今、彼女は何と言った?
殺そうと、した?誰を?
「トールが行方不明になってすぐ、機体を中破させられて投降して来たザフト軍の兵士が、今の私の夫である、ディアッカ・エルスマンです。
初めて彼を見た時、すごく怖くて…ほとんど直視出来ませんでした。
ずっと自分たちを追いかけて来て、捕虜になったくせにどこかふてぶてしくて、でも見た事が無いくらいに整った顔をしていて。
何もかも、ナチュラルである自分とは違う、と思って、ただ怖かった。」
「ほ、りょ…?」
話がうまく飲み込めない、と言った顔をするセリーヌに構わず、ミリアリアは言葉を続けた。
「その後、偶然AAの医務室に拘留されていた彼と間近で顔を合わせて…怖くて動けないでいた私に、彼は冷たい言葉を浴びせました。
“馬鹿で役立たずのナチュラルのカレシでも死んだ?”って…。」
セリーヌは思わず息を飲んだ。
「その時思ったんです。あんなに優しくて大好きだったトールがいないのに、どうしてこんな奴がここにいるのか、って。
それまで恐怖しかなかった私の心に、初めて憎しみの感情が芽生えた瞬間でした。
殺してやりたい。そう思って、気付いたら近くにあったナイフで彼に斬り掛かってました。」
「……え?」
「でもやっぱり、拘束されていても彼はコーディネイターで、軍人なんですよね。
ぎりぎりの所で避けられて、ナイフは彼の額を掠めただけ。そして、私はすぐ近くにいた友達に押さえ込まれました。」
セリーヌは訳が分からなかった。
なぜ、殺したい程憎かったはずのコーディネイターと彼女は結婚までしたのだろう?
いつしかミリアリアの話に、セリーヌは引き込まれていた。
「そしてもう一人、ヘリオポリスから脱出した友達が現れ、彼に銃を向けました。
“コーディネイターなんか、みんな死んじゃえばいいのよ”、って…。額から血を流して動けない彼を撃とうとして…気がついたら、銃の前に飛び出して、彼を庇っていました。」
「…庇った?」
ミリアリアは遠くを見るような表情で、それでも薄く微笑んだ。
「彼の言葉にカッとなってしまったのは事実です。殺してやりたい、と思う程人に憎悪を向けたのもあれが最初で最後です。でも、フレイの…彼女の言葉を聞いた時、違う、って思ったんです。」
「何が違うと言うの?恋人を殺されたんでしょう?だったら…」
そう、だったらその相手も仲間も全て殺してしまいたい。
コーディネイターなんて、みんな死に絶えてしまえばいい。
そう思っても当然ではないのか?
「確かにトールを殺したのはコーディネイターです。でも、全てのコーディネイターが悪なわけじゃない。だから、コーディネイターだから、って理由だけで相手を殺すのは違う、って思ったんです。
殺されたから殺して、殺したから殺されて。そんなのは間違ってる。
それじゃいつまでたっても終わりなんて見えない。どこかで、連鎖を断ち切らなければいけない。
あの当時はここまで自分の感情をうまく説明なんて出来なかったけど…でも私、彼を庇った事は間違いじゃなかった、って胸を張って言えます。」
カガリの琥珀色の瞳にうっすらと涙が滲む。
例の医務室事件の事は、サイやアスランから聞かされて概要だけは知っていた。
それでも、当時のミリアリアの想いを聞くのは初めてで。
そしてまさに自分がアスランに言った“殺されたから殺して、殺したから殺されて、それで本当に平和になるのか”という言葉。
それと同じ想いをミリアリアもまた感じてくれていた事に、カガリはこんな時だと言うのに胸が熱くなったのだった。
「地球軍がかつてコーディネイターに対して行った行為は本当にひどいもので、そしてそれはザフト軍側にも言える事です。キールさんが亡くなられたパナマ攻略戦もそう。
それでも、その行いを悔いて、そして本当にしなければいけない事は何かと悩みながら前に進もうとしているコーディネイターだってたくさんいる。そしてカガリのように、コーディネイターとの和平を目指して尽力しているナチュラルもいます。セリーヌさんもご存知でしょう?」
