終止符 2

 

 

 

 
「…やっちゃった」
 
 
松明のほのかな灯りに照らされた中庭には、心地よい風が吹いていた。
ミリアリアは煉瓦造りの花壇に腰掛け、はぁ、と大きく溜息をついた後、頭を抱えた。
 
職業柄?バカみたい。
ミリアリアの職業はジャーナリストで、プラントの一軍人のプライベートを追いかけるようなものではない。
あいつの女癖の悪さなど、とっくの昔から知っていたことだ。
先ほど挙げ連ねた女性たちの名前ももちろん全て実在の人物で、ディアッカと何らかの関係があることに間違いはなかった。
実際、ミリアリアに会いに来ている真っ最中に彼女たちから通信が入ることもあったし、無造作に置かれた荷物から飛び出したプレゼントらしき箱についていたカードには、しっかりと贈り主の名も書かれていた。
 
 
二度目の大戦の後すぐに再会して、もうすぐ二年。
元は恋人同士だった二人の関係は、とても曖昧で微妙なものになっていた。
別れた原因となったカメラの仕事を相変わらずミリアリアは続けており、ディアッカもまたザフトで日々多忙な生活を送っている。
それでも、再会した時に拝み倒されて教えてしまった連絡先にディアッカは度々メールを寄越し、時間を見つけては地球へと降りてくる。
時にはミリアリアの取材先へと直接現れることすらあった。
 
会って、顔を見て話をして、食事をして、肌を重ねて。
それでもディアッカはミリアリアに対して、決定的な言葉を口にすることはなかった。
ミリアリアもそれについて追求することはなく、曖昧な関係は続いていた。
ディアッカの周りに常に女の影があることは、本人からも周囲からも聞かされていたが、あえて静観していた。
 
『あー、それ?なんか貰った。中身まだ見てねぇけど』
 
こんなことをさらりと言ってのける不誠実な男の、どこがいいんだろう。
そう思ったミリアリアだったが、それはすなわち自分自身への問いかけでもあった。
ディアッカとの関係を解消して以来、ミリアリアは一度も恋人と呼べる存在を作っていない。
対してディアッカの方は、もう何人の女をとっかえひっかえしたのだろうか。
再会して二年の間に何度かジャーナリスト仲間やオーブ軍の将校に告白を受け、それを断るたびに思い出していたのはいつだってあいつの顔。
結局、ミリアリアの心の中にいるのはいつだってあの紫の瞳に豪奢な金髪を持つ男だけなのだ。
ーー私は、あいつのなんなんだろう。
じわり、と浮かんだ涙がぽつりと一粒、膝に落ちた。
 
 
「また泣いてんの?」
 
 
不意に落とされた、いるはずのない男の声にミリアリアはがばりと顔を上げ立ち上がった。
「……なんで、いるの?」
目の前に佇む、体じゅうのあちこちに包帯を巻いた男はにやり、と笑った。
 
「地球に堂々と降りられる大義名分を逃すほどバカじゃねぇもん。」
「じゃあその包帯はなんなのよ?怪我してるくせに無理して降りてきたの?あんたバカじゃないのっ!?」
 
メールには、任務があるから降りられない、と書かれていたのに。
野暮用、とイザークだって言っていたのに。
包帯が取れないくらいの怪我を押してまで、どうしてこの男はわざわざ地球なんかにやってくるのだろう。
 
「バカとはなんだよ、バカとは。」
「だってバカとしか言いようがないじゃない!そんなにカガリとアスランの結婚を祝いたかったの?メールだってなんだってあるでしょ?そんなんで出歩いて、怪我が悪化したらどうするのよ?!」
 
怪我が悪化するだけならまだいい。
だが、万が一それが原因でディアッカにもしものことがあったら。
怪我で思うように動けない中、ブルーコスモス等の反コーディネイター思想を持つ輩に狙われたら、どうなってしまうのだろう。
ずっと昔に幾度となく感じていた不安が心に蘇り、ミリアリアの瞳から大粒の涙がこぼれた。
もう、失くしたくない。失くすのが怖い。
あっちはそう思っていなくても、素直に想いを伝えられなくても、ディアッカはミリアリアにとって大切な人なのだ。とても、とても。
それは、認めたくなくて曖昧なままにしていた本当の想い。
ディアッカは泣きじゃくるミリアリアを前に困り果てた表情を浮かべ、そっと腕を伸ばして細い肩を引き寄せた。
 
「……繁華街で起きたテロに巻き込まれてさ。勤務時間外だったから丸腰で、ちょっと怪我しちまった。ごめん。」
「あやまる…っ、必要、ないでしょ?!ばか…っ」
「心配かけたくなくてあんなメール送った。イザークたちにも口止めした。でもやっぱりさ、今じゃなきゃダメだよなって思ったから降りてきた。」
「なに、がっ…今じゃなきゃ…って…」
 
