同じ日生まれ ー今、幸せ?ー

 

 

 

 

カガリの一日は、メールチェックから始まる。
執務室に置かれた端末の電源を入れてメールソフトを立ち上げると、新着メールの中にプラントにいる弟の名前があった。
タイトルは、『Happy Birthday!』。
ふ、と口元を緩め、カガリはメールを開いた。
 
 
「…よく似合ってるじゃないか、あいつ」
 
 
ミリアリアからハウメアの護り石について連絡を貰ったのは、ひと月前のこと。
カガリは政務の合間に自ら資料を集め、ラクスへとデータを送った。
二度目の戦争が始まる前、ミリアリアがディアッカの為にとハウメアの石の原石を探しに行くのをアスランと共に手伝った事を思い出し、また口元が緩む。
あの石は紆余曲折を経て、現在ディアッカの胸に無事収まっているらしい。
 
「一番頼りになる、と踏んでいたのに…あいつが最初に根をあげたんだっけな…」
 
何でもそつなくこなす印象だったアスランの意外な一面に、カガリもミリアリアも呆れ、そして大笑いしたものだった。
キラから届いたメールには、短い祝いの言葉とともに、翠色の石を首から下げたキラと、その隣で微笑むラクスの画像が添付されていた。
他にもミリアリアとディアッカ等の友人や、政治絡みの知人からのバースデーメールが届いていたが、誕生日とは言え仕事は待ってなどくれない。
 
「返事はまとめて夜に、だな。」
 
小さく溜息をつき、政務関連のメールをクリックした、その時。
コンコン、と扉を叩く音に、カガリは少しだけ驚いた。
政務が始まるまでにはまだ三十分ほどある。
一体、こんな時間に誰が?
 
 
「誰だ?」
「アスラン・ザラです。」
 
 
思いもよらぬ人物の来訪に、カガリの琥珀色の瞳が見開かれた。
 
 
 
 
「おはよう、早いな。」
「カガリこそ。いつもこんな時間からここに?」
カガリ自ら煎れたコーヒーを受け取り、アスランは少しだけ心配そうな顔で首を傾げる。
「まぁな。メールのチェックぐらいしか出来ないが、頭に入れとくだけでも少しは政務も捗るだろ?」
自分のコーヒーにミルクをたっぷりと注ぎながら微笑むカガリに、アスランはいつになく真剣な表情を向けた。
翡翠色の瞳に射抜かれ、どきり、と心臓が跳ねる。
 
「…で、こんな朝からどうしたんだ?」
 
動揺を隠すべくコーヒーを口にしながら、何事もなかったように言葉を紡ぐ。
自分はここ、オーブの代表首長で、アスランは今やオーブ軍の准将で。
一度は離れ離れになったアスランがオーブにいて、手を伸ばせばすぐ届く距離にいる。
まだ薬指に戻すことができないまま首に下げている指輪を、カガリは無意識に指でなぞっていた。
 
同じように別離を経験したものの、それを乗り越え夫婦となったディアッカとミリアリアのことが羨ましくなかったかと言えば嘘になる。
だが自分は、オーブという国とそこに住む民を抱えているのだ。
二度の戦争で疲弊したオーブを建て直すこと。
カガリは何よりそれを優先してきたつもりだった。
 
だが同時に、アスランがオーブ軍への入隊を希望していると聞き、キサカの制止も振り切ってプラントまで迎えに行ってしまった過去もある。
アスランがまた、そばにいてくれる。
為政者であり、一人の女性でもある自分は、それだけで強くなれる気がしていた。
しかし、それから二年経った現在も、二人の関係は『代表と准将』に毛が生えた程度にしか進展してはいなかった。
 
アスランのことを恋人か、と問われれば、カガリはひどく迷うだろう。
稀に訪れる二人きりの時間に、唇を重ねることもある。
だがそれ以上をカガリは許していなかったし、アスランも無理に迫るようなことはなかった。
 
「……君は、今日が何の日か分かってるのか?」
 
ようやく口を開いたアスランの言葉に、カガリはきょとんとしてしまう。
「え、と。今日はスカンジナビアの大使と会食の後、復興支援の閣議を…」
「俺が言ってるのはそういうことじゃない」
ぴしゃり、と言葉を遮られ、カガリは少しだけ不満を感じた。
アスランの真意が分からない。
 
「じゃあ何なんだよ。軍関係の案件は今日のスケジュールには入ってないぞ!」
「っ、だから!そうじゃなくて!」
「あのなぁ、相変わらずお前、回りくどい!私にも分かるようにきちんと言いたいこと言えよ!」
 
