同じ目をした人 1

 

 

 

 
 

 

 

このお話はR18要素を含んでいます。

苦手な方は閲覧をお控え下さい。

閲覧は自己責任でお願い致します。

 

 

 

 

 

 

モニタに表示された『SIGNAL LOST』の表示。
マリナ・イーストウッドはその文字をじっと見つめ、視線を眼前に広がる宇宙空間へと移す。
そしてもう一度モニタに目を落とし、そこに浮かんだ文字をただじっと見つめ続けた。
 
 
後にヤキン・ドゥーエ攻防戦、と呼ばれた戦い。
今日そこに出撃したマリナの婚約者は、そのまま帰らぬ人となった。
停戦後、与えられた部屋には戻らずシャワールームに駆け込んだマリナは素早く軍服を脱ぎ捨て全裸になると、思い切りコックをひねった。
勢い良く流れ出る熱いお湯。
他の艦はどうだか知らないが、マリナの乗る艦は損傷が殆どなく、艦内での生活に支障が出る事はなかった。
その代わり、たくさんの仲間が戦死した。
大好きな婚約者ーーリッドも、そのうちの一人。
 
 
ブリッジで目にした、爆発するMSたち。
あの中の一つに、愛する婚約者が乗っていたのだ。
この戦いを止める為。プラントを守る為。
そう言っていつもと同じ柔らかい笑顔を残し、出撃して行ったマリナの大切な人。
 
 
もう、会えない。触れる事も出来ない。
ーーーだって彼は死んでしまったのだから。
 
 
戦争が終わったら結婚しようと約束していたのに。
あの優しい声を聞くことはもう出来ない。
“僕の婚約者がマリナで良かった”
そう言って微笑むあの人はもう、いない。
だって私を置いて、先に逝ってしまったのだから。
 
 
「…っく、ひく、う…」
 
 
一般兵のマリナにとって、ひとりになれる場所など戦艦内には殆ど無い。
でも、ここなら薄っぺらいカーテン越しでも、ひとりになれる。
シャワーの湯量を最大にし、水音で漏れる嗚咽を隠す。
それでも気を抜けば叫び出してしまいそうで。
唇を噛み、必死で声を殺して、マリナは熱いシャワーに打たれながら、涙が枯れるまでただ、泣いた。
 
 
 
***
 
 
 
ヤキン・ドゥーエ攻防戦から1年半。
マリナはザフトに残り、軍人を続けていた。
婚約者を亡くしたマリナを周囲の友人や両親達はひどく気遣い、当初は腫れ物に触るかのような扱いを受けたが、当のマリナは淡々と日々を過ごし、いつしか周りの扱いも普段通りに戻って行った。
 
だがマリナは、まだリッドだけを愛していた。
誰を見ても、その向こうに彼の姿が見える。
思えば、少しずつおかしくなっていたのかもしれない。
リッド以外の何にも興味が持てない。
婚姻統制に則り、自分と遺伝子的に適合率の高い男性も何人か紹介されたが、マリナは決して会おうとしなかった。
両親も、マリナのそんな姿を見て無理強いする事は諦めたのか、ここ最近はそう言った話も出ていなかった。
 
 
「また、テロがあったんだ…」
 
 
もうすぐでシフト交代、という僅かな時間、ぼんやりと端末をチェックしていたマリナはぽつりと呟いた。
戦争が終わっても、ナチュラルへの嫌悪や憎悪が簡単に消える訳ではない。
前議長の遺志を継ぐもの達は未だプラントに一定数存在し、度々小さなテロやデモなどを起こしていた。
かつてMSを駆って戦った猛者達も、今は白兵戦が主な任務だ。
オペレーターであったマリナなどは、専ら書類仕事に追われる毎日だった。
 
「マリナ!お待たせ。交代するわ。」
「うん。ありがとう。」
「お疲れさま。ちゃんと仮眠とるのよ?マリナってば最近休みも取ってないでしょ?」
「うーん…特に予定もないし、ぼんやりしてるくらいなら働いてた方がいいしね。お給料もそれだけ貰えるし。」
「ふふ、意外としっかり者よね、マリナって。」
 
交代の為に現れた同僚とそんな会話を交わし、周囲に挨拶をするとマリナは執務室を後にした。
本部内は空気が乾燥しているのか、喉が渇く。
何か飲みながら帰ろうかな。
そんな事を思って前を向いたマリナの目に、休憩ブースの灯りが飛び込んで来た。
 
 
 
誰もいないと思っていたマリナは、ブースの奥にひとり座る緑服の兵士に気付き、ぺこりと頭を下げ自販機に視線を移した。
そこにいたのは、アメジストのような紫の瞳に、癖のある豪奢な金髪。
長い足を組んでゆったりとスツールに腰掛け、コーヒーを口に運んでいるのは、ザフトではある意味とても有名な男。
ジュール隊の副官、ディアッカ・エルスマン、だった。
 
