たくさんの愛を、君に 2

 

 

 

 

エアカーの窓から流れる景色にはどこか見覚えがあった。
「ねぇディアッカ、まだ着かないの?」
「んー?あと一分もかかんねぇよ」
「ええ?!」
いったいどこに向かっているのだろう、と思っているうちに、エアカーが角を曲がる。
 
 
「……あ」
 
 
ミリアリアの目の前に現れたのは、かつてディアッカが事故で記憶を失くしていた時に仮住まいをしていた、エルスマン家の別邸だった。
「どうして、ここに…」
「あのさ、ミリィ」
呆然としていたミリアリアは、いつになく真剣なディアッカの声に振り返った。
 
 
「今夜からここで、暮らさねぇ?」
「………はい?」
 
 
突拍子も無い提案に、ミリアリアは思わず間抜けな声を上げてしまう。
 
「え、あの、ちょっと待って。いま、今夜からって言った?」
「うん」
「今夜って…今夜?今日の夜?」
「そう」
「さっきまでいたアパートは?私たち、二年以上あそこで暮らしてるのよ?生活の基盤も無いし、急にそんなこと言われても…」
「まぁ、驚くよな。とりあえず落ち着いて、俺の話聞いてくれる?」
 
パーキングにエアカーを停め、ディアッカは改めてミリアリアに向かい合った。
 
 
「ごめんな、びっくりさせて。実はさ…この別邸なんだけど、親父の提案で正式に俺に贈与された」
「──えええっ?!」
 
 
仰天して大きな声を上げると、それに抗議するかのようにぽこん、と腹を蹴られる。
 
「ちょ、そんなのいつの間に…お父様だって一言もそんなこと」
「親父からミリィへの誕生日プレゼントだとさ。あのアパートで子育てするのは色々と無理があるからここを使え、って。まぁ、生前贈与、ってやつ?」
「お父様…嘘でしょ」
「マジだっつーの。あのアパートは立地も便利だし、何よりお前と二人で暮らしてきた思い出もあるけどさ。確かにこれからのことを考えたら、こっちの方が安心して子供を育てられるだろ。セキュリティもしっかりしてるし」
「それは…そうだけど。でも、荷物は?私、この体じゃ引越しの準備なんて一人じゃ無理よ?」
 
突然降って湧いた話におろおろとするミリアリアの頬にキスを一つ落とし、ディアッカは柔らかく微笑んだ。
 
「それは大丈夫。もう終わってるから。嘘だと思うなら中に入ろうぜ?」
 
──もう、終わってる?さっき朝ごはんを食べたばかりで、今まで外出していたのに?
あまりのことに言葉を失ったミリアリアは、いつの間にかエアカーから降ろされ、ディアッカに手を引かれて別邸のドアをくぐっていた。
 
 
 
「う、そ…なんで?!」
 
ミリアリアは玄関のシューズクローゼットを開けて仰天する。
そこにはアパートにあったはずの二人分の靴がきちんと並べられていたのだ。
よく見れば、壁に掛けてあったカレンダーまで同じ状態で吊り下げられている。
懐かしい廊下を進んでリビングに入ると、そこには見慣れたソファやダイニングテーブルに家電一式がきちんと置かれている。
「バスルームと寝室も見に行く?」
くすくすと笑いながら問われ、ミリアリアは脱力して首を振った。
 
「いいわ…もうこれだけで充分。でも、質問はさせて」
「俺に答えられることならいくらでもお答えしますよ?アナタ様」
「ディアッカ。一体どんな魔法を使ったの?」
 
じろりと碧い瞳に見上げられ、ディアッカは苦笑を浮かべた。
 
「まず、アパートにある俺の荷物ですぐに使わないものは、今月に入ってから少しずつこっちに運びこんどいた。衣類もそれとなく整理しておいた。ここまではOK?」
「ええ」
「で、普段使ってるものやミリィの私物。これはさすがに他人の手に触れさせたくなくてさ。シホとサイに協力してもらったんだ」
「シホさんと…サイ?!」
 
驚きに目を丸くするミリアリアに、ディアッカは種明かしを続けた。
 
 
「そ。ミリィが信頼できる人物だったら任せてもいいかな、と思った時に浮かんだのがその二人だった。さすがにサイにミリィの下着類まで触らせるわけにはいかねぇだろ?だからシホにも頼んで荷物をまとめて業者に依頼して、夜までにこの状態にしてもらった、ってわけ」
「どこまで大がかりなのよ…」
「二人もイザークも結構ノリノリだったぜ?ああ、アンジェラもサイと一緒に来て手伝ってくれたらしい」
 
