同じ目をした人 2

 

 

 

 

「ついに初陣ね、マリナ!」
元気よくかけられた声に、マリナは振り返り苦笑した。
 
「緊張しちゃうなぁ。あれだけシミュレーションをこなしたって言うのに。マリナはどう?大丈夫?」
「そりゃ実戦と機械は違うもの。大丈夫とは言えないけど…お互い、やれる事をやりましょ。」
「ええ。そうね!」
 
自分と同時期に配属されたルーキーの意気込む姿に、マリナはそっと微笑むと、緑のパイロットスーツに腕を通した。
 
 
ディアッカと体を重ねてから程なくしてマリナは適性検査を受け、MSのパイロットに選ばれた。
一介のオペレーターより危険ではあるが、万が一また戦争になるような事があった時、自分にも何か出来れば。
そう思い受けてみた結果だった。
そして、自分が想像していたよりも早く、その万が一、が起こりかねない事態となったのであった。
 
 
アーモリーワンでの機体強奪事件、そして今まさに起こっているユニウスセブンの地球への落下。
大戦以来、ここまで大きな事件は無かった事もあり、格納庫は騒然としていた。
自分が駆るのは、量産型のザクファントム。
ルーキーである自分にも、このまま行けば出撃の指示があるだろう。
そう思い、今のうちに機体のチェックを、と床を蹴る。
 
 
「おい!あんた…」
 
 
ふわりと体が浮いた所で、突然腕を強い力で掴まれマリナは驚いて振り返った。
そこには、豪奢な金髪と紫の瞳。
 
「エルスマン副官?!お久しぶりです。どうしてここに…」
 
目の前のディアッカ・エルスマンはあの時よりさらに精悍さが増していて。
だが、いつのまにか女性関係の噂は全く聞かなくなったな、などとマリナは思いながら、その端整な顔を見上げた。
何故ここにいるのかと聞かれ、パイロットになった、と告げるとディアッカは悲しみと苛立ちが混ざったような表情になった。
 
 
ああ、またーーー。
 
 
自分の向こうに誰かを重ねているであろうディアッカに、マリナはふわりと微笑んだ。
どこか諦めたように溜息をつき、ディアッカは不意にマリナの肩を掴んだ。
 
「実戦経験は?」
「いいえ。ルーキーですから、私。シミュレーションは嫌って程こなしましたけど。」
 
そう言うと、自分の肩を掴むディアッカの手に力が込められた。
 
 
「いいか。無茶はするな。死んじまったら、出来ることも出来なくなっちまう。危ないと思ったり、無理だと思ったらすぐ引くんだ。分かったな?」
 
 
そんな事を言われるとは思わなくて、マリナは目を丸くしーーもう一度、笑った。
自分を心配してくれているのか、自分に重ねている女性を想っての言葉なのかは分からないけれど。
純粋に、その気持ちと言葉が嬉しかった。
 
 
「無茶はしません。私、本来恐がりですから。いざ外に出てももしかしたら動けないかも。」
「張り切りすぎて敵の真ん前に飛び出しちまうルーキーよりいいさ。とにかく…落ち着く事だ。気をつけろよ。」
「ふふ、ありがとうございます。ほんとはちょっと緊張してたんですけど…エース級パイロット直々にそう言ってもらえて、だいぶ気が楽になりました。」
 
 
そんな事を話していると、背後から名を呼ばれディアッカはすぐ行く、と答えた。
マリナはなおも何か言いたげなディアッカに、早く行って下さい、と声をかけた。
そう言えば、副官である彼がここにいると言う事は…この人も、出撃するのだろう。
ふと尋ねてみれば、やはりディアッカもまたMSで出撃するとの事だった。
 
 
「じゃあ、どこかですれ違うかもしれませんね。…気を、つけて。」
「あんたもな。…じゃ、また。」
 
 
そう言って、ディアッカは床を蹴りマリナの元から去って行った。
それを見送り、マリナはMSの調整を確認するべくコックピットに入り込んだ。
 
 
 
***
 
 
 
連合が奪取した新型には出会う事は無かったものの、マリナの属する隊は連合の部隊と接触し、刃を交わした。
マリナも落ち着いて指示に従い、いくつかの戦果を挙げた。
ルーキーにしてはなかなかのものだろう。
周囲に注意しつつ撤退、との指示を受け、マリナはヴォルテールを目指し操縦桿を握った。
 