 
数いるコーディネイターの中でも群を抜いたその容姿とスマートな所作。甘いと称される声。
そして、華やかな女性遍歴。
マリナも噂だけは知っていたが、実際相対するのは初めてで。
確かに、顔もいいし噂もあながち真実なのかもね、と思ったマリナだったが、ふと視線を感じ振り返ると紫の瞳が自分を射抜くように見つめていた。
 
 
「ここのコーヒー、ちょっと甘すぎじゃない?」
 
 
初めて聞いた彼の声も気怠げな笑顔も、確かに噂通り、とても甘いものだった。
 
 
 
***
 
 
 
どうして、私はこんな所でこんな事をしているんだろう。
誘われるまま頷き、手を引かれて本部の寮にあるディアッカの部屋に連れ込まれたマリナは、ぼんやりとそんな事を考えていた。
 
「なに?緊張してんの?」
 
くす、と笑いながら耳元で囁かれた言葉に、マリナは黙って首を振った。
「そ。ならいいけど。…せっかくだし、楽しもうぜ?お互い。」
あっという間に軍服もそれ以外も全て脱がされ、ベッドに押し倒される。
気付けば目の前のディアッカもアンダーと下着だけの姿になっていた。
 
大きな体に組み敷かれ、マリナはぼんやりとディアッカを見上げる。
薄明かりの下、紫の瞳に晒された自分がひどく無防備に思えて。
そこで初めて羞恥を覚えたマリナは、思わずディアッカから目を逸らした。
 
 
マリナは、リッド以外に体を許した事が無かった。
だから、彼がいなくなって、もうそう言った行為は自分に縁がないものと思っていた。
リッドを今でもこんなに愛している自分が、リッド以外に体を許すなんてあり得ないのだから。
 
 
………なのに、どうして?
 
 
「コレ。このまんまでいいの?」
不意に落とされた言葉に、マリナはまたぼんやりとディアッカを見上げた。
自分を見下ろすディアッカの瞳。
アメジスト色のそれに映っているのは、自分。
だがその瞬間、唐突にマリナは気付いてしまった。
 
 
 
このひとは、わたしを、見ていない。
このひとも、わたしと、おなじーーー。
 
 
 
「…ごめんなさい、邪魔ですよね。ちょっと待って、すぐ取りますから。」
チェーンに通し、肌身離さず身につけていた、リッドがくれた指輪。
マリナは素早くそれを外すと、無くさないようそっとベッドの脇にあった棚に置いた。
 
 
リッドとは違う手の動き、熱い唇。
恥ずかしくて堪えていた声も、もう我慢の限界で。
熱い楔に貫かれながらマリナは高い嬌声を上げる。
最初は少しだけ痛みを感じたけれど、丁寧な愛撫で充分過ぎるほど潤った場所は、リッドのものとは全く違うそれをしっかりと受け入れていた。
「ん、んあ、んぅ!」
激しく攻められながら唇を塞がれ、マリナはくぐもった嬌声を上げる。
たまらず逞しい背中に腕を回し、必死にしがみつくと唇が解放された。
マリナは閉じていた目を開ける。
目の前には、密着していた体を起こしたディアッカの、顔。
 
 
やっぱり、わたしと、おなじ。
 
 
ディアッカの紫の視線は、マリナにじっと注がれている。
でも、マリナには分かった。
その視線は自分ではなく、自分を通して他の誰かを見ている、と。
そしてマリナ自身も、ディアッカを見上げながら、彼の事を見てはいなかった。
 
「……きもち、いい?」
 
掠れた甘い声で囁かれると同時により深く突き上げられ、マリナは悲鳴のような嬌声を上げた。
「あ、ああ、待って…いや…あああ!」
さらに激しく責められ、マリナは答える事など到底出来ないままただ翻弄される。
最もディアッカの方も、はなから答えなど求めていなかったのかもしれない。
 
 
この人は、自分ではなく他の誰かを自分に投影している。
私も、この人にリッドを投影している。
だって、私達はーーー同じ目をしている、から。
 
 
まるで、傷の舐め合いだとマリナは思った。
互いに想う相手は別の人。
互いを、それぞれに想う相手に見立てての、代償行為。
 
 
頭の片隅で冷静にそんな事を考えながらも、与えられる快感に体だけは素直に反応して。
「いや…も、やめ…あ、ああ、あ…!」
マリナはあっという間に高みに押し上げられ、果てた。
 
 
***
 
 
あの時と同じように最大にした湯量でシャワーに打たれながら、マリアはそっと胸元にある指輪をすくい取った。
華奢な細工の指輪は、リッドと一緒に選んだもの。
ヤキンで最後に言葉を交わしたときも、彼は指輪を着けていた。
だから正しくは“形見”ではないのだけれどーーー遺体どころか機体すら回収出来なかったのだから、実質これが形見と言ってもいいだろう。
 
