心の器 1

 

 

 

 
ジュール隊宛の郵便物を仕分けていたシホは、見覚えのある筆跡に眉を顰めた。
そっと白い封筒を手に取りそれを裏返すと、そこには想像通りの特徴ある署名。
しばらく封筒をじっと見つめていたシホは、深い溜息をつくと懐から携帯電話を取り出し、あるアドレスを呼び出した。
 
 
「待たせたか?」
「いいえ、私もついさっき来た所だから。…久し振りです、お父様」
「ああ。お前も元気そうで何よりだ。二年ぶり、かな?」
「そうね。もうそのくらい経つわね」
 
 
シホと同じ、黒髪に紫の瞳の男性──コーサ・ハーネンフースは優しく微笑み、向かいの椅子に座る娘を見下ろした。
 
 
シホの父は、プラントでもそこそこ有名な作曲家である。
声楽家であった母と結婚し、生まれたひとり娘がシホ・ハーネンフースだ。
 
「お母様からジュール隊宛に手紙が来たわ。知っているのでしょう?」
 
シホの固い声に、コーサは驚いた表情を浮かべた。
「いや、初耳だ。もっとも、お前の噂を聞いて色々話してはいたがね」
「どんな噂?」
真っすぐに向けられる視線が居心地悪いのか、コーサが椅子の上で身じろぎをした。
「…お前の恋人についての噂だ。あのエザリア・ジュールのご子息と深い関係になっている、とどこかから聞いて来たらしい」
「…そう。他には?」
「シホ。その前にひとつ聞かせてくれ。その…噂は、事実なのか?」
 
父であるコーサは、やはり母と同じくシホを音楽の道へ進ませたがっていた。
だがシホの言葉に耳を傾けようとしなかった母とは違い、コーサはシホと話し合い、母を宥めてくれた過去を持つ。
母は未だ、シホを声楽家にする事に未練を感じているらしい。
アカデミー時代、そしてザフトに入隊してしばらくはあらゆる手を使いなんとかシホを懐柔しようとしていたが、ジュール隊に配属され、さらにどんな言葉にも全く聞く耳を持たないシホに打つ手が無くなったのか、ここ数年は疎遠になっていた。
変わってシホと細々ながら連絡を取り合っていたのは父で、だからこそシホは今朝方届いた母からの手紙ーーしかも、宛名は自分ではなくイザーク・ジュールとなっていたーーを発見し、すぐに父と連絡を取り呼び出したのだ。
 
 
「ええ。事実よ。彼のお母様にも紹介されたわ」
「エザリア・ジュールに?」
「……同僚の結婚式で、偶然お会いしたの。その時に」
「ああ…例の、ナチュラルの女性と結婚したという?」
 
 
その言い方に、シホの表情が僅かに変わった。
両親は、昔からナチュラルを良く思っていなかった。
だがシホは、両親に言われるまま歌の勉強をして行く中で、昔から歌い継がれている曲のほとんどがナチュラルによって作られていたと言う事実を知り、一概にナチュラルを見下すのは間違いではないか、と思ったのだ。
今思えば、現在のシホを形作ったのはその疑問がはじまりだったのかもしれない。
シホはそれまで、親から与えられるもの以外に興味を持つことなどなかったのだから。
 
「ミリアリアさんは素敵な女性よ。…ナチュラルもコーディネイターも関係なくね。ディアッカは本当にいい人と巡り会えたと思うわ。私もミリアリアさんとはとても仲良くさせてもらっているし」
 
少しだけ込めた皮肉に、父は気付いたであろうか?
コーサの表情から、それを読み取る事は出来なかった。
 
「…そうか。それで、手紙は?」
「隊長に渡すまでもないと判断して、持って来たわ。中身も検閲済みよ。悪いけどお父様の方で処分してもらえるかしら」
 
手紙には、今度行われる母の小さなコンサートにジュール親子を招待したいと書かれていた。
そして、その中でシホに一曲歌わせたい、とも。
母はジュール親子を利用し、シホを歌の道へ戻るよう後押ししてもらうつもりだったようだ。
きっと、反ナチュラル派で通っていたエザリア・ジュールであれば協力が得られるはずだとでも思ったのだろう。
なんとしてでも自分の思う通りにしなければ気が済まない、我儘な子供のような母。
だが、シホはもう立派に成人しており、自分の意思で軍人を続けている。
「ザフトもジュール隊も暇じゃないの。もうこんなくだらない真似はやめて欲しい、とお母様に伝えてもらえないかしら?」
「……ああ、わかった」
複雑な顔で頷く父に少しだけ罪悪感を覚えたが、それを振り払うようにシホはテーブルに紙幣を置き、立ち上がった。
「これ、ここの代金です。任務があるので、もう行くわ」
きっぱりと言葉を落とし、シホはくるりとコーサに背をむけると、カフェを出て本部に向かった。
 
 
 
 
 
 
 
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大遅刻なイザークお誕生日お祝い小噺@2016です。
久しぶりのイザシホで、「薔薇の刻印」の後くらいのお話になります。
とは言っても、イザークがまだ名前しか出てきません(笑)
全6話、楽しんでいただければ幸いです!

 

 

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2016,8,29up