 
ザフトも総領事館も、仕事は山積みなはずなのに…。
「真面目なお前のことだから、いろいろ気になることもあるだろうけどさ…。それだけ、愛されてるんだよ。お前は、みんなに」
軽く眩暈を覚えたミリアリアだったが、ディアッカの口から発せられた言葉にはっと顔を上げた。
よく見れば、リビングのテーブルにはプレゼントとおぼしき包みがいくつか置かれている。
ラッピングの雰囲気からして、きっとキラやラクスからのものだろう。
なんだかもやもやと考えていることが馬鹿らしくなり、ミリアリアはひとつ溜息を吐くと気持ちを切り替えることにした。
 
「…キッチンもそのまま?」
「──ああ」
 
今の微妙な間はなんだろう?
ミリアリアは内心疑問に思いながらキッチンに足を踏み入れる。
 
 
作業台の上には、リボンがかかった大きな二つの箱が置かれていた。
 
 
「……それは、俺からのプレゼント。開けてみて」
「う、ん」
 
しゅるりとリボンを解き、丁寧に包装を開け、出てきたものにミリアリアは目を丸くした。
それは、ぴかぴかの調理器具、だった。
 
 
「……アクセサリーとか色々迷ったんだけどさ。お前、料理好きだろ?でも、子供が生まれたらゆっくり時間もかけられないだろうし、今だって身重の体でいつも美味い飯作ってくれるじゃん。だからこれ使って、ちょっとでも楽して欲しくてさ」
 
 
いつになく早口になっているのは、照れ隠しなのだろうか。
ミリアリアは圧力鍋を手に取り、しげしげと眺めた。
プラントだけでなく地球圏でも使い勝手が良いと定評のあるブランドのそれは、いつか欲しいな、と思っていたもので。
 
「──ディアッカが選んだの?これ」
「シホに頼んで一緒に見繕ってもらった。店には俺一人で行ったけど…なんか、思ってたのと違った?」
 
優しい心遣いに、ミリアリアはふわりと微笑む。
きっと、こんなものを自分で買う機会などディアッカにはなかっただろう。
お店に入ることも、もしかしたらためらったかもしれない。
だが、そんなディアッカが頭をひねり、自分のために用意してくれたプレゼントに、違うもなにもあるはずが、ない。
ミリアリアはそっと鍋を置くと、満面の笑みでディアッカに駆け寄る。
膨らんだ下腹部のせいで密着は出来ないけれど、それでもディアッカは愛しい妻の体をそっと抱きとめてくれた。
 
いつだってこうしてディアッカはミリアリアを受け止めてくれる。
ディアッカと共に生きていく中で出来たたくさんの大切な友人たちもまた、二人を優しく見守ってくれている。
そして、ミリアリアへの労りと愛のこもった、ディアッカからの贈り物。
どんなものよりも、それはミリアリアにとって何よりの宝で、何よりも嬉しいプレゼントだった。
 
 
「ありがとう、ディアッカ。すごく嬉しい。ずっと欲しいなって思ってたの」
「……良かった。二十三歳おめでとう、ミリアリア。愛してる」
「私も、愛してる。また明日から、ここでたくさんあなたの好きなものを作って帰りを待ってるわ」
 
 
にっこりと微笑むミリアリアに、ディアッカもまた優しく微笑んでキスを落とす。
両親の仲睦まじさを喜ぶかのように、そのタイミングでぽこん、とミリアリアの腹が蹴られた。
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 

今年のお誕生日プレゼントは、新しいおうちと調理用品でした!
別邸は、「心を重ねて」に出てきたあの別邸です。
当時は複雑な思い出の場所でしたが、時間と二人の間の絆はそれすらも乗り越え、ミリアリアは以後ここで暮らすことになります。
なんだかディアッカのチョイスが息子からお母さんにするプレゼントみたいかな?色気ないかな?と迷ったのですが、恋人から夫婦になり、子供が生まれて家族になっていく過程を表したくて今年はこのような形にさせていただきました。
ギリギリ…というか推敲してたら遅刻してしまったのですが、一人でも多くの方に楽しんで頂けましたら幸いです。

いつも当サイトに遊びに来てくださる皆さまに捧げます。
Happy Birthday ミリアリア!!

 

 

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