たくさんの愛を、君に 1

 

 

 

 
二月十七日。
ディアッカはいつもより早く起き、隣に眠る最愛の妻を起こさぬようそっとベッドを抜け出した。
驚くほどに大きくなった下腹部のせいで仰向けになれないミリアリアは、主治医の勧めで抱き枕を使って眠っていた。
あどけない寝顔を見下ろし、ディアッカの顔が無意識に綻ぶ。
二人きりで過ごす、最後の誕生日。
来年の今頃は、二人の愛の結晶である家族が増えているはずだ。
ディアッカは伸びをすると、静かに寝室を抜け出した。
 
 
 
ミリアリアが目を開けると、そこにいるはずの夫の姿がなかった。
「……ディアッカ?」
小さな声が漏れるが、返事はない。
「今日はお休みって言ってたのに…」
よいしょ、と重くなった体を起こし、ミリアリアは程よくエアコンで暖められた寝室を出ると、とりあえずリビングへと向かった。
 
「ディアッカ…?おはよう」
「あ、おはよミリィ。誕生日おめでとう。もっと寝てても良かったのに」
「うん、ありがと…ってディアッカ?何してるの?」
「何って…朝飯作ってんだけど?」
 
卵を片手にディアッカはキッチンから出てくると、「ほら、今日はミリィの誕生日なんだから。主役は座っとけって!」とミリアリアの背中を押した。
ユニウスセブンでの追悼式典が終わったばかりで忙しいはずなのに、こうして自分の誕生日には休みを取ってくれて、疲れているはずなのに早起きして家事をしてくれて。
 
「……甘やかされてるなぁ、私」
「ん?なんか言った?」
「なんでもなーい。ねぇ、オムレツにはパセリ入れてね?」
 
でも、今日くらいは甘えてみようかな。
ミリアリアはにっこりと微笑み、優しい夫に可愛らしいおねだりをした。
 
 
 
三日前のバレンタインにミリアリアが用意したのは、生チョコ。
ディアッカの好みに合わせて今回もビターチョコをたっぷり使い、自身も満足の出来栄えとなったそれは、今日もまだ冷蔵庫に鎮座している。
鼻歌交じりにそのチョコをつまみながら朝食を作り終えたディアッカと向かい合い、ミリアリアは自分の好物ばかり並べられた食卓に嬉しそうな笑顔を浮かべた。
 
「いただきます。パセリちゃんと乗せてくれたのね。ありがと」
「あれだけハーブ系ダメだったのにな。ほんっと女のカラダって不思議なもんだよなぁ」
「ね。でも赤ちゃんが産まれたら、また食事には気を使わなきゃ。食べたものがそのまま母乳になるんだものね」
「じゃ、当分酒は飲めねぇな」
「もう!アルコール依存症じゃないんだから。変な言い方やめてよね!」
 
じゃれあいのような会話を交わしながら、二人顔を見合わせて同時に笑いあう。
予定日は四月だから、こうして二人きりの時間を過ごすのはあと、二ヶ月だ。
奇跡のように宿ってくれた命ももちろん愛おしかったが、ミリアリアはそのことに少しだけ寂しさを感じた。
そうこうしているうちに、二人は朝食を食べ終わる。
 
「後片付けは俺がやっとくから、着替えてこいよ」
「うん、じゃあ今日はそれもお願いしちゃおうかな。ごめんね」
 
この後は散歩がてら、ベビー用品を買いに行くことになっている。
久しぶりのデートにワクワクとする気持ちを抑えられず、ミリアリアは口元に笑みを浮かべながらクローゼットの扉を開いた。
 
 
 
***
 
 
 
「これよくねぇ?大きすぎねぇし、吐き戻し防止って書いてあるし」
「うん、私たちの枕の間に置くにはちょうどいいかも。ねぇディアッカ、赤ちゃんてそんなによく戻すの?」
「んー、体質によるんじゃねぇかな。テキストにはそう書いてあったけど…」
「…こればかりは実際産まれてみないと分からないわよね。でも一応買っておこうか?イザークがくれたブランケットにも合いそうだし」
 
二人がいるのは、アプリリウス市街中心地。
ここに来る前にザフト本部近くのカフェに立ち寄った二人は、そこで待ち構えていたイザークとシホから誕生日プレゼントを受け取っていたのだ。
イザークからは北欧調の柄が可愛らしいブランケット。シホからは履き心地の良さが評判のブランドのルームシューズ。
 
「子供と休むときにも使えるだろう。気に入らなければディアッカが使えばいい」
「女性に冷えは大敵ですから。まして産後は夜中に起きることも増えるでしょうし、いくらもうすぐ春とは言っても裸足で歩き回るのはいただけません」
 
恥ずかしそうにそっぽを向くイザークと、そんな恋人の姿に苦笑を浮かべながらプレゼントを差し出すシホに、ミリアリアはここが外でなければきっと泣いてしまっていただろう。
自分のためだけでなはく、生まれてくる子供やその後の事まで心を砕き選んでくれたプレゼント。
 
 
「二人とも、ありがとう。大事に使うね」
 
 
あからさまにほっとしたイザークに、ミリアリアはつい笑いを堪えきれない。
そんなミリアリアは、シホがそっとディアッカへと意味深な視線を送っていることに気がつかなかった。
 
 
 
イザーク達と別れた後二人はのんびりと買い物を済ませた。
エアカーの後部座席は戦利品で満杯になっている。
赤ちゃんの肌着から、ミリアリアが愛飲するハーブティや産後にも使える洋服まで一気に揃えられたのは、荷物を持ってくれるディアッカがいてくれたからだ。
こんなに穏やかで安心しながら休日を楽しむのは本当に久しぶりで。
しかもそれが自分の誕生日だということが、ミリアリアは本当に嬉しかった。
 
「あのワンピースすげぇ似合ってたな。俺の目ってすごくね?」
「本当、あんな遠くのショーウィンドウからよく見つけ出したわよね。あれなら産後も着られそうだし、今日はいいお買い物出来て良かったわ」
「俺も。久しぶりのデートだもんな」
 
恥ずかしげもなく“デート”と口にされ、ミリアリアはほんのり頬を染めた。
 
 
「こ、この後どうするの?ご飯は家で…」
「ああ、悪い。もう一箇所だけ行きたいところがあるんだけどさ。そんなに疲れる場所じゃないから、付き合ってもらってもいいか?」
「え?う、うん…いいけど、どこに行くの?」
「それは着くまでのお楽しみ」
 
 
そう言ってエアカーのエンジンをかけるディアッカに、ミリアリアはきょとんと首を傾げた。
 
 
 
 
 
 
 

 

 

 

ミリアリアお誕生日小噺@2017です!
今回、2話構成となります。
「天使の翼」77話と78話の間のお話です。
ディアッカがスパダリっぷりを遺憾なく発揮しております(笑)
そして、シホの意味深な視線の正体は…?

 

 

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