今でも彼だけを愛しているのに、なぜこんなことをしてしまったのか自分でもわからなかった。
容姿も声も、喋り方も、仕草だって何一つリッドとあの人は似ていないのに。
自分と同じように、ここにはいない誰かに焦がれ、目の前にいるものを通してその誰かを見ている。
そう直感で感じ、誘われるまま体を重ねた。
自分と同じ目をしたディアッカが気になった。
だから、問われるがままにリッドの事、指輪の事も話した。
絶句するディアッカの顔を思い出し、マリナはきゅ、とシャワーのコックを捻って湯を止めた。
 
 
「直感、なんて…都合のいい、言葉よね」
 
 
お互い様なのかもしれないけれど、彼を利用してしまった気がして。
自嘲するように呟き、マリナはバスルームを後にした。
 
 
 
 
マリナは黙々と、床に散らばったままの衣類を身に着けた。
元々メイクもほとんどしていないし、癖の無い髪は軽く乾かしブラッシングするだけでいつも通りに収まった。
ディアッカが濡れた髪を拭きながら部屋に戻る頃、マリナはすっかり身支度を整えていた。
少しだけ意外そうに自分を眺めるディアッカに、マリナは気付けば本当の想いを吐露していた。
 
彼としか経験が無いこと。
ディアッカに、死んでしまった恋人を重ねていたこと。
 
どこか切なげな表情でマリナの言葉を聞いていたディアッカに、なぜザフトに残ったのかと尋ねられ、今度はマリナが目を丸くした。
 
 
自分がザフトに、残った理由ーーー?
 
 
今までは、ただリッドがそこにいたから、それだけの理由でここに留まって来たつもりだった。
だが、ディアッカのシンプルな問いに、それだけじゃない、と頭の中で声が聞こえた気がして。
マリナの頭の中でかちゃかちゃと思考が組み上がって行った。
そして。
 
 
「私みたいな思いをする人が、いなくなればいい。そう思ったからです。」
 
 
気付けばそう、返事をしていた。
そして、自分の口にした言葉に内心驚きーーーすとん、と何かが腑に落ちた気がした。
 
リッドを失った悲しみは、小さくなる事はあっても一生消える事は無いだろう。
こんな想いを抱えながら生きるのは、ひとりでも少ない方がいい。
そして彼は、あの戦いを終わらせる為に、MSを駆り戦場へ飛び出し、帰らぬ人となった。
 
両親や友人達に除隊や休職を奨められても頑なに固辞したのは、彼の遺志を継ぎたかったから。
もう戦争が起きなければ、こんな思いをする人も出て来ないはず。
こんな悲しい、自分のような思いをする人々が一人でも減ればいい、と思ったから。
だから、わたしはーーー。
 
漠然としていた自分の思いを唐突に自覚し、麻痺していた何かが一気に動き出した気がして、マリナは少しだけ混乱し、口ごもった。
 
 
「…いや。おかしいなんて、思わない。」
「え?」
 
 
甘ったれた綺麗事、と馬鹿にされても仕方ない、とさえ思っていたのに、自分をじっと見つめるディアッカの目は、とても優しくて。
マリナはふと我に返り、急に恥ずかしくなって頬を赤らめた。
 
 
 
シフト交代の時間、と嘘をついてディアッカの部屋を出たマリナは、ゆっくりと自分の住む部屋へと向かい歩いていた。
帰り際のディアッカの言葉。
 
ーー俺も、あんたに別の女を重ねてたーー
 
どこかすまなそうな顔でそう告げたディアッカに、マリナは感じたまま素直に、そんな気がしていた、と答えた。
ディアッカ・エルスマンはきっと普段は、あんな風に女を抱く事などしないだろう。
自分に重ねていたと言う女性は、彼の想い人だろうか?
リッドと同じように、戦争の犠牲になってしまったのか、それともどこかで生きているのか。
どちらにせよ、彼はその人の事が忘れられないのだろう。
そして、とても深くその人の事を想っているのだろう。
 
しゃら、とマリナは胸元から指輪を引っ張り出し、そっと空に掲げた。
 
 
「…もう、あんなことはしないから。許してね、リッド。」
 
 
ディアッカと体を重ねた事により気付いた、自分の中にある思い。
それはこの先、マリナの運命を大きく変えるものになる。
やっと、一歩前に進める。
マリナは、そんな気がしてぎゅっと指輪を握りしめた。
 
 
 
 
 
 
 
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12345hit御礼小説は、11111hitのマリナ視点です。
全2話となります。
代償行為である事に気付かないふりをしたディアッカと、素直にそれを認め、受け入れたマリナ。
同じ行為をしていても、男より女の方が、現実を見ているのかもしれません。
そしてディアッカの言葉が切欠となり、マリナの止まった時間が動き始めます。

 

 

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