追いついてみせるから 1

 

 

 

 
ミリアリアが部屋に戻ると、通信機のランプが点滅していた。
「…ディアッカ?」
メッセージを残していたのは、遠い宇宙の向こうにいるコーディネイター、ディアッカ・エルスマンだった。
 
 
かつて、短い間だが恋人同士だった二人は、一度別離を選択し、二度目の大戦の後再会した。
『ミリアリア!お前、なんでこんなとこに…!』
端正な顔は少年から大人のそれに変貌をとげていて、背だってバカみたいに伸びたくせに、そうやってうろたえる様はまるで変わっていない。
『自分で決めたのよ。AAのあの席は私のものだから。あそこからこの戦争を見届ける、ってね』
ミリアリアの勝気な態度に、ディアッカは大きなため息をついたものだった。
そして、あれから半年。
地球へ戻ったミリアリアは、カメラの仕事を一旦休業し、軍属のままカガリの元でオーブの復興に尽力していた。
別れ間際、請われるままにディアッカにアドレスを教えてしまったのだが、それ以来彼はそこそこな頻度でミリアリアに連絡をよこし続けていた。
任務でオーブに降りてきた時は必ず時間を作ってくれて、いろいろなところに出かけて、別れる時にはキスをする。
身体の関係こそないものの、これじゃまるで恋人みたいだ、と思ったが、それを嫌とは思わない自分もいて。
この曖昧な関係は、いつまで続くんだろう。
ぼんやりとメッセージを表示させたミリアリアの瞳が、大きく見開かれた。
 
 
 
***
 
 
 
けたたましいアラートに、ディアッカはやっとの思いで目を開けた。
時刻は午前三時。
「んだよ…戦争中でもあるまいし……っ」
モニタに表示されていた、ミリアリア・ハウ、という文字列を確認し、ディアッカは慌てて通信をオンにする。
そうだ。俺はあいつに──。
 
『ちょっとディアッカ!意味がわかんないんだけど!』
 
きぃんと響く高い声に、眠気が一気に吹っ飛んだ。
「お前…時差とか考えろよな…」
『あんなメッセージ残しといてよく言うわよ!それより説明して。しばらく会えない、通信もしない、ってどういう意味?あんた、もしかしてすごく危険な任務とかに行くんじゃないでしょうね?』
「いや…そういうわけじゃないけど…まぁ、いろいろと」
『……じゃあ、家庭の、事情?』
「──は?」
俯いてしまったミリアリアの表情はよくわからない。
『…ごめん。なんでもない。ちょっと驚いただけだから』
言葉を濁すミリアリアの真意に、回り始めたディアッカの脳がようやく追いついた。
 
「お前もしかして…俺が見合いとか結婚するとかって思ってる?」
『…これでも一応ジャーナリストだったのよ。そっちの婚姻統制の仕組みくらい知ってるわ』
 
ディアッカは二十歳。プラントで言えば結婚適齢期だ。
確かに見合いの話は掃いて捨てるほどあった。
 
 
『隠さなくてもいいのに。私に…止める権利なんてないんだから』
 
 
ナチュラルなら聞き逃したかもしれない小さな呟きをディアッカはしっかりと拾い上げ──ぐしゃぐしゃと髪をかき乱すと苛ただしげに溜息をついた。
 
 
「──ああ、そうだな。俺ってそもそも信用ないし?確かにお前に止める権利なんてねぇよな」
 
 
苛立ちのままに発した言葉は、俯いていたミリアリアの顔を上げさせるほどに冷たく響いたらしい。
違う。こんなことが言いたかったんじゃない。
頭の片隅でそう思うも、言葉は止まらなかった。
 
「一応さ、いきなり連絡無くなったら驚くかと思って連絡しただけだから。でも、その分なら大丈夫そうだな」
『ディア…』
「話、それだけ?俺眠いんだけど」
『ちょ、待ってよ!…私、そういうつもりじゃ』
「いいよ、もう。…じゃな」
 
ぷつん、と回線を遮断し、ディアッカは大きく舌打ちをするとベッドに潜り込み頭までブランケットをかぶった。
 
 
 
***
 
 
 
「ミリアリア?どうしたんだ、こんなところで」
 
心地よい風が吹く昼下がり、行政府内にある木陰のベンチに一人座り込みんでいたミリアリアはのろのろと顔を上げた。
膝の上に置かれたランチボックスは、広げられることもなく置物と化している。
 
