52, すれ違い 1

 

 

 

 
イザークとアスランは、ザフト軍本部内の格納庫へとやって来ていた。
後ろには、シホとメイリン、そしてタッド・エルスマンが控えている。
 
「二人とも、体調に変化は無いかね?」
「はい。特に何も。イザークは?」
「俺も無いな。」
 
二人はディアッカとの通信を終えてすぐ、タッドとロイエンハイム達の作り上げたワクチンを接種した。
未知のワクチンを体内に取り入れた所で、コーディネイターである二人に副作用が現れるとは考えづらかったが、万が一に供えて二人の出立は接種から3時間後とされた。
そして瞬く間に時間は過ぎ、二人はノーマルスーツを身に纏いそれぞれの機体を見上げていたのだった。
 
 
「格納庫内にいるのはクライン派の整備士のみです。上層部へはジュール隊長は宙域での訓練の後ラクス様と今後について会談、ザラ隊長はジュール隊長と共に訓練に参加後、こちらに戻り待機の予定と伝えました。
情報操作は私達とバルトフェルド隊長の方で確実に行いますのでご安心を。」
 
 
シホの声にイザークは振り返り、頷いた。
「スパイの侵入の可能性は?」
「ラクス様の方でも気をつけておられるそうですので、問題ないかと思われます。
こちらでもメイリンがチェックしましたが、身元の怪しいものはおりませんでした。」
「分かった。」
二人の間に流れる雰囲気を察知し、タッドはメイリンを促すとアスランの方へと立ち去る。
 
「……私は、大丈夫ですから。」
 
薄紫の瞳で真っすぐ見上げられ、イザークは微かに目を見開いた。
「私、これでもジュール隊の副隊長ですから。自分の身は、自分で守れます。だから、イザークは自分のしたいようになさって下さい。私の事は気にせずに。」
そう言ってにっこりと微笑むシホに、イザークもまた降参、と言った様子で微笑みを返した。
そして、す、と身を屈めると触れるだけのキスをシホに送る。
 
 
「必ずミリアリアを連れ帰る。だから安心して待っていろ。」
 
 
いきなりのキスと、耳元で囁かれた言葉にシホは目を丸くする。
そして、はにかんだ笑顔で頷いた。
「無茶だけはしないで下さいね?…約束して?イザーク。」
「……善処する。」
嘘がつけない生真面目なイザークは、ふい、と目を逸らしぶっきらぼうに返事をする。
いざ戦闘になれば黙って見ている事など出来ず、常に最前線に出て戦うイザークの性格はディアッカだけでなくシホもよく知っていた。
だがあの時と今は違う。
自分を待っているのは母親であるエザリアだけではない事を、イザークもよく分かっているはずだ。
……必ず、帰って来て。私の所へ。
そう想いを込め、シホは未だそっぽを向くイザークに苦笑すると、背伸びをしてその白い頬にキスを贈った。
 
「ーーご武運を。」
 
他人の目がある場所では頑に上司と部下としての立場を崩さないはずのシホの行為に、イザークははっとその端整な顔を見下ろす。
初めて心から大切に想った、イザークの大事な恋人。
ーー例え敵が何者であろうと、俺は必ず、シホの元へ戻ってみせる。
そう心に誓い、イザークは柔らかく微笑みシホの髪をさらりと撫でると、踵を返し自らの機体へ乗り込むべく歩き出した。
 
 
 
「ミラージュコロイド生成良好。アスラン、そっちはどうだ?」
「こちらも良好だ。メイリン!ハッチを開けてもらえるか?」
『了解です!発信シークエンス開始します。あの…お二人とも、お気をつけて!』
 
 
心配そうな表情を浮かべたメイリンの飾らない言葉に、アスランとイザークはつい微笑んでいた。
「心配するな。シホのサポート、しっかり頼むぞ。」
『は、はいっ!!』
シホ以外には滅多に見せないイザークの笑顔に、メイリンはぴょこん!と頷く。
背後に立つシホが、そんなメイリンの姿に苦笑しているのが分かった。
 
 
「先に出るぞ。ジュール隊、イザーク・ジュール、出る!」
『発進、どうぞ!』
イザークの発進を見届けて、アスランはモニタ越しにメイリンに向け、一瞬柔らかく微笑んだ。
「メイリン、ありがとう。…アスラン・ザラ、ジャスティス、出る!」
『っ…発進、どうぞ!』
 
