It is only one in the world , you just ones 1

 

 

 

 
「ミリィ、データまとめたから、ここに置いとくね」
「…あ、うん。ありが、と…」
 
 
ミリアリアが振り返ると、サイが二人、いた。
「…え?あれ?」
「どうしたの?ミリィ」
二人のサイが、不思議そうに首を傾げる。
 
 
「なんでサイが二人いるの?」
 
 
その言葉に一瞬きょとんとした後、なぜか神妙な顔つきになったサイが、ミリアリアのおでこに手を伸ばしてきた。
「……館長、体温計ってありましたっけ」
奥の席にいたアマギががたんと音を立てて立ち上がるのを、ミリアリアはぼんやりと眺めていた。
 
 
 
***
 
 
 
「遅い!なにやってんのさディアッカ」
遠くから聞こえた声に、ミリアリアはうっすらと目を開けた。
領事館の応接室に置かれたソファは、程よく柔らかくて居心地がいい。
それにしても、なんだか寒い気がする。
空調の調子が悪いのだろうか?
その前に、どうして自分は勤務中だというのにソファになんて寝てるんだろう。
疑問符だらけの重い頭をなんとか起こし、ミリアリアはまず空調の確認をしようとして──どすん、と尻餅をついた。
 
 
「ミリアリア!?」
 
 
ばん!という音とともに名前を呼ばれ、ぐい、と体を起こされ、ミリアリアは驚いて顔を上げた。
 
「…なに、してるの?ディアッカ」
「それはこっちのセリフだっつーの…ああ、もう!」
 
ミリアリアを器用に片腕で支えながら、端正な顔を歪ませていたのは、自分の夫であるディアッカ・エルスマンだった。
 
「ミリィ!なんで起きて歩き回ってんの?」
 
ディアッカの後ろから顔を出したサイにまで咎められ、ミリアリアは少しだけムッとして事情を説明しようとした。
「だって寒いんだもの。だから空調をチェックしようと思って…この部屋、エアコン入ってないのかしら?」
その言葉に、ディアッカとサイは顔を見合わせ…深い深いため息をついた。
 
 
「いやお前、そんだけ熱が高けりゃ寒いだろ普通」
「まぁねぇ…40度近いってのは尋常じゃないよね」
「ついでに自覚なしってもの相当だと思うけどな、俺的には」
 
 
熱?自覚がない?
この二人は何の話をしてるのだろう?
 
「あ、そう言えばサイ、一人に戻ったのね。どうしてさっきは二人いたのかしら?」
「…うん、それについてはまた今度話そうか?じゃディアッカ、仕事中悪いけどよろしくね」
「ああ。連絡サンキューな」
 
事態を飲み込めないミリアリアを置いてきぼりに、話はどんどん進んで行って。
これは一体、どういうことだろう。
力強い腕に抱き上げられ、エアカーの座席にすとん、と降ろされるまで、ミリアリアは一人自問自答していたのだった。
 
 
 
***
 
 
 
「はい、ばんざいしてー」
「………」
 
 
いつもだったら“バカにしてるでしょ?”とか、“私は子供じゃないわよ!”とか、必ず一言言い返すのがミリアリアの常だったが、今はとてもそんな気分になれず、のろのろと両手を挙げた。
先程までは何ともなかったはずなのに、たったそれだけの動作が、ひどく辛い。
頭も体も痛いし、寒くて指先までがたがたと震えている。
 
「寒い?」
「う、ん」
「んー、そっか。…当分下がりそうにねぇな…」
 
クローゼットから引っ張り出した、暖かい素材のルームウェアを器用にミリアリアに着せ、ディアッカは難しい顔で呟いた。
「わたし、病気、なの?」
震える声でそう尋ねるミリアリアに苦笑し、ディアッカは脱がせた制服をハンガーに掛けた。
 
「どこでもらって来たのか知らねぇけど…風邪、ってやつ?免疫力落ちてたのかもな」
「…領事館、の、周り…掃除したの。きのう。年末、だし…」
「ああ?あの寒い中をかよ?お前なぁ…」
 
ベッドに横になるように促され、ミリアリアは熱い息を吐きながら「だって…」と呟いた。
 
 
今日は、12月23日。明日はクリスマス・イブだ。
ディアッカと結婚して、二回目のクリスマス。
昨年は披露パーティーに使ったホテルで過ごしたが、今年は自宅で、二人だけで過ごしたい。
その小さな願いにディアッカも笑顔で頷き、今日からクリスマスディナーの下ごしらえをするべく、ミリアリアは張り切っていたのだ。
だから、なるべく残業せず帰れるようにできることは前倒しにして、いつも以上に動き回っていた。
それが、こんな形で裏目に出るなんて。
サイが二人に見えたのも、空調のことも、全部熱のせいだったのだと今更自覚し、ミリアリアはしょんぼりと萎れた。
 
「解熱剤の点滴、親父に言って貰って来るか?まぁ、辛いと思うけど本来は熱を出しきっちまったほうがいいんだけどな…」
「うん…とりあえず、様子、見る。寝れば治る、かも、しれないし…」
 
自分の体調管理が疎かだったせいでこうなったのだ。
これ以上周りに迷惑や心配をかけたくない。
優しく厚手のブランケットが掛けられ、ミリアリアはもぞり、と鼻先までそれに潜り込んだ。
 
