Blog拍手お礼小噺 愛してくれて、傍にいてくれて 1

 

 

 

 
「なぁミリィ、この辺に最近花屋が出来たって言ってなかった?」
 
 
朝食の乗った皿を手に、ミリアリアはきょとんとした顔で振り返った。
ディアッカが、花屋?
 
「えっと…2ブロック先にオープンしたけど…どうしたの?突然。」
「いや?急に思い出して、何となく気になってさ。サンキュ。」
 
そう言って微笑み、いただきます、と朝食に手を付け始めたディアッカは、何だか少しだけいつもと違って見えて。
なんてことの無い朝の会話のはずなのに、ミリアリアは何故かその姿が頭から離れなかった。
 
 
 
***
 
 
 
もうあと30分もすれば陽が沈むであろう時刻。
ディアッカはたくさんの墓標が並ぶ丘に立っていた。
手には、小さな花束。
それを目当ての墓標の前にそっと置き、そこに刻まれた名を指でなぞる。
 
 
ミゲル・アイマン。
 
 
二期上の彼はクルーゼ隊でも緑服ながらエースパイロットとして名を馳せていたが、ヘリオポリス崩壊の際にキラと戦い散って行った。
彼と過ごした時間は決して長いものではなかったが、気さくで面倒見がよく、イザークや自分のような後輩にも笑顔で接してくれた。
クルーゼからの信頼も厚く、また自分達もミゲルが出陣すれば勝利は当然のもの、といつしか思っていた程だった。
 
「……久し振り。センパイ。黒服になってから来るの、初めてだよな。」
 
小さな声で、ディアッカは墓標に向かい語りかけた。
 
 
 
***
 
 
 
「……それであいつ、やけに急いで帰って行ったのか。」
ザフト本部近くのカフェで優雅に紅茶を口に運びながら呟かれたイザークの言葉に、ミリアリアは首を傾げた。
 
「ディアッカ、もう本部にいないの?」
「ああ。2時間程前に帰った。行きたい所がある、と言ってな。」
「行きたい、所…」
 
ミリアリアは心当たりが無いか考えてみたが、全く思い当たらなかった。
しいて言えば、今朝尋ねられた花屋、くらいのものだ。
 
 
「ディアッカ…近所に出来たお花屋さんの事、私に聞いて来たの。どうしてだか分からないけれど、なんだかすごく寂しそうで…それで…」
「それで?俺がいつものごとくここへ呼び出された、と言う訳か。」
「う、うん。ごめんなさい…」
「別に構わん。迷惑に思うなら俺もこんな所まで足を運ばない。だから気にするな。」
 
 
ぶっきらぼうなイザークの優しさに、ミリアリアは薄く微笑んだ。
 
「しかしあいつ、一体何を…ん?」
「な、なに?」
はっと顔を上げたイザークの姿に、ミリアリアはびくりと肩を揺らした。
 
「いや…確信は無いが、心当たりがある。」
「え!?」
「戦時中に行ったきり、俺も足を運んでいないからな。それに、ある意味いいきっかけでもあったし多分間違いは無いだろう。」
 
よく分からない事を口にし、一人頷くイザークにミリアリアは首を傾げる。
 
 
「……いいだろう。お前さえ良ければ連れて行ってやる。事情は車の中ででも説明しよう。」
 
 
そう言って紅茶を飲み干し立ち上がるイザークをぽかんと見上げながら、ミリアリアもまた手元のアイスティーを飲み干し急いで席を立った。
 
 
 
***
 
 
 
「あの…ディアッカ・エルスマンさんですか?」
 
幼さの残る声に、格納庫で機体のチェックをしていたディアッカは振り返った。
そこには、成人したばかりであろうか、かつて自分も通っていたアカデミーの制服を着た少年が立ち、ディアッカを見上げていた。
幼さの残る顔立ちだが、どこか見覚えのある切れ長の瞳にさらりとした金髪。特徴的な声。
 
「アイマン!次はあっちだって!あ…」
「うん、先に行ってて!ちょっとしたら追いかけるから!」
 
友人らしき少年ににこりと笑ってそう返事をし、アイマンと呼ばれた少年はディアッカに向き直った。
 
「お前…その、もしかして…」
「兄の事、覚えていて下さったんですね。…ミゲル・アイマンは僕の兄です。」
 
驚きに言葉を失うディアッカに、少年はにっこりと微笑んだ。
 
 
「兄の休暇中に、あなたやイザーク・ジュールさんの話を聞いた事があったんです。写真も見せてもらいました。
ひとくせもふたくせもあるけど、かわいい後輩達だ、なんて笑ってましたっけ。」
 