「……ああ、アスラン。お疲れ様」
「食欲がないのか?もしかして体調が…」
「ち、違うの!そういう、わけじゃ…」
「…俺がこんなこと言えた義理ではないが、もし、その…何か悩みがあるのなら…」
 
目を泳がせるアスランを見上げ、ミリアリアは小さく微笑んだ。
──こんな不器用で優しい人、憎めるわけないじゃない。
ずっと昔、ディアッカが必死でアスランについて弁解していたことを思い出す。
どうしよう…でも、もしかして彼なら何か知っているかもしれない。
 
 
「あの…アスラン。最近、ディアッカから連絡とか、あった?」
 
 
途端、翡翠色の瞳がはっとミリアリアを映し、その肩がぎくりと揺れる。
「…話せるところだけでもいい。教えて欲しいの。私も…きちんと話すから」
碧い瞳にに見上げられ、アスランはなんとも言えない表情を浮かべてミリアリアの隣に腰を下ろした。
 
 
 
***
 
 
 
「あいつが…そんなことを?」
 
ミリアリアは小さく頷いた。
ディアッカと最後に通信で話をしてから、一ヶ月。
自分たちは恋人じゃない。
そんな曖昧な関係のくせに、どうしてあんなことを言ってしまったのだろう。
あの後、沈黙が苦しくて顔を上げたミリアリアの目に、今まで一度も見たことがないような表情を浮かべたディアッカが映った。
『──ああ、そうだな。俺ってそもそも信用ないし?確かにお前に止める権利なんてねぇよな』
冷たい口調を思い出し、氷を心臓に押し当てられているかのような感覚がミリアリアを襲う。
なんと言えばいいか分からずしどろもどろになった言葉を遮るかのように通信は切られてしまい、真っ黒なモニタの前で、ミリアリアはただ呆然とすることしかできなかった。
 
「君たちは復縁したのだとばかり思っていたが…」
「元カノで今はトモダチ、ってやつなのかしらね。少なくとも私はあいつからそう言った意味合いでの言葉を聞いた覚えはないわ」
 
そう。連絡先は確かに聞かれた。でもそれだけで恋人だなんて、そこまで自惚れられない。
あいつだって言っていた。自分が何処で何をしようと、お前に止める権利はない、と。
 
「君は…あいつのことが、好きなのか?」
 
アスランらしからぬ単刀直入な問いに、ミリアリアは小さく息を飲んだ。
翡翠色の瞳が、狼狽えるミリアリアを映しこむ。
それはまるで、戦闘に出る前のような真剣そのものの表情で。
ごまかしは通用しない。そう判断したミリアリアは、嘘偽りのない言葉を告げた。
 
「好き、なんだと思う。でも、わからないの。好きでいていいのか」
 
恋人であった短い期間、ちっとも素直になれなかった。
心配してくれたのに、自分の意思を通す形で別れを告げた。
再会して、無事でいてくれたことがどうしようもなく嬉しかったのに、その気持ちの半分も言葉にできなかった。
いつだってあいつから行動してくれなければ、この拙い縁は切れてしまっていた。
 
 
「…受け身でいるしかできなかった…こんな自分が、今更想いを告げていいのか。ずっと迷ってた。やっと戦争が終わって再会して、たまに会って話をして、一緒にご飯を食べて。そんな曖昧な関係に甘えてたのよ」
 
 
ああ、彼女も自分とは違った意味で不器用なのだ、とアスランは思う。
そして遠いプラントにいるはずのあいつもまた、彼女に対してだけは臆病で、不器用で。
 
アスランには信条がある。
それは、友と交わした約束を破らない、というもの。
これまでに自分がしてきたことを振り返り、もう同じ間違いはしたくない、と自らに課した誓いだった。
だが──カガリも言っていたではないか。
『信条を持つことは大事だと思うが…それに縛られるなよ。私たちはただの人間なんだ。臨機応変、って知ってるか?』
大らかなカガリらしい言葉とその温かな笑顔を思い出しながら、アスランは慎重に言葉を選び、口を開いた。
 
 
 
 
 
 
 

 

 

 

今更ながらの30000hitお礼小説です;;
キリリクとはまた別で作成したいとずっと思っておりました。
全2話、楽しんでいただければ幸いです。

 

 

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2017,3,26up