nearly equal 2

 

 

 

 
「…何してるのかしら、私」
ここは居住エリアの中でもある程度上の地位につくクルー達の部屋がある場所だ。
だが現在慢性的な人手不足であるAAにおいて、このエリアを使っているのは二人しかいないパイロットであるフラガ大尉とディアッカだけだった。
もっともフラガはマリューのいる艦長室に入り浸っていたから、実質ここに居を構えるのはディアッカのみ。
マリューは自分以外に一人しかいない女性クルーであるミリアリアを気遣ってこのエリアの部屋の使用を勧めてくれたが、ミリアリアはそれを丁重に断った。
だって、今の部屋にはトールとの思い出があるから。
非戦闘員がいなくなった後はさすがに男女で部屋を分けられたが、それまでヘリオポリス組はパイロットにさせられたキラと民間人扱いだったフレイ以外、一つの部屋で寝ていたのだ。
何も知らない無邪気だったあの頃には、もう戻れない。
ブリッジクルーとなり幾多の戦場を経験して来たミリアリアは知ってしまったから。
よくわからないままCIC席に座らされ、言われるがままに自らが押したボタン。それによって多くのコーディネイターが戦場で散ったことを。
結局私だって、人殺しじゃない。あいつがザフト軍の兵士だからって、それを責める資格などどこにもなかったんだ。初めから。
それなのに、私はあいつを刺し殺そうとした。胸にたまっていた膿を全部出し切るかのように怨嗟と恐怖の入り乱れた言葉をぶつけ、血まで流させた。
 
いつしか滲み始めた視界の先に見知ったドアを見つけ、ミリアリアはその部屋の前で足を止める。
今もなお格納庫で一人整備をしているディアッカ・エルスマンに与えられた部屋。
フレイがいなくなってから雑用も担当しているミリアリアは、部屋のロックを解除するコードを知っていた。
ゆっくりとコンソールパネルにそれを打ち込み、するりと室内に滑り込む。
意外なほど綺麗に片付いている部屋。だがベッドの上にはインナーシャツが脱ぎっぱなしで放られている。
着替えには戻ってきたらしいが、片付けている暇もなかったのだろう。
そっとシャツを手に取ると、ほのかに覚えのある匂いがした。
ああ、これは──ディアッカの、匂いだ。
そう気づいた瞬間、何かが決壊したようにミリアリアの目から涙が溢れた。
 
ごめんね、いつも優しくしようとしてくれるのに。
ごめんね、本当は嫌じゃないのにきついことばっかり言って。
ごめんね、いつの間にかこんなに、あんたの存在を支えにしてしまって。
戦争が終われば、いなくなってしまう人なのに。ずっとトールだけを好きでいるはずだったのに。
私は勝手だ。身勝手でわがままで、誰に対しても誠実じゃない。嘘つきだ。
それでも、優しくされたいと思ってしまう。こんな、自分が心細いときだけ、都合よく。
認めてはいけない感情が溢れ出してしまう。
 
ごめんなさい。ごめんなさい。
今だけ、ここで泣かせて。すぐに出て行くから。
 
胸に抱えたシャツに顔を埋めると、まるでディアッカに抱きしめられているような気がして。
そのことにどうしようもなく安堵感を感じている自分を殴りつけたい、と思いながら、ミリアリアはただしゃくりあげ、声を上げて泣いた。
 