 
格納庫の片隅で、ディアッカが手渡したコーヒーを行儀よく「いただきます」と言ってから口に運ぶ少年を、ディアッカはまじまじと眺めた。
ミゲルに年の離れた弟がいる、と言うのは確かに聞いた事があった。
だが、その弟はコーディネイターでありながら体が弱く、遺伝子操作の弊害により慢性的な病をいくつか抱えていて。
ザフトに入隊したのも、愛国精神だけではなく病弱な弟の治療費を捻出する為、とディアッカは噂で聞いていた。
 
「確かに…ミゲルは同じ隊の先輩だった。パーソナルカラーの機体まで拝領したくらいのエース級パイロットなのに、やたら気さくで面倒見が良くてさ。俺もイザークも、もちろん他の奴らからも慕われてたぜ?」
「そう言って頂けると、何だか嬉しいです。僕はあの頃入退院を繰り返していたので、なかなか兄と話が出来なかったから…。
だから、たまの休暇に会いに来てくれて、色々な話を聞かせてもらうのが何より楽しみだったんです。」
「…そう、か。ところで…今は体の方は?」
 
遠慮がちに言葉を濁すディアッカに、少年は切なげな笑顔を向けた。
 
 
「……先の大戦のあと、フェブラリウスで手術を受ける事が出来たんです。兄の、遺族年金で。」
「っ…」
 
 
さらりと語られた残酷な事実に、ディアッカは再び絶句した。
 
「皮肉な話、と思われるかもしれません。でも僕はそのおかげでこうして普通に生きられるくらいの体を手に入れる事が出来ました。
だから、自分に出来る事をしたい、と思って兄と同じアカデミーに入学したんです。
母には泣かれてしまいましたけど…後悔は、していません。」
 
戦争が終わった今、余程の事態が起きない限りMSを駆って最前線で戦う機会などないだろう。
それでもアカデミーに入隊し、軍人を志した理由。
それを、ディアッカは知りたいと思った。
 
 
「…お前、専攻は?」
「医療系です。軍医を、目指しています。いくら手術に成功したからと言っても、僕の能力と体力では兄のようなパイロットにはなれませんから。
その代わり…傷ついた人の力になりたい、って思ったんです。
もしまた戦わなければならなくなった時、一人でも多くの人の命を救いたいし、みんなの痛みや苦しみを和らげたい。
だから、アカデミーを卒業したらもっとしっかりした医学の知識をつけるつもりでいます。」
 
 
ディアッカを見上げる瞳に、強い光が宿る。
それは、兄であったミゲルが出撃する前に見せていた表情とそっくりで。
知らず知らず、ディアッカもまた柔らかい笑みを浮かべていた。
 
「そ、か。もう、決めたんだな。」
「はい!」
 
大きく頷くその幼げなその仕草や口調は、先程のイメージとは一転してどこかニコル・アマルフィを思い出させるもので。
そう言えばミゲルは、よくニコルをからかって笑ってうた事をディアッカは思い出していた。
もしかしたらミゲルは、ニコルに弟の面影を重ねていたのかもしれない。
と、遠くから少年を呼ぶ声が聞こえて来て、二人はそちらを振り返った。
 
「今日は授業の一環で、ザフト軍本部に見学に来たんです。まさか兄の事を知る人にお会い出来るなんて思ってなくて…その、いきなり、すみませんでした。」
「いや?俺も、会えて良かった。…あのさ、卒業してからもし医学の道に進みたいんだったら、気が向いたらでいい、本部宛に連絡くれないか?」
「え?本部、宛…?」
 
ディアッカはくしゃりと前髪をかきあげた。
 
 
「俺の出身、フェブラリウスだからさ。変に口添えとか、するつもりは無いけど…医療系アカデミーの情報くらいならいくらでも手に入る。
入隊後もこっちの仕事と両立出来るようなトコロ、あるかもしれねぇしさ。
…まぁ、決めるのはお前だから、これは俺の独り言、って事で。」
 
 
ぽかんと自分を見上げる少年のまっすぐな視線に耐えきれず、ディアッカは目を泳がせた。
ああ、そう言えば昔ミゲルに女癖の悪さをからかわれ、同じように目を泳がせた事がある。
……ちくしょう、ミゲルだけならまだしも弟にまで同じ目に遭わされるなんて!
そんな事を内心考えていると、「ありがとうございます」と小さな声が聞こえた。
 
