Blog拍手御礼小噺 愛してくれて、傍にいてくれて 2

 

 

 

 
「これ。イザークが持って行けって。」
 
 
がさ、と目の前にかざされたのは、花束。
オレンジと白の薔薇を基調とした、小さいけれど華やかなそれをディアッカは目を丸くして受け取り、そのままミリアリアに視線を移した。
 
「今朝、どこか様子がいつもと違ってたから…イザークに尋ねてみたの。そうしたら心当たりがあるってここへ連れて来られて…。」
「この花は?」
「イザークがここへ来る途中、用意したものよ。」
「そ、か。」
 
どこかぼんやりと立ちつくすディアッカにしびれを切らしたのか、ミリアリアはその手から花束を奪い、そっとディアッカの手向けた花の横へと置き、手を合わせた。
 
 
「車内で聞いたわ。ヘリオポリスで戦死した友人の弟さんに、昨日会ったんでしょう?」
 
 
背を向けたまま発せられた問いかけに、ディアッカはこくりと頷いた。
 
「ああ。」
「イザークもね、あなたに話を聞いて迷ってたみたい。ここへ来ること。でも結局、私一人で行けって。先を越されたな、って悔しそうだったわ。」
「…普通そこで張り合うか?」
「だってイザークだもの。それはあなたが一番良く知ってるでしょ?」
「…確かに。ミゲルもおんなじコト、言いそう。」
 
立ち上がったミリアリアと並ぶようにして、ディアッカはミゲルの墓標を見下ろす。 自分が用意した花と、ミリアリアが供えた花が並び、墓標の前は随分と賑やかなものになっていた。
 
 
 
「死ぬ瞬間てさ。どんな事、考えるのかな。」
 
 
 
ディアッカの口から零れ出た呟きに、ミリアリアは眉を上げた。
 
「ミゲルは…俺やイザークより二期上の先輩でさ。入隊した時、寮とか色々案内してくれたのもミゲルだった。
緑服だったけどクルーゼ隊ではトップの撃墜率で、パーソナルカラーの機体に乗ってた。
本物の手足か、ってくらい巧みにMSを操って、勘も鋭くて。
ミゲルが出れば、その戦闘には勝ったも同然だって思うくらい、信頼してた。」
「…うん」
「でもあいつは、ヘリオポリスで、キラと戦って、討たれた。
その時はラスティも、他の先輩も戻らなかったから、すげぇショックだった。
初めてその時、自分達は戦争をしてるんだ、って理解した。」
「うん」
 
相づちを打つミリアリアの穏やかな声に背中を押されるように、ディアッカは言葉を続けた。
 
「昨日会ったミゲルの弟は、さ。遺伝子操作の弊害で色々な疾患を抱えてたらしい。
でもミゲルの遺族年金で、フェブラリウスで手術を受けて、健康な体を手に入れた。
将来は軍医になりたいって、言ってた。」
「…そう。」
「この命はミゲルに貰ったものだから、ミゲルに恥じない自分である為に、頑張ってみる、って。
それを聞いてさ、俺なんて全然ミゲルの弟の事知らないのに、なんかすげぇ嬉しくて。
でも、ミゲルにはその想い、もう届かないんだよなって考えたら…報告、っつーの?したくなって、ここに来ようと思ったんだ。」
「……喜んでるわね、きっと。」
「え?」
 
小さな、しかしはっきりとした声に、ディアッカは思わずミリアリアに向き直る。
ミリアリアは、涙を浮かべながら、それでもディアッカを見上げ柔らかく微笑んでいた。
 
 
「ミゲルさん。ディアッカがここに来てくれて、そうやって報告してくれて。きっと凄く喜んでると思う。
届かないなんてこと無いわ。その人の事を忘れないでいて…こうして顔を見せて、言葉をかけて。
きっとミゲルさんにはそんなディアッカやイザークの事も、自分の分も懸命に生きようとしている弟さんの事も見えてる。
非現実的かもしれないけど…私は、そう思うわ。」
 
 
ディアッカは腕を伸ばし、隣に立つミリアリアの肩をそっと抱き寄せた。
こてん、と小さな頭が肩に乗せられ、すん、と鼻をすする音が聞こえる。
 
「なんで、お前が泣くの」
「…ディアッカが、あんな事言うから…」
「え?」
 
ぽろりと零れた涙を細い指で拭うと、ミリアリアは碧い瞳でまっすぐディアッカを見上げた。
沈もうとしている夕日が、その柔らかい表情を照らし出す。
 
 
「私が死ぬ時には…まず自分を産んでくれた両親に感謝をして、その次にあなたのご両親に感謝をするわ。
あなたを産んでくれてありがとうございます、って。
そして、私達を取り巻く全ての人に感謝をして…最後に、ディアッカに感謝する。」
「お、れ…?」
 