 
そうしてあっという間にふたつの機体は空の彼方へと消えて行く。
シホとメイリン、タッドは誰からともなく息をついた。
 
「メイリン?久し振りで緊張したのかしら?」
 
からかうようなシホの口調に、メイリンはぽっと顔を赤くした。
かつてほのかな憧れを抱いた相手である、アスラン・ザラ。
だが彼の心はいつだって、オーブの獅子の姫君だけのものだった。
ディアッカとミリアリアとはまた違う試練を乗り越え、ともに平和に向けて尽力する二人を、メイリンは尊敬していた。
 
 
「やっぱりカッコいいなぁ、って、ちょっとだけ…ドキッとしちゃいました。…あ、アスランさんに、ですよ?」
「…余計な事は言わないの。」
 
 
ほんのりと頬を染めたシホに、タッドはつい笑みを漏らした。
「ではAAに、隊長達の事報告しちゃいますね。…あれ?」
メイリンが訝しげな表情になり、コンソールパネルを素早く操作する。
「どうかしたのかね?」
タッドの声に、メイリンは慌てた顔で振り返った。
 
 
「……通信が繋がりません!AA一帯に強い電波干渉が起きていると思われます!」
 
 
シホの顔色がさっと変わった。
「まだ間に合うわ!隊長達に通信を開いて!この事をすぐ伝えなければ!」
「はっ、はいっ!」
宇宙に出てある程度経ってしまえば、イザーク達はミラージュコロイドを展開させ、AAへの通信を試みるはず。
どうか…お願い、間に合って!
シホは祈るように手を組み合わせ、メイリンの背中をただ見つめた。
 
 
 
***
 
 
 
ディアッカは着慣れてしまった防護服に身を包み、ロイエンハイムのいる隔離棟へ入った。
同じく防護服に身を包んだラスティも一緒だ。
 
 
「ロイエンハイムさん。お待たせしました。」
 
 
控えめな声量でディアッカが声を掛けるとロイエンハイムははっとこちらを振り返り、二人に向かい手招きをした。
そこは、病室をガラス越しに見渡せる場所だった。
 
「タッドから連絡が?」
「はい。ワクチンが完成したと。…本当にありがとうございます。」
「こんなに頭を使ったのは久方ぶりだよ。妻にばれたら笑われてしまいそうだ。」
 
にっこりと笑顔を向けられ、ディアッカは目を丸くした後くすりと笑みを浮かべた。
この剛胆な男の妻になった女性とは、一体どんな人物なのだろう。
ふとディアッカはそんな事を思った。
 
 
「見たまえ。3時間程前にワクチンを投与した兵士達だ。重篤な患者から投与させてもらった。」
 
 
はっと顔を上げると、そこには数日前、ミリアリアと通信をしている際に容態が急変した兵士が酸素マスクをつけられ、寝かされていた。
気配に気付いたのだろう、ゆっくりと目が開き、その瞳がディアッカを映し出す。
 
「リアン!」
 
思わず声を上げたディアッカに、リアンと呼ばれた兵士は目だけで微笑み、微かに腕を上げーー。
敬礼を、した。
 
 
「私はそれほど公用語が得意ではないから言葉が悪いかもしれんが…いい意味で予想外だった。
彼らは我々の予想よりもかなり早いスピードで回復している。
彼は意識が戻ってすぐ、君はどこにいるのか、と私に尋ねて来たよ。他の兵士も同様だ。
…やはり君は、ミリアリアの選んだ男だよ。彼らは何より君を信頼している。」
 
 
ロイエンハイムの言葉に、ディアッカの心が震えた。
一瞬だけ、瞳の奥が熱くなる。
だがそれを理性でねじ伏せると、ディアッカはリアンに敬礼を返し、僅かに微笑み頷いてみせた。
ほっとしたような様子でリアンが目を閉じる。
それを見届け、ディアッカはロイエンハイムに向き直った。
 
「ロイエンハイムさん。ご協力感謝します。俺が不在の間、こいつらの事…よろしくお願いします。」
「…行くのかね?」
 
ディアッカはしっかりと頷いた。
 
 
「はい。俺とラスティにワクチンの投与を。…あいつを、助けに行きます。」
 
 
ロイエンハイムはその言葉に目を細めて微笑み、スタッフにワクチンを用意するようにと指示を出した。
 
 
 
 
 
 
 
016

 

 

決して長い付き合いではないはずのディアッカと、カーペンタリアの兵士達の間に生まれていた絆。
ディアッカの努力が実を結んだ瞬間です。

 

 

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2015,6,29up