 
「ディアッカ…もう、戻って?わたし、大丈夫、だから」
 
 
これ以上優しくされると、なんだか泣いてしまいそうで。
でもそれはきっと、ディアッカを困らせることにしかならないから。
 
「あー、うん。これからちょっと任務あるし、そばにいてやりてぇんだけど…悪い」
「いいの。それじゃ、なおさら早く戻らなくちゃ」
「…どうしても辛かったら、遠慮しねぇで連絡しろよ?俺に繋がらなければシホでもイザークでもいい」
「うん。いって、らっしゃい」
 
ぺたりとおでこに冷却シートを貼ってくれたディアッカを見上げ、なんとか笑顔を作る。
それに応えるようにくしゃりとミリアリアの髪を撫で、柔らかい笑顔で「ん、行ってくるな」と告げ、ディアッカは部屋を出て行った。
 
 
 
***
 
 
 
翌朝、クリスマス・イブ。
ミリアリアの熱は一向に下がる気配が無かった。
熱に伴う体の痛みで一晩中うとうととしては悪夢に目を覚ますミリアリアに、ディアッカはずっとついていてくれた。
疲れているであろうディアッカを起こさないように、とは思うのだが、体がついて来なくて。
気配に聡いディアッカは、かたかたと震えて身を縮こまらせるミリアリアを安心させるように抱きしめてくれたり、熱で乾いてしまった冷却シートを取り替えてくれた。
ミリアリアに合わせていては、ろくに睡眠など取れないだろうに。
そう思う反面、ひどく安心してしまっている自分にも、ミリアリアは気づいていた。
 
 
「ミリィ、飯食える?つってもただのスープだけど」
 
 
ひょい、とドアの向こうから黒い軍服姿のディアッカが現れた。
「ん…ごめん、あんまり、食欲ないかも…」
痛みや吐き気こそないが、発熱の影響は胃腸にまで及んでいるようで、とてもではないが何かを口に出来る状態ではなかった。
 
「起きられそうだったら、自分で温めて食べるから大丈夫。ディアッカ、そろそろ出ないと遅刻、しちゃう…」
「え、マジ?もうそんな時間?」
 
ディアッカは腕時計に目を落とし、慌てた様子ミリアリアの元へとやってきた。
「どう、したの?ディ…」
ミリアリアの言葉は、落ちてきたディアッカの唇で塞がれ、途中で止まってしまう。
柔らかい唇がいつもより冷たい、と感じるのは、やはり自分に熱があるからだろうか。
 
 
「…ごめんな。こんな時にそばにいてやれなくて」
 
 
両肘をミリアリアの顔の横につき、覆いかぶさるような体勢でそう囁いたディアッカの紫の瞳は、とても綺麗で。
熱に潤んだ碧い瞳でそれを見上げ、ミリアリアもまた小さく囁いた。
 
 
「…ごめんね、クリスマスイブ、なのに…」
「気にすんなよ。今日はゆっくり休んで、早く熱下げなきゃな。…んじゃ、行ってくる」
「うん…行ってらっしゃい」
 
 
もう一度、触れるだけのキスを交わし、ディアッカはコートを手に取ると寝室を出て行った。
程なくして、玄関のドアが閉まる音、そして施錠の音が聞こえると、ミリアリアは目を閉じ溜息をついた。
何とか少しでも眠らなければ、と思うのだが、痛む体の節々がそれをさせてくれない。
それに、たとえ眠れたとしても、また怖い夢を見るかもしれない。
そうして目が覚めても、ディアッカは、いない。
そこまで考えて、ミリアリアの瞳から、ぽろりと涙が零れた。
 
どうして私はこんなに弱いんだろう。心も、体も。
追いつきたいのに、追いつけない。
コーディネイターであるディアッカと、何もかも同じようになれるはずがないことはミリアリアにも分かっていた。
それを負い目に感じたことなどなかった、はずなのに。
 
 
どうしてこんなに心細いんだろう。
どうしてこんなに、寂しいんだろう。
 
 
夜になればちゃんとディアッカは帰ってくる。
昔のように、いつ会えるのかも分からず星空を見上げて涙していた頃に比べれば、なんてことないはずなのに。
でも、とミリアリアは思う。
あの頃は、何かしたくても、声を聞きたいと願っても何もできなかった。
今は違う。いつだって、望めば触れられる距離にディアッカはいる。
それなのに、どうしてこんなに心がざわざわするんだろう?
熱でぼんやりとした意識の中で、ゆっくりと思考が組み上がり、ミリアリアは嗚咽をこらえるべくきゅっと唇を噛み締めた。
 
 
ああ、私、何にもしてあげられないのが悔しいんだ。
 
 
きっとディアッカは気にしない、と言ってくれるだろうけれど。
これは、ミリアリア個人のこだわりで、他人から見たらなんてことのないわがままなんだろうけれど。
ひとつでもいい、何かいつもと違うことをしたい。
だが、まだ熱は高く、外にも出られない。
それでも、何か出来ることは、ないだろうか。
 
ひく、とひとつ嗚咽を漏らし、ミリアリアは考えを集中させるべく目を閉じる。
そして──いつの間にかミリアリアは、浅い眠りへと引き込まれていた。
 
 
 
 
 
 
 
ribonline1

 

 

 

 

遅刻してしまいましたが、2015年DMクリスマス小噺でございます。
今回、全2話でお届けします。
風邪をひいてすっかり気弱になってしまっているミリアリアですが、病気になると
誰しもマイナス思考、というか少しばかしネガティブになったりしますよね;;
そんなミリアリアを優しく包み込んでくれるディアッカに、改めてめろめろになりました(笑)

 

 

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2015,12,26up