 
ぽかんとするディアッカに、ミリアリアは涙の残る瞳を細めてふわり、と笑った。
 
 
「そう。…こんな私を愛してくれて、傍にいてくれてありがとう、って。
その時になったらそんな悠長な事、考えていられないかもしれないけど…それでもきっと、そういう風に思うわ。
誰かを愛したり、大切に想うってそれだけですごいことだもの。辛い事もあるけど、その分幸せな気持ちにだってなれるし、勇気も与えてくれる。
私はディアッカから、たくさんのものを貰ってる。だから私が死ぬ時最後に思うのはきっと、ディアッカへの感謝、だわ。」
 
 
ディアッカの心臓が、どくん、と音を立てた。
愛してくれて、傍にいてくれて。
それは自分も同じ、で。
ミリアリアが傍にいてくれる、それだけで自分は前を向ける。困難に立ち向かう勇気を貰える。
 
ミゲルもきっと、そうだったのかもしれない。
大切に思う弟と家族、共に戦う仲間。
それらの存在はミゲルにとって、戦う勇気、そして力になっていたのではないだろうか。
 
彼の最後の瞬間を、自分は知らない。
明るくて、少しだけお調子者で悪い遊びもそこそこ知っていて、でも誰にでも分け隔てなく接し、面倒見の良かったミゲル。
あの頃は素直になれなかったが、そんなミゲルをディアッカもイザークも、アスランもみな尊敬し、慕っていた。
きっとひとたび軍服を脱げば、彼は良き兄でもあったのだろう。
昨日出会った少年のまっすぐな笑顔を思い出し、ディアッカはくすりと笑った。
 
 
「俺も、同じ。」
「え?」
 
 
ディアッカはミリアリアの柔らかい髪にそっとキスを落とし、頬を埋めた。
 
 
「俺を産んでくれた親父と母さん、そしてお前を産んでくれたお前の両親に感謝する。
俺たちがこうして出会えて、今一緒にいられることに感謝する。
俺が愛した女はすぐ泣くし意地っ張りな所もあるけど、誰よりも優しくて強くて、宇宙一のいい女だったな、って思い返して。
それで、そんな女がこんな俺を愛してくれて、俺の奥さんになってくれて、いっつも美味い料理作ってくれて、一生傍にいてくれた事を感謝する。」
「……ちょっと褒めすぎよ…馬鹿」
 
 
な、ミゲル。いいオンナだろ?俺の奥さん。ちょっと照れ屋で素直じゃねぇけど。
ナチュラルも捨てたもんじゃねぇって言ったの、これでわかっただろ?
俺はこいつと生きて行く。
自己満足かもしれねぇけど、お前の分も生きて、戦争の無い、平和な世界を作る。
大切な人を亡くして悲しい思いをする事が無いように。
 
お前の弟の事も、もしいつか俺を頼って来る事があったなら、出来る事は全部する。
……イザークも同じ事、言ってたぜ。
 
 
だから、安心して見ててくれよな。空の上からさ。
 
 
「…そろそろ帰るか。暗くなって来ちまったし。」
「うん…でも、いいの?私、もしかしなくても…邪魔しちゃったよね?」
「そんな事ねぇよ。…来ようと思えば、いつだって来られる所にいるんだからさ。」
 
 
二人はミゲル・アイマンと刻印された墓標を見下ろす。
もう一度そっと手を合わせるミリアリアに、ディアッカの表情が柔らかいものとなった。
 
 
「じゃな、センパイ。今度はイザークとか…アスランも連れてくるからさ。」
 
 
そうして手を繋ぎ共同墓地を去って行く二人を見送るかのように、春特有の暖かい風を受けた花達が、そっと揺れていた。
 
 
 
 
 
 
 
007

 

 

全2話となる今回の小噺、いかがでしたでしょうか?
誰にでも平等に訪れる、「死」の瞬間どんな事を人は思うのか。
戦争で散って行ったたくさんの兵士達にそれを思う余裕があったかは誰にも分かりません。
だから想像する事しか出来ないけれど、遺された人達は前を向いて生きて行って欲しい。
簡単な事ではないと思いますが、そんな願いを込めてこのお話を書きました。

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