It is only one in the world , you just ones 2

 

 

 

 

遠くで、チャイムが鳴っている。
間隔を置いて、何度も。
こんな時間に誰だろう?
ディアッカ、出てくれないかなぁ…。
 
 
再びチャイムの音が響き渡り、ミリアリアはぱちり、と目を開いた。
「あ…え?」
枕元の時計を見ると、昼をとうに回っていた。
いつの間に眠ってしまったのだろう?
ああ、それよりも今はチャイムの方が先決だ。
ミリアリアはゆっくりと起き上がり、床に足をつけた。
軽い目眩、そして節々の痛みはあったが、朝に比べたら少し楽になっているのは気のせいだろうか?
寝室に備え付けられたインターフォンに手を伸ばし、ミリアリアは小さな声で「はい…」と返事をした。
 
 
「ミリアリアさん!?大丈夫ですかっ!?」
「……シホ、さん?」
 
 
聞こえてきた声は、シホ・ハーネンフースのものだった。
 
 
 
「どうぞお構いなく。すぐ帰りますから」
 
玄関に立つシホは、憔悴したミリアリアの様子に眉を顰めつつも優しげな笑顔を見せた。
「うん…ごめんね、ディアッカに、頼まれたのよね?」
「はい?」
途端にきょとん、としたシホに、ミリアリアもまた面食らった。
「あの…ディアッカに頼まれて、様子を見にきてくれたんじゃないの?」
その言葉にシホは一瞬言葉を失い、そしてくすり、と微笑んだ。
 
 
「確かに彼ならやりかねないですね…でも、ごめんなさい。今日、私は彼と別の任務に就いているので直接会ってはいないんです」
「え…?そう、なの?じゃあ、どうして…」
 
 
ディアッカは、普段からミリアリアに対しては過剰なくらい過保護な一面がある。
だから、自分の代わりにシホをここへ寄越す、と言うこともありえなくはないと思ったのだが、どうやらそれは見当違いだったようだ。
なんだかひどく自惚れているようで、ミリアリアは恥ずかしくなった。
 
 
「今日、注文していたプレゼントを取りに行ってきたんです。その時オーナーさんから、ミリアリアさんが取り置きされているお品物を取りに来るはずなのに連絡がつかない、という話を聞きまして…」
「…あ」
 
 
そういえば、昨日帰宅してからバッグの中身など一度も触っておらず、もちろん携帯のチェックも全くしていない。
そして、不覚にもミリアリアはお気に入りの雑貨屋に置かせてもらっていたディアッカへのプレゼントについても、すっぱりと忘れていた。
「ど、どうしよう。今日取りに行かないと…」
「これですよね?」
「え?」
にっこりと微笑んだシホが、手にしていたもの。
それはミリアリアがお気に入りの雑貨屋のオーナーに相談し、無理を承知で頼み込んで取り寄せを依頼していた品物、だった。
 
「そんな体で外出なんて難しいでしょう?だから、お節介とは思いましたが私が代わりに受け取ってきてしまいました」
 
ミリアリアは信じられない、といった様子でシホからそっと包みを受け取り──思わずそれをぎゅっ、と胸に抱きしめていた。
「シホさん、ありがとう…ほんとに、ありがとう」
ミリアリアの碧い瞳にじんわりと涙が浮かんでいるのに気づき、シホは仰天した。
 
 
「ちょ、あの、ミリアリアさんっ!?そんなにお辛いならすぐにベッドへ…」
「ちがうの…嬉しい、の」
「え?」
「頑張らなきゃ、て…何かしなきゃ、って、思って…いつの間にか、そこにしか意識が向かなく、なってたの」
 
 
ぽろぽろと涙を零しながらも懸命に言葉を紡ぐミリアリア。
突然の出来事に驚いたシホだったが、すぐに平静を取り戻し、そのままミリアリアの言葉に耳を傾けた。
 
 
「こんな状態でも…弱くて、こんな日に熱なんて出しちゃったけど…出来ること、あるのかな?私…」
 
 
ミリアリアがいつもディアッカの身を案じ、美味しい食事を作るために努力していることをシホは知っている。
時にはディアッカの盾となるべく果敢に立ち回ることも、彼のためであればきっと、その身を投げ出すことすら厭わないであろうことも。
あいつは決して弱音を吐かない、といつかディアッカが口にしていたが、それは正確ではない、とシホは思う。
いつだってミリアリアは、自分を律しているのだ。
溺れてしまわないように。与えられるだけで満足しないように。
 