ふと、先程のディアッカとの会話が頭に蘇る。
自分がパイロットの適性検査を受けてみよう、と思った一番の理由。
それは、ディアッカとの会話が切欠だった。
ディアッカと体を重ねるまでの一年半、頭に靄がかかったままの状態で軍に残っていた自分。
あの時彼が、何故軍に残ったのか、と尋ねて来なければ、マリナは今でもまだあのまま一歩も前に進めていなかっただろう。
 
そしてーーー彼と再会し、対峙した時。
マリナは、リッドではなくディアッカ・エルスマンそのものを初めてきちんと見れた気がした。
斜に構えているけれど、本当はきっと優しくて、面倒見のいい人。
それが、ディアッカに抱いた印象だった。
 
いつしか、リッドは温かな思い出の中で微笑む存在となり、マリナは誰かとリッドを重ねることをしなくなっていた。
もしかしたら、あの時彼と交わした会話が、マリナの中にあった何かを崩してくれたのかもしれない。
 
 
「戻ったら…ちょっと、話してみようかな」
 
 
一般兵である自分から上官クラスのディアッカに話しかけるには勇気がいるけれど。
彼ならきっと、また甘ったるいコーヒーでも飲みながら少しくらいマリナの話を聞いてくれるかもしれない。
 
 
 
『きゃあぁ!』
 
 
 
そんな事を考えていたマリナの耳に、聞き慣れた声が飛び込んで来た。
慌ててモニタを確認すると、出撃前に会話を交わした同じルーキーの女性パイロットが被弾して動けなくなっているのが見えた。
 
どういう事?だってもう、撤退って……!?
 
急いで周囲を確認すれば、小さなデブリに隠れた連合の機体が被弾したザクに照準を合わせていた。
……まだ、あんな所に隠れていたの?!
マリナはバーニアを吹かし、連合の機体に向かい一直線に飛んだ。
『マリナ!あぶな…』
通信越しに聞こえる声。
頭では危険だと分かっていても、何も考えられないまま体は勝手に動いていて。
マリナは被弾した仲間のザクを庇うような体勢で、素早くビームライフルの照準を連合の機体に合わせる。
 
 
マリナがライフルを発射するのと、連合の機体が構えたライフルから眩しい光が放たれたのは、ほぼ同時だった。
 
 
 
 
 
『マリナ!!マリナあぁぁ!マリーーー』
 
 
体を、感じた事の無い衝撃が襲う。
背後にいるはずの同僚の悲痛な声がコックピットに響き渡り、ぷつり、と途切れた。
 
 
 
ああ、撃たれたんだ、私。
 
 
 
マリナは冷静にそう思い、操縦桿から手を離した。
かろうじて生きているモニタには、爆発する連合の機体。
「相打ち、ってやつ…?」
ぽつりと呟き、マリナはくすりと微笑んだ。
もう声も聞く事が出来ない、背後にいるはずの彼女が無事で良かった。
彼女が、ちゃんと母艦まで戻れますように。
……ルーキーにしちゃ、わたし、よくやったわよね?リッド。
コックピットから火花が散り、炎が上がる。
 
 
『いいか。無茶はするな。死んじまったら、出来ることも出来なくなっちまう。』
 
 
聞こえるはずの無いディアッカの声が聞こえた気がして、マリナはまた微笑む。
戻ったら、あの時のお礼を言わなきゃ、って思ってたのに。
どうやらそれは、叶わないようだ。
 
 
 
「……会えるといいですね。あなたの大切な人に、いつか、また。」
 
 
 
そう囁いた瞬間。
マリナの機体は足元から火を吹き、爆散した。
 
 
私は、リッドにこれでまた会う事が、出来るからーーー。
 
 
最期の瞬間、マリナの脳裏に浮かんだのは大好きなリッドの優しい笑顔と、少しだけ心配そうな表情を浮かべたディアッカ・エルスマンの顔、だった。
 
 
 
 
 
 
 
007
 
 
全2話、いかがでしたでしょうか?
マリナが最期に呟いた言葉に、書きながらうるっと来た自分は涙腺緩み過ぎでしょうか…(苦笑)
大変切ない話ではありますが、戦争をしていた(まだこのとき開戦はしていませんが)ならば
日常の中にあってもおかしくはない出来事、ですよね。
なので、ディアッカ視点の11111hitは「よくある話」というタイトルにさせて頂きました。

12345hitを無事迎える事が出来ましたのも、皆様のおかげです。
いつも応援頂き、本当にありがとうございます!
感謝の気持ちを混めて、このお話を皆様に捧げます。

 

 

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2014,2,28up