ひとりじゃないから 1, 馬鹿な二人

 

 

 

 
2度目の戦争が、ようやく終結の兆しを見せた。
ラクスの呼びかけに応じた全ての軍は兵を引き、プラントへの入港が認められたアークエンジェルは補給の為宇宙港へ向かっていた。
 
「ミリアリアさん、入港まで後一時間程あるわ。休憩していていいわよ」
 
優しい声に、ミリアリアは顔を上げ、にっこりと微笑んだ。
「マリューさんこそ。ロアノー…じゃない、ムゥさんの所に行かなくていいんですか?」
いたずらっぽいその返事に、マリューもまた微笑んだ。
 
「行かなくてもそのうち勝手に来るでしょうから。いいのよ。さ、休憩して来てちょうだい。疲れたでしょう?」
「じゃ…少しだけ。すみません。何かあれば呼び出して下さい」
 
ミリアリアはそう言うと立ち上がった。
 
 
 
足を向けたのは、展望室。
見慣れたようで、同じ景色などありえない広い宇宙を眺めながら、ミリアリアはひとつ息をついた。
ここへ来ると決まって思い出すのは、二年近く前に喧嘩別れになってしまった金髪に紫の瞳の、あの男の事。
 
「…怪我なんて、してなきゃいいんだけど…」
 
バスターを駆っていた彼の事だ。MSの腕は確かだし、そもそもが優秀すぎる程優秀なコーディネイターなのだから、きっと大丈夫な、筈。
ああ、でも被弾したのよね、ヤキンでは。
そもそも捕虜になったのだって、被弾したからなんだし。
考え始めるともう止まらなくて、ミリアリアは不安を振り払うようにぶんぶんと首を振った。
関係ないじゃない!別れた男の事なんて!
だがミリアリアの心は、そう思っていなかった。
ただの喧嘩だと、思っていたのに。
それが違うと分かったのは、しつこい程あった彼からの連絡がぷつりと途絶えたから。
意地でも寂しい、とは言わないミリアリアの性格をよく分かっていた彼は、喧嘩中であろうと彼がどこにいようと三日とあけず連絡をくれていた。
 
『ひとりにしない、って言ったじゃん。俺。だから連絡すんの。こうすれば、お前はひとりじゃないって嫌でも分かるだろ?』
 
そう言ってモニタ越しに笑う彼の言葉に、いつしか自分は甘えていた。
トールを失い、ひとりになる事を何よりも怖がっていた自分の心に入り込んで来た、ザフトの捕虜。
あんな思いはしたくないから、もう誰も好きにならない、と思っていたミリアリアの心を解きほぐし、ひとりにしない、と言ってくれたコーディネイター。
 
「嘘つき…あんたなんて、嘘つきの馬鹿よ」
 
ひとりにしない、と言ったくせに。
でも、自分の事しか考えられていなかった自分は、もっと馬鹿だ。
遠距離恋愛の恋人がいきなり戦場カメラマンになる、などと言い出したら、普通誰でもびっくりするだろう。
だがその時ミリアリアには、それが自分に出来る最善の道に思えていて。
真っ向から否定され、自分の力量をもう一度考えろと頭ごなしに怒られ、かっとなって一方的に別れの言葉を口にしていた。
 
 
『何よ!もう決めたって言ってるでしょ?私の決めた事にいちいち口出しする男なんてこっちから願い下げよ!』
 
 
その瞬間の彼の悲しげな表情。
ミリアリアは瞬時に自分が言い過ぎてしまった事に気付いたが、口から出た言葉は取り消せない。
 
『わ…分かったらとっとと仕事に戻りなさいよ!イザークさんに怒られても知らないわよ?じゃあね!』
 
そう言って、彼の返事も聞かず通信を切った。
そしてそれ以来、ミリアリアは彼の顔も見ていなければ、声も聞いていない。
生来の負けん気が顔を出し、自分から彼に連絡を取る事もあえてしなかった。
その内、気まずさの方が先に立ち、ますます連絡出来ないまま時は流れ、今に至る。
 
「愛想尽かされても…しょうがないわよね」
 
ぽつりと呟いて、ミリアリアはまた宇宙を眺める。
そして、今から向かう地に確かにいる筈のその人が、どうか無事であるように、とそっと祈った。
 
 
 
 
 
 
 

 

 

遅まきながらの40000hit御礼小説です。
色々考えたのですが、まだ私がサイトを初めて間もなかった2014年に発行された「花詩歌」おかや様主宰のアンソロジーに寄稿させて頂きました作品を再録することといたしました。
細かい部分のみ訂正を入れていますが、ストーリーは全く弄っておりません。
全5話、どうぞお楽しみ頂けましたら幸いです。

 

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2017,8,9up