 
***
 
 
これは、どういう状況なのか。
バスターの整備を終えてシャワーで汚れと汗を流し自室に戻ったディアッカは、目の前の光景にしばし呆然と立ち竦んだ。
ベッドの上には自分のシャツを抱えて眠るミリアリアがいた。
閉じていてもわかるくらいに腫れぼったい瞼を見るに、きっと泣きながら眠ってしまったのだろう。
ここ数日の戦闘を思い返し、思わず溜息が漏れた。
連日攻めてくる地球軍との攻防は、パイロットだけでなくブリッジクルーをも疲弊させていた。
ミリアリアは管制官として戦況をモニタリングしている。パイロットの次に情報を目にする立場にある分、精神的な負担も大きいだろう。
それに加えて戦闘続きによる変則シフト。正規の軍人ではないミリアリアには慣れないこと続きだ。おおかた、昼夜逆転してしまい眠れなかったのだろう。
そして、睡眠不足は情緒不安定を引き起こす。
だからミリアリアはきっと自分のところにやってきたのだろう。
喜ばしいことなのかと聞かれると返答に窮するがーー迷惑かと言われれば否、と即答出来る。
惚れた女が自分を頼ってくれる。それだけで胸が高鳴ってしまうなんて、本当に恋は人を変えるのだ、と実感した。
と、ミリアリアが身じろぎ、小さく何か呟いた。
「め…ね…ディア…カ」
「…ミリアリア?」
起こしてしまったかと思い名を呼ぶが、どうやら寝言のようだ。
 
「ごめん…ね…きらいじゃ…ないのに…」
 
その言葉が脳に到達し、意味を理解するまで数秒の時間を要した。
僅かに目を見開いた後、ディアッカはそっとベッドに近づき、シーツに散らばる茶色の髪を撫でながらふわりと微笑んだ。
「…そんなん、とっくに知ってるっつーの」
素直じゃなくて取り立てて美人でもなくて、簡単にヤらせてくれるわけでもなくて。
死んじまった彼氏を想い、しょっちゅう泣いている弱い女。
ミリアリアの心は今、揺れている。新しい恋をすることを不誠実と感じてしまう。幸せになってもいいのか、と迷っているのだ。
答えを出すのはミリアリア本人でなくてはならない。だが、急ぐ必要はない、とディアッカは思っている。
それも全てひっくるめて、好きになったのだ。馬鹿みたいに惚れてしまったのだ。嫌悪していたはずのナチュラルの少女に。
「あーあ…いつお前は聞かせてくれるんだろうな」
急ぐ必要はないが、待つのもなかなか辛い。
それでも、ディアッカは思う。寝言で嘘を口にする人間など聞いたことがない。ならあれば、ミリアリアの本心なのだ。
もう一度髪を撫で、小さく丸まっていた体にブランケットを掛けてやると、ディアッカは立ち上がり、ブリッジに内線を繋いだ。
 
「あ、ノイマンさん?エルスマンだけど…」
 
夜の番をしていたであろう凄腕の航海士にミリアリアの体調不良を伝え、睡眠不足が原因らしいこと、よって翌日のシフト調整を頼みたい、と言ったところ、ノイマンは快諾してくれた。
「さて…起きたらどんな顔すっかな、こいつ」
予備の毛布と枕を狭いベッドに投げ、ディアッカは穏やかな寝息を立てるミリアリアの横に滑り込んだ。
冷えていた体を引き寄せてやると、互いの体温ですぐに睡魔が襲ってくる。
目が覚めたらまず、何を聞こう。シャツのこと?それともなぜこの部屋にいたか?
何にしても、頬を赤く染めて慌てふためく愛らしい姿が見られることは間違いないだろう。
つかの間の楽しい妄想はあっという間に睡魔に負け、溶けていく。
柔らかな髪に鼻先を埋め、ディアッカは夢の国へと旅立った。
 
 
 
 
 
 
 

 

さとうまり様、またもお待たせしてしまいました…!
キリリク、これにて完結です。お楽しみいただけていれば良いのですが…;;
前作よりもシリアス要素は少なめかもしれません。ディアッカのターンはどうしても甘さというか、ミリィ大好き!な感情が前に出てきてしまって(笑)
まだディアッカに対する感情を認めきれないミリアリアと、それも全て承知の上で彼女に恋をするディアッカのお話でした。
リクエスト内容とずれてしまっていないか不安ですが、さとうまり様も皆様も、どうか楽しんでいただけますように!
いつも当サイトに足をお運びいただきありがとうございます。
ポツポツとですが、オフ活動以外でもこうしてサイトの更新もしていければと思っておりますので、これからもどうぞよろしくお願いいたします!
ここまで目を通していただき、本当にありがとうございました!

 

戻る  text

2019,8,28up