信じる気持ち、想う強さ 1

 

 

 

 
二度目の大戦の最前線を駆け抜けたAAは、ラクス・クラインの計らいでゴンドアナへと寄港していた。
このまま地球に戻るにはさすがに損傷がひどく、早急な補給と修理が必要、と判断されたのだ。
マリューとノイマン、そして記憶を取り戻したフラガがザフト軍上層部との協議に出向き、ミリアリアたちにはつかの間の自由時間が与えられた。
とはいえ、艦内から外に出ることはまだ禁じられており、せいぜい展望室から外を眺めるくらいしかすることはなかったのだが。
 
 
「ミリィ」
 
 
柔らかな声にはっと振り返ると、そこにはザフトの白い軍服を纏ったキラが立っていた。
 
「キラ…!どうしたの?協議には出なくていいの?」
「うん。艦体の修理は管轄外だからね。ってミリィ、それもしかして…アルコール?!」
「そ。マードックさんの秘蔵品なんだけど、分けてもらっちゃった」
「なんでまた…」
「うーん。祝杯?戦争はこれできっと終わると思うから。ああ、キラもどう?」
 
ミリアリアがにっこり笑って差し出した缶ビールを、キラは苦笑しながら受け取った。
 
 
 
***
 
 
 
「でもどうして急に?誰かに用事があったの?」
 
缶ビールで乾杯をして、展望室の窓から無機質な景色を眺める。
カレッジにいた頃を思い出し、ミリアリアはなんだか不思議な気分になった。
あのキラと、こうしてお酒を飲んでいるなんて。
沈黙が苦しくなって、ミリアリアはキラに向き直り口を開いた。
 
「ねぇキラ。どうしてAAに?忙しいんでしょう?」
「うん…ミリィにね、聞きたいことがあったんだ」
「え、私?」
 
その声同様柔らかな笑顔を浮かべたキラに、ミリアリアは目を見開いた。
 
 
「……ミリィはどうして、ディアッカと別れたの?」
 
 
単刀直入な問いに、ミリアリアは思わず息を飲んだ。
 
「ど、して、そんなこと…」
「ずっと気になってたんだ。でもミリィの再会した時のあんな状況じゃゆっくり話なんてできなかったでしょ?だから、ね」
「だから、って…」
 
ディアッカ・エルスマン。コーディネイターでザフトの軍人で……先の大戦の後、少しだけ恋人だった男。
今どこで何をしているのかもわからない、元・恋人。
AAに戻った時に、周囲にはきっぱりと「振っちゃった」と告げた。
理由なんてなんでもよかった。二人を繋ぐものはもう何もない、と示すことが出来さえすれば。
 
「…もう、戦争は終わった。だから…よかったら、聞かせてくれないかな?ミリィ」
 
無垢なようでいて聡い友人の言葉に、ミリアリアは深い溜息をつき──ぽつりと呟いた。
 
 
「不安に負けたからよ」
 
 
その言葉に、キラの胸がぎゅっと締め付けられた。
 
「ただ、好きなだけじゃだめなのよね。あの頃の私には、それが分からなかった」
「でも…恋人ってそういうものでしょ?」
「……そうね。あいつと私の想いを比べることなんて出来ないけど、きっとあいつが思うより、私はあいつのことが好きだった。でもね。好きになればなるほど、怖くなったの」
「怖く…?」
 
首をかしげるキラに、ミリアリアは小さく笑った。
 
 
「あの頃…トールがいなくなって、喪失感に押しつぶされそうだった。そんな私をあいつは気にかけてくれて、好きになってくれた。トールのことを忘れる必要なんてない、とまで言ってくれたの。嬉しかった。もう二度と誰も好きになんてならない、って思ってたくせに、あっさり好きになっちゃったわ」
「でも!それは悪いことなんかじゃない!だってディアッカは…」
 
 
そう、キラは知っている。
ディアッカ・エルスマンはミリアリアのことを何より大切にしていた。
ミリアリアを守りたい、だからここに残った、とまで言っていた。
トールのことも承知の上で、それでもあいつを丸ごと受け止めたい、と。
その想いが──ミリアリアには重荷だったのだろうか。
 
「…辛かったの?ディアッカと一緒にいることが」
「違うわ。そうじゃない」
 
碧い瞳に力がこもり、キラを射抜いた。
 
 
「一緒にいることが辛いんじゃない。もっと一緒にいたい、って…歯止めが利かなくなることが辛かったの」
 
 
キラの瞳が悲しげに細められた。
 
「ミリィ…」
「せっかく会いに来てくれてるのに、いつも私、あいつが帰る時になると我慢できなくて泣いちゃって。そんな時いつもあいつは、今はたまにしか会え ないけど、もう少し情勢が落ち着けばずっと一緒にいられる。だから俺を信じて待っててくれ、って言ってた。すごく辛そうに笑って」
「…うん」
 
喪失の痛みを知っているのは、自分もミリアリアも同じだ。
ミリアリアはトールを、キラはフレイを失った。
だがキラには、そばで支え続けてくれる人がいた。
しかしミリアリアは──。
 
「それでも、もっとそばにいたかった。何とかして隣に立てる方法はないか、一生懸命考えた。それで、カメラの仕事をしようと思ったの。名案だと 思ったわ。ありのままの戦争の光景を何も知らないままの人たちに伝えられればきっと世界は変わる、って思ったし、それはプラントで頑張っているディアッカの助けにもなる、そう思ったの」
「…そっか」
 
ミリアリアはと小さくため息をついた。
 
 
「ディアッカはもちろん大反対。で、喧嘩別れしてそれっきり、ってわけ。好きなだけじゃダメなのよね。好きだけど、信じて待つことができなかった。本当に子供だと自分でも思うわ」
 
 
肩を竦めて切なく笑い、ミリアリアはビールをあおる。
昔は甘いジュースや紅茶ばかり飲んでいたのに、酒の味などいつ覚えたのだろう、とキラは思った。
 
「……でもね、これで良かったんじゃないかって思ってる」
「え?」
「結局、また私たちは戦った。ザフトで軍人やってるあいつの恋人が、ナチュラルの戦場フォトジャーナリスト、なんて笑えないでしょ?」
 
その言葉に、はっとキラは顔を上げた。
 
「最後に話した時、あいつ、怒ってた。俺の言葉も気持ちもお前は信用できないんだな、って。何も言い返せなかった」
「ミリィ…」
「だから、これで良かったのよ。私の存在があいつの足かせになるくらいなら、嫌われた方がよっぽどマシ。例え会えなくなっても元気で生きていてくれるなら、それでいい」
「……ミリィは、本当にそれでいいの?」
 
キラの問いに、ミリアリアはふわりと笑った。
 
 
「あんなに激しく人を想うことはもう無いわ。だから、いいの。もう恋なんてしたくないし、出来ない」
「俺は良くない」
 
 
不意に割り込んできた声に、ミリアリアの手から空の缶ビールが転がり落ちる。
恐る恐る振り返ると、たったいま話題にしていた男──ディアッカ・エルスマンが、展望室の入口に立っていた。
 
 
 
 
 
 
 

 

 

お久しぶりのblog拍手小噺です。長かったので二分割しました。
運命終了後、ゴンドアナでのひとコマです。
 

 

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