5, 婚約者

 

 

 

「あのね。ターミナルの許可証、ラクスに預けた。」
人気のないAA艦内を手を繋いで歩きながら、ミリアリアは前を見たままそう切り出した。
「え…?でもお前、それがないと仕事…」
「…戦場カメラマンもジャーナリストも、今は必要ないでしょう?
もう戦争は終わったんだから。それに…」
「…それに?」
ミリアリアはディアッカを見上げ、微笑んだ。

 

「ディアッカと一緒にいる以上、今は、そっちの仕事に戻る気は無いから。」

 

ディアッカは一瞬ぽかんとした後、ゆるゆると息を吐き出した。
「そ、か。分かった。」
「…うん。」

 

 

「傷、どうだ?」
しばらく無言で歩いていた二人だったが、ディアッカはふと思い出し、ミリアリアの華奢な肩に目をやった。

「うん、抜糸も済んだし…。傷も綺麗に塞がってるから大丈夫。でも痕は残っちゃうかもね。」
あんまり目立たないといいんだけど、とのんきに呟くミリアリアに、ディアッカは慌てて詰め寄った。
「痕、消さねぇの?」
「え?消せるの?」
ディアッカはがっくりと肩を落とした。
「地球じゃマイナーかもしれねぇけど、プラントじゃ普通に消せるぜ。
なんならうちの病院でやるか?」

「うち?」

「あれ、言わなかったっけ?俺の親父が医者なこと。
ここにも系列があるけど、やっぱフェブラリウスのが…」
「ちょ、ちょっと待って!」
ミリアリアは足を止めた。

 

「ディアッカって…もしかしてお坊ちゃん?」
ディアッカは嫌そうに顔を顰めた。
「お坊ちゃんってなんだよ…まぁ、エルスマン家の跡取り、ではあるけど、別に今んとこ医者になる予定もないしなー」
複数の病院を経営する家の、跡取り?
しかも父親は医者で、プラントの評議会議員?!

 

「あの…もしかしなくても、私とディアッカって住む世界が違う気がするんだけど…」

ディアッカはきょとんとした顔で、ミリアリアに向き直った。

「別にそんなこと気にしなくてもよくない?
俺は俺だし、ミリアリアはミリアリアじゃん。」
「そうだけど…」
「そういや、ミリィの両親て何やってんの?」
「父はモルゲンレーテの関連会社の社員。母は専業主婦よ。
ごく普通の中流家庭。」
「ふーん」
「ふーん、って…」

ミリアリアは内心頭を抱えた。
エルスマン家の御曹司が、ナチュラルの中流階級の女と結婚。
格好のゴシップネタにしか聞こえない。

 

「ミリィは、エルスマンの家柄が気になるわけ?」
ディアッカが突然ミリアリアに問いかけた。
「家柄が、とかじゃないわよ。
ただ、プラントの評議会議員の息子の婚約者がナチュラルの中流階級の娘、って思うと気後れするだけ。」
「気後れ…?」
「だって、当然騒がれるじゃない。私の職業のことや、家柄の違いとか。
当人同士は良くても、悪意のある書き方や言われ方をされるかもしれないし。」

「…ミリィは、それが辛い?」

ディアッカはそう言って、首を傾げた。

 

「私が辛いんじゃなくて、ディアッカやディアッカのお父様が嫌な思いをしたり迷惑かけてしまわないかが心配なの!
私のことなんて、どうにでもなるのよ。」

 

そう言って難しい顔をするミリアリアは気がつかなかった。
ディアッカが、一瞬驚いた顔をした後、ひどく優しい表情でミリアリアを見つめたことを。

 

急に手を引っ張られて歩き出し、ミリアリアは驚きディアッカを見上げた。
「お前は、まずもう少し自分を大事にしろよな」
「…なにそれ」
「言葉のまんまだよ」
そして、あと少しでミリアリアの部屋が見えるところまで来た時。
前を見たまま、ディアッカは言った。

 

「明日、親父にアポイントを取る。
予定の調整が済んだら、親父にお前を会わせるから。」

 

「…はい?」

ミリアリアが唖然としているうちに、二人は部屋に着いた。
ディアッカは慣れた手つきでロックを解除すると、ミリアリアの腰に手を回す。

 

「俺が結婚を考えている相手、って親父に紹介すんの。おまえのこと。」

言葉を失ったミリアリアの唇に、ディアッカは自らのそれを重ねた。
「少しでも早く、お前を俺の婚約者として世間に公表したいからさ。」
「ディアッカ…」
「そのドレス、すげぇ似合ってる。誰にも見せたくねぇくらい。
だから早く脱いじゃえよ。」

 

その言葉に真っ赤になったミリアリアをドアの奥へ押し込んでそのまま抱き締め、ディアッカは再び唇を重ねた。
そのまま抱き合う二人の背後で、ドアが静かに閉じられた。

 

 

 

 

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2014,6,13up