追いついてみせるから 2

 

 

 

 
真新しいオフィスの自席に腰を下ろしたディアッカは、目の前にあるモニタに表示されたメールのマークに訝しげな表情を浮かべた。
ここのアドレスを知っている人間は決して多くない。
アプリリウスにいるイザークとシホ、父親であるタッド・エルスマン、そしてオーブにいるアスランくらいだろうか。
何しろまだ着任して間もないのだ。
このオフィスもやっとここまで片付き、本来の職務にあたれるまでになったばかりなのだから。
 
「……コペルニクス?」
 
送信元の横にある日付を見ると、なんと二週間も前に送られたメールらしい。
かの地に知り合いはいないはずだ。ということは、何かの間違いで届いたものだろうか?
カーソルを合わせ、かち、とクリックして画面を開き──ディアッカの息が一瞬、止まった。
メールの本文にはただ一言だけ記されていた。
 
 
『追いついてみせるから』
 
 
まさか。いや、そんなはずはない。あれ以来通信すらしていないし、アスランがあいつとそこまで深い話をする仲とは思えない。
では、このメールは一体──。
「エルスマン隊長。地球側のメンバーが到着したとのことです」
部下の声に、ディアッカははっと立ち上がった。
 
 
 
***
 
 
 
「総勢十人だっけ?ずいぶん少ないな」
「はっ。あちらでも厳選に厳選を重ねた結果だそうです。…下に見るつもりはありませんが、やはり我々と職務を共にするわけですので、それなりの人材を派遣したと聞いております」
 
ディアッカは今、メンデルに連なる廃棄コロニーにいた。
プラントの評議会議長となったラクスの案により、放置されていたメンデルを中心とした再開発の計画が動き出したのだ。
ナチュラルとの融和政策を推し進めるラクスの試みに心を動かされ、ディアッカはジュール隊を離れその再開発メンバーに志願した。
うまくいけば、ナチュラルの受け入れも可能になるだろう。
未だミリアリアをプラントに呼ぶことすら叶わない中、この任務はディアッカの希望であった──はずだった。
拒絶されることが怖くてどうしても一歩踏み出せなかった自分を変えたいと思った。
それなのに、当の想い人とはもう半年以上通信すらしていない。
最後に話をした時のミリアリアの言葉に過剰反応してしまった自覚はあった。
心ない言葉をぶつけ、傷つけてしまったであろうことも。
本来なら軍規に触れない範囲でこの任務について説明し、その上でしばらく連絡が取れないことを伝えようと思っていたのだが、これほどまでに自分の想いが伝わっていなかったのか、とカッとなり、それ以来気まずくて連絡もできないままメンデルに旅立ってしまった。
 
「にしても…普通気づくだろ」
「何かおっしゃいましたか?隊長」
「っ、いや、なんでもない。メンバーたちは今どこにいる?」
「談話室におられます。女性もいるとのことで、あまり環境の整っていない場所はふさわしくないかと」
「女もいるのか?!」
 
ディアッカは思わず声を上げた。
ナチュラルの能力で自分たちと対等の職務に就くからには、相当な能力や努力が必要なはずで。
むさ苦しい男所帯とばかり思っていたが、そんな中メンバーに抜擢されるような女性ならば、相当なやり手とみて間違いないだろう。
「ふーん…ま、せいぜい丁重に扱うとしますか」
コンコン!と談話室のドアをノックする副官の後ろでディアッカは投げやりに呟き、室内に入り──手にしていた全ての書類をばさばさと床に落とした。
「隊長!大丈夫ですか!」
「──あ、ああ。すまない」
「あ…お手伝いします」
散らばった書類を拾い集める副官の横にすっとしゃがみこむ小さな体からディアッカは目が離せない。
手際よく書類をまとめると、ミリアリアはディアッカの前に立ち、「どうぞ」とにっこり微笑んだ。
 
 
 
***
 
 
 
顔合わせのミーティングは、小一時間ほどで終わった。
「ミリアリア・ハウです。機械工学と電子工学を担当します。よろしくお願いします」
記憶より少しだけ痩せたミリアリアの挨拶に、ディアッカはただ頷くことしかできなかった。
そして、各々に割り当てられた部屋にメンバーが下がることになった時。
ディアッカは矢も盾もたまらず、副官に仕事を押し付けミリアリアを追いかけた。
 