いつしか熱く語っていたミリアリアに、セリーヌは俯いていた顔を上げた。
そこにあったのは、昏く翳った瞳だった。
「それでも…何をどう尽力しても、キールは帰って来ないわ。」
ミリアリアの表情が悲しげに歪む。
「…そうです。帰ってなんて来ません。トールも、帰って来なかったから。
だけど…だけど!コーディネイターを殺して、それでキールさんやトールが帰って来たとして!彼らはその行為を喜ぶと思いますか?!」
悲鳴のような声に、セリーヌはびくりと肩を震わせた。
「ディアッカは…初めのうち、ナチュラルを見下していました。でも、オーブで解放されたあとバスターを奪取して、勝ち目の無い戦いの最中私達を守ってくれた。
彼は彼なりにたくさん悩んで、考えて!それでも私達と一緒に戦ってくれたわ。祖国や親友と敵対する事になっても、この戦争を終わらせる為にどうすればいいか、ってちゃんと自分の意思で考えてた!」
「だから…それが何だって言うの?!」
がたん、と椅子から立ち上がったセリーヌに、ミリアリアもまた同じように立ち上がり、叫んだ。
「セリーヌさんも自分の意思で考えて欲しいんです!誰かの言葉に流されるんじゃなく、もう一度自分の意思で!!」
がちん、と言う音が聞こえたかのように、セリーヌは立ち上がったまま体を強張らせた。
ノイマンに似た面差しのすっきりとした美貌は青ざめて、目を大きく見開いている。
ーーーやっぱり、根っからの悪い人なんかじゃないんだ。
そう確信したミリアリアの碧い瞳に強い力がこもった。
「キールさんの事、とても辛かったと思います。でも、そんなあなたをもしキールさんが見たらどう思うか、考えてみて下さい。」
「キール…が?」
「想像してみて下さい!自分の愛する人が、自分を想っていつまでも泣いていたらあなたはどう思いますか?
嬉しい?幸せ?そんなはず無いですよね?!本当にその人の事を愛していたらそんな風に思う訳なんて無いもの!!」
「……それでも、もう遅いのよ!!」
セリーヌの腕がデスクに置かれた書類の束を薙ぎ払う。
ばさばさと床に落ちる紙の中に不釣り合いな、小さなリモコンがあるのをミリアリアは見逃さなかった。
「確かにあなたの言う通りかもしれない。それでも、もう遅いの。
私はキールを殺したコーディネイターに復讐したいとずっと思っていた。
キールを殺した奴らに同じ思いを味合わせられれば自分はどうなっても構わないって思っていたの!
だから…あんな素性も分からない男の話にも乗ったわ。
キールがいない世界なんて、どうでもいい。自分のした事の罪の重さだって分かっている。
復讐を遂げられれば、それでいいの。自分のした事の責任は取るわ!」
セリーヌは、気付いているのだろうか。
自分が泣いている事に。
亡くなってしまった婚約者への愛情と、彼を奪ったコーディネイターへの憎しみ、そしてセリーヌ本来の心。
それらがごちゃごちゃになり、彼女の中で渦巻いているのだ、とミリアリアは思った。
トールを殺したのがアスランだと知ってしまった頃、自分もこんな顔をしていたのだろうか。
「…遅くなんて、ない。」
ぽつりと呟かれた声に、セリーヌとミリアリアははっとそちらを振り返った。
そこにはカガリが、琥珀色の瞳に強い決意の光を宿しセリーヌを見つめていた。
「お前だって分かってるんだろ?ミリアリアの話をちゃんと聞いていたならわかるはずだ!自分のしている事の愚かさを!」
「っ…今更、どうにもならないでしょう?時間は戻らない!やり直す事も、無かった事にも出来ないのよ!!」
「やり直せないなんて事はない!諦めるな!」
「な…」
カガリのきっぱりとした言葉に、セリーヌは絶句した。
セリーヌの心が抱える迷い。
ミリアリアとカガリは言葉を尽くし、必死に自分達の想いを伝え、彼女の抱える悲しみを理解しようとします。
2015,7,27up