ディアッカは包帯の巻かれた腕を軍服のポケットに突っ込み、ごそごそと何かを取り出した。
 
 
「結婚しない?俺たち。」
 
 
唐突な言葉に、泣きはらして赤くなってしまった目を大きく見開き、ミリアリアは目の前に差し出された指輪をしゃくり上げながら見下ろした。
「テロに巻き込まれた時、何より先におまえの顔が頭に浮かんだ。おまえを置いて死ぬわけにはいかない、そう思った。だから、これ。」
シンプルな箱に納められた指輪をまじまじと見つめながら、ミリアリアはぽつりと呟いた。
 
「…だめよ。だってあんた、ひっく、たくさん、彼女っ…いる、じゃない!」
「…は?」
「だから!アリサとかリナとかダイアナとかっ!」
「…いや、それは」
「そもそも!あんた一言もそんなこと…っ!す、好き、とか、つき、あう、とか…」
 
尻すぼみになっていくミリアリアの声に、はぁ、とディアッカの深い溜息が被さった。
「…拒否されるのが怖くて切り出せなかった、って言ったら…信じる?」
熱い息が耳元にかかり、ミリアリアの体が微かに震えた。
 
「ずっと一緒にいたい。いつだってそばにいたい。もう離したくない。でも拒否されるのが怖かった。だからって他の女と遊んでみても虚しいだけだった。たまに会って、キスしてセックスして。そんな曖昧な関係に甘えてた。」
「…あんたは、私がっ…だ、誰とでも寝る女だと、ひく、思ってるの?」
 
突きつけられた言葉に、ディアッカが息を飲むのが分かった。
 
 
「私は!好きでもない男の人とっ、あんなこと…しない!」
 
 
きっ、とディアッカを見上げそう言い切った碧い瞳から涙が飛び散る。
ぐしゃぐしゃな泣き顔をディアッカは見下ろし…くしゃり、と顔を歪め、そっと指を伸ばしてミリアリアの頬を濡らす涙を拭った。
「…泣くなよ」
「誰の、せいでっ…!」
「ごめん。好きだ、ミリアリア。愛してる。俺とずっと一緒にいてほしい。」
まっすぐに目を見て告げられた想いは、すぅっと水が染み込むようにミリアリアの全身に入り込み、そして、満たしていく。
 
謝りながらプロポーズなんて、聞いたことない。
でも、この男ならやりかねない。
 
強引なくせに変なところで弱気で、優しくて。
それでも、好きなのだ。ミリアリアだって、ディアッカのことがすごく、すごく。
いつか言葉にしてくれる、と受身なままで、曖昧な関係に甘えていたのは自分も同じなのだ。
ミリアリアはぐい、と涙を拭うとそのまま手を伸ばし、指輪をケースから取り出した。
「え、おい、ミリ…」
突然の行為に慌てた声を上げるディアッカには構わず、ミリアリアは自分で左手の薬指にそれをぐい、と嵌めこんだ。
 
 
「浮気する人は嫌いよ」
「…おまえよりいい女なんかいない」
「私より先に死んだら許さない。怪我もなるべくしないで。」
「死なない。怪我も…善処する」
「いなくならないで。ずっとそばにいて。約束、出来る?」
「約束する。」
 
 
薬指にきらめく指輪をディアッカに見せつけるように掲げ、ミリアリアはきっぱりと想いを告げた。
 
「指輪、もう返さないわ。私だってあんたのことが好きだもの。文句ある?」
 
こんな言い方しか出来ないけれど、これが自分だ。
ディアッカはぽかん、とミリアリアを見つめーーふわ、と笑った。
 
「…ほんと、おまえって…」
「好きよ。私もあんたのことが好き。」
 
ありったけの想いを込めた告白を受け、そっと広い背中に腕を回す。
いつもより温かい、と感じるのは、怪我のせいで発熱しているからだろうか?
それとも…もしかして、照れてる?
 
 
「…もう一回、仕切り直していい?」
「……うん」
「ミリィ。愛してる。結婚しよう。」
「…うん。」
 
 
失うことを恐れて、目をそらしていた想い。
叶うはずがないと、敢えて想像しようとしなかったディアッカとの未来。
もう、怖がるのはやめよう。
曖昧なままにして、甘えるのはやめよう。
 
 
 
アスランとカガリの結婚が発表された日。
ディアッカとミリアリアの曖昧な関係に終止符が打たれた。
 
そして、二人だけの新しい物語が、始まるーー。
 
 
 
 
 
 
 
007

 

 

少しだけ臆病な二人のお話、いかがでしたでしょうか?
前回とはまた違うプロポーズ話となってしまいましたが、やはり最後はハッピーエンドで(笑)
今回もDMへの愛をたっぷり詰め込んだつもりです。
二人には絶対に幸せになってほしい、いつもそう思いながら物語を書いています。
これからもそれは変わりません。

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