きっと、時には自分から甘えることもあるのだろう。
それでもミリアリアの根底にあるのは、ディアッカを守りたい、という想い。
それは別に、戦場だけに限ったものではなくて。
きっとミリアリアのディアッカに対する愛情は、何があろうと不変のものなのだろう。
 
 
「ありますよ」
 
 
柔らかいシホの声に、ミリアリアは涙に濡れた顔を上げた。
「ミリアリアさんがここにこうして存在していること。ディアッカにとっては、それだけでも充分なんです。ですから、そんなに自分を卑下なさらないで下さい。それだって、彼のために一生懸命考えたんでしょう?例えクリスマスディナーがなくても、きっと、すごく喜ぶと思います」
ミリアリアは手にした包みに目を落とす。
そうして、そっと涙を拭うと、ゆっくりと頷いた。
 
 
 
***
 
 
 
『お仕事中にごめんなさい。お父様に連絡して、薬の調合をお願いしました。帰り道に受け取ってきてもらえると嬉しいです』
 
 
携帯端末に目を落とし、ディアッカは早々に任務を終わらせるとその足で父であるタッド・エルスマンの元へとエアカーを飛ばした。
あれだけ様子を見る、と言っていたのに、もしかしてよほど具合が悪いのだろうか。
ミリアリアを心配するタッドから半分ひったくるように薬を受け取り、ディアッカは自宅へと向かった。
あいつ、おとなしく寝てるよな…?
ロックを解除するのももどかしく、ディアッカは明かりのついていない自宅へ飛び込むとまっすぐ寝室へと向かった。
 
「ミリィ…?」
 
寝室は間接照明が灯っており、柔らかな光に包まれていて。
ベッドには、すやすやと眠るミリアリアの姿があった。
起こさないようにそっと脈を取り、額に手をあてる。
昨日ほどではないが、まだ熱は下がりきっていないようだった。
それでもこうして眠っていられるのならば、多少なりとも快方に向かっているのだろう。
ほっと安堵の息を吐き出したディアッカだったが、ベッドの脇に置かれた小さなケースに気づき、首を傾げた。
 
「なんだ?これ…」
 
どこかで見たような気がするそれは、硬い布でできた細長い袋状のもので。
こんなもの、うちにあったっけ?と思いながら、ディアッカは何の気なしに中身を取り出し──言葉を失った。
 
 
 
出てきたのは────和紙で出来た、扇子だった。
 
 
 
基調となっている淡い水色は、きっと空を表しているのだろう。
そして左半分には、ディアッカの瞳と同じ、藤の花が描かれている。
緑色の葉から垂れさがる藤の花は、まるで本物のようで。
扇骨は、多分竹製であろう。
 
「ん…あ、れ?おかえり…」
 
いつの間にか目を覚ましたミリアリアからそう話しかけられるまで、ディアッカは扇子を手にぽかんと突っ立っていた。
 
「ミリィ…これ…」
「え?…あ」
 
言葉少なに扇子をじっと眺めるディアッカに、ミリアリアは恐る恐る声をかけた。
 
「前に…ディアッカ、映像ディスク見てたでしょう?クリスマスプレゼント、いろいろ考えたんだけど思いつかなくて…いつも行く雑貨屋のオーナーさんに相談してみたの」
「…うん。」
「そうしたらね、コペルニクスに近々仕入れで出かけるっていうから、思い切って話をしたの。日本舞踊に関係する小物で、何か手に入るものはないですか?って。そしたら、そのキットを仕入れてきてくれたのよ」
「うん。…キット?」
 
ミリアリアはゆっくりと起き上がり、ベッドの背に体を預けると照れくさそうに微笑んだ。
 
 
「それね…私が、作ったの」
「……へ?」
 
 
作った?ミリアリアが、扇子を?
 