ついきつい口調になってしまったカガリだったが、意を決したように立ち上がったアスランにあっという間に壁際まで追い詰められ、驚きに体を強張らせた。
「な…なに、そんなに怒ってるんだよ、お前…」
「君が、自分を大切にしないからだ。」
そう言ってアスランは懐から何かを取り出すと、カガリの左手首をぎゅっと掴んだ。
 
「なっ…あ、アスラン!痛い!」
「少しおとなしくしてろ!」
 
叱りつけるような声に首を竦めると、ふいに左手に冷たい感触を感じ、訳も分からずそれに視線を向けてーーぴきん、とカガリは固まった。
アスランが掴んでいる左手首。
その先にある左手の薬指には、シンプルだが意匠を凝らした指輪が嵌められていた。
 
 
「……オーブに降りて、君のそばにいれるだけで満足だと、そう思ってた。でも、そうじゃなかったんだ。」
「な…」
「昔贈ったあの指輪とこれは、違う。俺は…こんな俺を必要としてくれるのなら、これからもカガリのそばで生きていきたい。君の、夫として。」
 
 
ひゅ、とカガリが息を飲む音が室内に響く。
 
 
「俺の素性を公表したら、国民はきっと反対するだろう。ナチュラル排斥を謳ったパトリック・ザラの息子が、オーブの国家元首にプロポーズだなんて、笑い話にもならない事は承知している。それでも…やっぱり俺は、君のすぐ隣にいたいんだ。」
 
 
カガリは薬指に光る指輪をじっと見つめた。
今カガリの胸元にある指輪は、あの時のアスランの思いが込められたもの。
老獪な首長たちや他国の代表たちに翻弄され、自分を見失いかけていたカガリの支えでもあった、赤い石の指輪。
国のため、と諭されユウナとの結婚を決めた時、あの指輪をはめる資格は自分にはない、と思い、一度はキラに託したこともあった。
だが、今指に光るそれは、透明な石が埋め込まれ、繊細でシンプルな意匠が施された全く別のもので。
 
昔贈ったあの指輪とこれは、違う。
 
相変わらず言葉足らずなアスランだったが、その想いは痛いほどに伝わってきた。
 
 
「ばか…やろう」
「え?」
 
 
ぶん、と腕を振りアスランから左手首を取り戻すと、カガリはそのまま目の前の広い胸に飛び込んだ。
 
 
「必要に決まってるだろう!じゃなきゃプラントまでお前を迎えになんか行かない!どうしてお前はいつも、変なところで臆病なんだよ…っ!」
「……すまない」
「……許さない」
「っ、カガリ?」
「覚悟は、出来てるんだろうな?」
 
 
顔を上げ、ぐ、と琥珀色の瞳に力を込めて、アスランを見上げる。
 
「私は出来ている。パトリック・ザラの息子とオーブの代表首長であるカガリ・ユラ・アスハが結婚して何が悪い?お父上はお父上、お前はお前だろ?!文句を言う奴には、私が何度でも説いて聞かせる!」
 
力強い宣言に、ぽかんとカガリを見下ろしていたアスランがゆっくりと破顔した。
「二年かかってようやく出来た覚悟を…そんな簡単に言われてしまうと…俺の立つ瀬がないな。」
「どうせ言い出すタイミングを狙っていたんだろう?」
意地悪くそう言ってやると、アスランは目を泳がせた。
 
「…いいさ。女の夢、だもんな。誕生日にプロポーズ、なんてさ。」
 
今度はアスランが息を飲む番だった。
「カガリ…」
少しだけ震えるアスランの声。
カガリは目を細めて微笑むと、きっぱりと自分の想いを告げた。
 
 
「私の夫となって、ともにオーブを支えてくれるか?アスラン。」
「ーー支えるのはオーブだけじゃない。君ごと、支えて…護る。今度こそ。」
 
 
カガリにはわかる。
翡翠色の瞳に宿る決意に嘘も迷いもない、ということが。
「ありがとう。最高のプレゼントだ、これ。」
腕の中でそう呟いたカガリに、アスランはそっと囁いた。
 
 
「誕生日おめでとう、カガリ。来年も、その次もずっと…君の隣にいるから。」
 
 
長い長い年月をかけてようやく重なった心。
二人は目を見交わし、微笑み合う。
例えようもない幸せを感じながら瞳を閉じたカガリの唇は、アスランによって優しく塞がれた。
 
 
 
 
 
 
 
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キラカガお誕生日小噺、と言いつつしっかりアスカガです(笑)
サイトの長編、天使の翼の中の「コミュニティ」の中で、アスカガがディアッカに
プラント行きを告げるシーンがありますが、その少し前くらいのお話、という事でリンクしております。
その為、天使の翼の中の幾つかのお話に指輪のエピソードを追加いたしました。

 

Happy Birthday キラカガ!
拙い作品ですが、お楽しみ頂ければ幸いです。

 

 

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2016,5,19up

お題配布元:color season 様