My Sweet Home 1〜終わりではなく、始まり〜

 

 

 

 
その日はとてもよく晴れていて、ミリアリアは空を見上げて目を細めた。
 
「じゃあ、何かあったらすぐ連絡してね。熱も下がったし大丈夫だとは思うけど」
「はい。お世話になりました、マリアさん」
 
むずかるリアンを腕に抱き、ミリアリアは頭を下げる。
両手に荷物を抱えたディアッカは一足先にエアカーに戻っていた。
 
「何だかびっくりです。産んで終わり、じゃないんですね…」
「そうよ。終わりじゃなくて始まり。慣れないことだらけなんだから、遠慮せずディアッカにも育児に参加してもらってね。しばらく育児にだけ専念して、時間を見つけて自分も休むこと。いいわね?」
「ええ。本当にありがとうございました」
 
クラクションの音に振り返ると、いつの間にか見慣れたエアカーが停まっていて。
後部座席に取り付けられた見覚えのないチャイルドシートにミリアリアは目を丸くし、嬉しそうに微笑んだ。
 
 
無事に出産を終え、リアンが眠っている間に沐浴や授乳、日々の過ごし方について少しづつレクチャーを受けていたミリアリアだったが、退院も近いある日、左胸のチクチクとした痛みに気がついた。
リアンに乳首を吸わせながら違和感の正体を手で探ってみたところ、小さなしこりを見つけ、ミリアリアは一気に青ざめた。
嘘でしょ?こんなの今の今まで気がつかなかった。どうしよう、私…まさか腫瘍…?
狼狽えながら目を泳がせるミリアリアの様子は端から見てもおかしかったのだろう。ちょうど近くにいた看護師に「どうかしましたか?」と声を掛けられ半泣きで事情を説明すると、すぐにマリアがやってきた。
ショックのあまりぼんやりとするミリアリアから症状を聞き出し熱を測って触診を済ませ、マリアは困ったように微笑んだ。
「急性の乳腺炎ね。発熱してるもの、あなた。三十九度よ」
「…へ?」
予想もしていなかった言葉に、ミリアリアは間の抜けた声を上げた。
 
 
 
***
 
 
 
「晴れて良かったな」
「うん。ごめんねディアッカ、退院が延びたせいでイザークたちに迷惑掛けちゃったよね」
「あ?そんなん気にすんなって」
 
予想外の乳腺炎のおかげで、ミリアリアとリアンの退院は四日ほど延びた。
どうにも乳の量が少なかったミリアリアだが、母乳の量には個人差があると説明を受けていたし、これから出るようになるだろうとあまり気にしていなかった。どうにか初乳を飲ませることは叶っていたので、少しだけ油断していたのかもしれない。
そんな時突然、乳房の痛みとしこりに気付き、急性乳腺炎との診断を受けたのだ。
頭痛と熱でフラフラな中、助産師たちに施されたマッサージの痛みには何度も悲鳴をあげたものだった。
痛みとしこりは乳腺の詰まりのせい、と言われていても、痛いものは痛い。
出産はゴールではない。スタートだ。マリアの言葉を噛み締めながら、ミリアリアはシートに収まりすやすやと眠るリアンに小さく微笑みかけた。
 
 
帰宅後はちょっとした騒ぎだった。父であるタッドが待ち構えていたのだ。
タッドはそれこそ目に入れても痛くないくらいにリアンをかわいがっており、この日もエアカーの後部座席にいっぱいのお土産を用意してきていた。
喜ばしいことだ、とミリアリアは言うが、産後で、しかも乳腺炎から回復したばかりの妻に余計な負担をかけたくないディアッカと父の攻防戦が繰り広げられた。
結局ミリアリアのとりなしで土産を家の中に運び入れ、小一時間リアンとの触れ合いを楽しんでタッドは帰って行った。
 
「ったく…浮かれやがって」
「そういうこと言わないの。初孫なのよ?それよりいいのかな、こんなにたくさんお土産頂いちゃって…」
 
部屋の一角を占領しているベビーグッズやおもちゃを見下ろし、ディアッカはつい溜息を吐いた。
「エザリアさんにでも頼んで叱ってもらうさ。浮かれすぎだってな」
その様子を想像し、ミリアリアは目を丸くした後くすくすと笑った。
 
 
 
***
 
 
 
「あれ、もう起きちまった?」
入浴を済ませて寝室へと足を踏み入れたディアッカが見たものは、リアンを抱いてベッドに座り、乳を吸わせているミリアリアの姿だった。
 
「うん。やっぱりまだ母乳だけじゃ足りないのかな。あんまり起きちゃうようならミルクも飲ませてみるわ」
「そうだな。キッチンに一式用意はしといたからいつでも使えるぜ」
「ほんとに?ありがと、助かる」
 
心底安心したような声に、ディアッカはふと思い立って妻の隣へと腰を下ろした。
入院中、ディアッカは毎日任務もそこそこに病院に通っていたが、産後のホルモンバランスの崩れによって情緒不安定気味になっていたミリアリアはほんの少しのことでひどく不安がり、泣いてばかりいた。
それでもディアッカといる時には笑顔を見せることもあったが、いつの間にかはらはらと涙をこぼす妻を面会時間ギリギリまで抱きしめながら励まし、またある時は通信越しに何時間も話をしたものだった。
だが、ようやく退院することが出来た今はこうして妻と息子のそばに居られる。またミリアリアが不安に押しつぶされそうになっても、一晩中抱きしめていてやれる。
そんな当たり前のことがひどく嬉しかった。
「ディアッカ?え、ちょ…」
きょとんと首を傾げるミリアリアの唇を優しく奪うと、ディアッカはその細い肩に腕を回し、囁いた。
 
 
「ずっとそばにいるから。お前とリアンは俺が守るから」
 
 
見開かれた碧い瞳がみるみるうちに潤んで行く様に、結局泣かせちまったな、とディアッカは苦笑して今度はその目元に唇を落とした。
 
 
 
 
 
 
 

 
 

 

大変お待たせしました;;夏コミも無事終わりやっと取り掛かることが叶ったキリリク第二弾です!
怪獣母ちゃん様、お待たせして申し訳ありませんでした!
「天使の翼」後半のどこかの時空、ということで、エルスマン一家が育児に奮闘する姿を楽しんで頂けましたら幸いです。
そしてこちら、後二話ほど続く予定です。甘いディアミリを書かせて頂けて幸せです♡

 

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2018,8,20up