 
「うちで作業してたら、ディアッカにばれちゃうでしょう?糊を乾かす時間も必要だったし、こんなことになっちゃったけど、クリスマス当日は忙しいだろうなって思ってたし。だから、お休みの日を利用して、オーナーさんに教わりながらお店のブースを借りて作ったの。そういうキット、コペルニクスの一部では流行ってるんですって」
「お前が…これ…を?」
 
ディアッカは手馴れた様子で扇子を開く。
見た感じ、歪みひとつないそれはとても初心者の手作りとは思えない出来栄えで。
料理は相当な腕前でも、裁縫や造形にはからきし弱いミリアリアがどれだけ丁寧にこれを作り上げたのか、と思い、ディアッカの胸が温かいもので満たされた。
 
 
「どうしよう…やべぇ」
「…え?」
「こんなん…使えねぇ」
「…っ」
 
 
ミリアリアの表情が瞬時に強張り、はっと我に返ったディアッカは慌てて弁解の言葉を口にした。
 
「ご、誤解すんなよ?!この扇子がどうこうとかじゃねぇから!」
「無理しなくても…いいわよ」
 
やばい、完全に誤解されている。
きっとミリアリアは、ディアッカが「使えない」と言った理由を、扇子の出来栄えに問題があったからだと思っているのだろう。
 
「いや、だからマジでそうじゃねぇんだって!」
「…じゃあ、何?」
 
潤んだ碧い瞳に見上げられ、ディアッカはたまらずその体を思いのままに抱きしめた。
いつもよりも体温の高い体は、なんだか抱いていて気持ちがいい。
 
「ちょ、やめ…」
「大切すぎて使えねーって言ってんの!こんなに俺の好みにドンピシャで、しかもミリィの手作りだろこれ?!つーことは、世界にひとつだけ、俺だけのためのもんじゃん!ああもう、マジでお前って…」
 
ミリアリアはディアッカの腕の中で目をぱちくりとさせーーそっと広い背中に腕を回した。
 
「だって、ディアッカは世界で一人だけの、私にとって特別な人だもの」
 
そんな小さな囁きをしっかりと拾い上げ、ディアッカの腕に力がこもる。
 
 
「…マジで、ありがとう、ミリアリア。またひとつ、宝物が増えた」
 
 
時計、護り石、マフラーに万年筆、それ以外にもたくさん、たくさん。
ミリアリアがくれたものはなんだって、どれだって、ディアッカにとっては何者にも代えがたい宝物で。
それが目に見えるものでも、そうでないものでもこの想いは変わらない、とディアッカは確信する。
 
 
「メリー・クリスマス…ディアッカ」
 
 
そして、誰にも渡すことなどできない一番の宝物は今この腕の中にある。
誰よりも愛おしいミリアリアの小さな言葉に、同じように言葉を返し。
いつもより暖かいミリアリアの唇に、ディアッカは何度もキスを贈った。
 
 
 
 
 
 
 
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一日遅れとなってしまいましたが、2015年クリスマス小噺、いかがでしたでしょうか?
できれば去年の「初夜」から1年後の二人を書きたい!と思い、最後はこのような感じになりました!
タイトルの意味は、『世界にたったひとつの、あなただけのもの』になります。
ちなみに、扇子の手作りキットというのは実際に販売されていて、素材も和紙から画用紙まで
色々あるようです。柄も素敵なものがたくさんありました。
興味のある方は是非チェックをなさってみてください!
ところで、ディアッカはミリアリアにどんなプレゼントをあげたのでしょうね(●´艸`)
こちらは皆様のご想像におまかせいたします♡
今年も残すところあと一週間となりましたが、皆様はどんなクリスマスをお過ごしでしたでしょうか?
来年もこうしてDMのクリスマスを楽しく書けることを願いつつ、いつも遊びにいらしてくださる
皆様にこのお話を捧げます。
どうか一人でも多くの皆様に楽しんでいただけますように!

 

 

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2015,12,26up