「ミリアリア!」
 
女性ということで他のメンバーと部屋が通路一本分離れていたのが幸いし、周囲に人の気配はない。
パンツスーツ姿のミリアリアが足を止め、ゆっくりと振り返った。
「おま…お前、なんで」
「……迷うのはやめよう、って思ったの」
「迷う、って何を…つーか、どうやって潜り込んだんだよ!姫さんの推薦か?」
途端、きっと睨み上げられディアッカは息を詰めた。
 
 
「馬鹿にしないで。今回の人選にオーブが関わってないことくらい知ってるでしょう。あんた一体、何考えてんのよ」
「じゃあ…!」
「私はあんたに甘えてた。曖昧な関係に甘んじて、いつだって受け身で。だから、あんたに自分の素直な想いを伝えてもいいのか、って迷って、悩んでた。そんな時にアスランと話をして…教えてくれたの。あんたがメンデルの再開発計画のメンバーに志願した、って」
「ミリアリア…」
「アスランはあんたの行き先と、地球側から派遣するメンバーの厳選が始まっている、って教えてくれただけよ。あとは私が自分で決めて、必死で勉強して今ここにいる。研修先から送ったメール、見てない?」
 
 
やはりあれは、ミリアリアからのメールだったのだ。
だが、追いついてみせるから、とはどういう意味だろうか。
 
「あんたに甘えてばっかりで、受け身でいるのはもうやめようと思ったの。自分の力であんたの隣に立ちたい。そうすれば迷いも消える、って思ったの。だから…追いついたわ、私」
 
ディアッカの頭の中で、ミリアリアの言葉がかちゃかちゃと組み上がり、一つの形を成していく。
都合が良すぎじゃないだろうか。そんな弱気な思いが頭をよぎる。
ああ、でももう我慢できねぇ。
晴れやかに微笑むミリアリアに腕を伸ばし、ディアッカはその華奢な体をそっと抱きしめた。
 
「都合のいいように解釈するぜ?」
「好きよ、ばか」
 
噛み合わない会話すら愛しくて、自然と腕に力がこもる。
 
「ごめん。今までちゃんと言葉にできなくて。俺も大概ヘタレだよな」
「信用してるから、結婚しちゃうんじゃないかって思って…あんなにショックだったんじゃない。なによ、ばか」
「うん。ごめん」
「謝んないでよ。謝らなくていいから…ちゃんと教えて。あんたにとって私は、何?」
 
女という生き物はいつだって言葉を欲しがる。
これまでのディアッカなら、その時点で見切りをつけさっと引いていただろう。
だが、特別なのだ。ミリアリアだけは。
失くしてしまうのが怖くて、手を出せないくらいに。
 
 
「……怖いくらい大事で、どうしようもねぇほど好きで、俺を不安にさせられる唯一の女」
 
 
同じような恐怖を感じながら、曖昧な関係を続けてきた二人。
だが、その恐怖を飛び越え、想像もつかないくらいの努力の果てに、こんな遠くまで自分を追いかけてきてくれた何よりも大切な存在。
小さく肩を震わせるミリアリアの耳元で、ディアッカは甘えるように囁いた。
 
「なぁ、もっと言って?好き、って。じゃないと俺、また不安になる」
「…何度だって言ってあげるわよ。だから…お願い。もう、勝手にいなくならないで」
 
ぎゅっとしがみついてきた愛しい体をさらにきつく抱きしめ、ディアッカはそっとミリアリアの顎を持ち上げる。
 
「どこにもいかない。だからずっと一緒にいよう。な?」
「…うん。…っ、うん…!」
 
もう、悲しみの涙は流させない。
俺がそばにいる限り。
ディアッカは柔らかく微笑み、そのままミリアリアの唇を奪った。
 
 
 
 
 
 
 

 

 

 

久しぶりの更新です。
しばらく春コミの原稿に追われていたので、勘を取り戻すのに時間がかかり随分とお待たせしてしまいました;;
臆病な二人も、意地っ張りなディアッカも努力家のミリィも大好きです。
そして今回、アスランがとてもいい仕事をしてくれています。
アスランって口下手だけど根は優しい人だと思うので、戦後オーブに残ったのならミリィとの交流もそれまで以上に持って欲しいなぁ、なんて…。

拙い作品ですが、ここまでお読みいただきありがとうございました!
これからもディアミリ、書き続けます!

 

 

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2017,3,26up