあと戸惑ったように私の名前を呼んだの。ミリアリア、って。」
イザークは顔を歪め、アスランは溜息をついた。
「…私、一度総領事館に戻ろうと思う。」
イザークは頷いた。
「分かった。荷物を取りに行くぞ。」
「今からか?!」
アスランが驚いてイザークを振り返る。
「早い方がいいだろう。今なら俺たちがついて行ける。
キラはミリアリアと直接部屋に行って荷物をまとめろ。
ディアッカは俺とアスランで引き止めておく。」
「…そうだね。それに、今僕はディアッカに会ったら、何するか分からないから。」
キラの声が怒りから冷たいものに変わった。
ミリアリアは、俯いたままだった。
ミリアリアの、覚悟。
2014,6,16up