 
「僕の命は、兄さんに貰ったものだと思っています。だから、兄さんに恥じない自分である為に…兄さんの分も生きて行く為に、出来る事は、努力を惜しまないつもりです。
でも兄さんはこう言っていました。エースなんて呼ばれてるけど、俺に力を与えてくれるのは仲間の存在だ、って。
だから自分が教えられる事は何でもしてやりたいと思うし、仲間とは対等な関係でいたい、って。」
「…ミゲル、が?」
「はい。だから僕、アカデミーで出来た仲間と一緒に頑張ってみます。
それでも…もしどうしたらいいかわからなくなったり、壁にぶつかったとき。エルスマンさんの独り言に、甘えてしまうかもしれません。それでも…いいですか?」
 
 
控えめな言葉と自分を見上げる少年の表情に、ディアッカはふわりと微笑み、気付けば少年の頭をぐしゃりとかき乱していた。
「えっ…!あ、あの」
「オーケー。さすがミゲルの弟、ってトコだな。それでいいぜ。自分一人で抱えられない、と思ったらいつでも声、掛けてくれ。ミゲルも同じ事、言うと思うぜ?」
ディアッカの行動に目を丸くしていた少年は、兄の名前が出た瞬間さらに目を丸くしーー泣きそうな笑顔で頷いた。
「ありがとうございます。お仕事中に、すみませんでした。僕、そろそろ行かないと。」
「そうだな。頑張れよ。」
「はい!あの、イザーク・ジュールさんにもよろしくお伝え下さい!」
「ああ、伝えとく。」
「ありがとうございます!…あ。」
「なんだ?」
 
少年はミゲルによく似た面差しをディアッカに向けーーにこり、と笑った。
 
 
「大切な事を言い忘れる所でした。ご結婚、おめでとうございます。あと、コーヒーごちそうさまでした。それでは!」
 
 
不意打ちと言っていい言葉に、ディアッカは返事を返す事が出来なかった。
そんな自分を見上げてもう一度笑顔を見せ、ぺこり、と頭を下げ友人の元へ走り去る少年を見送りながら、ディアッカは彼の名を聞き忘れた事に気付き、いろいろと迂闊な自分に苦笑した。
 
 
 
***
 
 
 
「あんたの弟、に会ってさ。柄にも無く花なんて持って来ちまった。
あんたはあんまり弟の話なんてしなかったけど…いいオトコになりそうだよな。しっかりしててさ。」
 
さぁっ、と風が吹き、ディアッカの金髪を揺らす。
 
 
「俺さ、結婚したんだ。あんたが嫌ってた、ナチュラルの女と。
あの頃の俺たちは、ナチュラルなんて、ってあいつらを下に見てたけど…そう捨てたもんじゃないぜ?ナチュラルも。
あんたが生きてて、ナチュラルに触れたら…きっとそう思うんじゃねーかな。」
 
 
ミゲルの弟は、ディアッカの妻がナチュラルである事を、当然知っているだろう。
アカデミーに在籍していれば嫌でも耳に入るだろうし、二人の入籍に関しては地球・プラントともにしっかり報道されたのだから。
ナチュラルとの戦争で、大事な兄を失った少年。
彼の目に、自分達はどう映ったのだろうか。
あの少年は、ナチュラルをどう思っているのだろうか、とディアッカは内心不安を感じていたのだ。
 
だが彼は、まっすぐに自分を見つめて言ってくれた。
「おめでとうございます」と。
 
ナチュラルとコーディネイターが、手を取り合い、共存しあえる世界。
そんな世界を目指し、自分もミリアリアも、そして共に戦った多くの仲間達が今日もどこかで動いている。
実を結ぶ日はまだずっと先かもしれない。
それでも、少年の言葉は、ディアッカの心に優しい温かさと、希望の光を与えてくれた。
 
 
「もうすぐ、陽が沈んじゃうわよ?」
 
 
不意に背後から聞こえた声に、ディアッカは驚き振り返る。
そこには、花束を抱えたミリアリアが立っていた。
 
 
 
 
 
 
 
007

 

 

全2話となる今回の小噺は、スーツCD効果なのか(笑)ミゲル絡み。
「空に誓って」終盤、入籍から結婚式までの間のお話です。
半オリキャラで登場するミゲル弟ですが、あえて“少年”と表記し、名前は付けませんでした。
ちょっぴり切ないお話ですが、楽しんで頂ければ幸いです!

 

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