よくある話 2

 

 

 

 
それ以来、軍本部でたまにディアッカはマリナの姿を見かけたが、互いに声をかける事は無かった。
適当な遊び相手達とはどこか違う女。
ディアッカの中でマリナはそんな位置づけであったが、とある出来事を切欠に女遊びをぴたりとやめた事もあり、いつしか任務に追われマリナの事を思い出す事もあまり無くなって行った。
そしてジュール隊がプラント宙域での防衛任務に就き、ヴォルテールで宇宙へ上がる頃にはその存在すらもディアッカの中ではすっかり記憶の片隅に追いやられていたのだった。
 
 
 
「おい!ガナーの準備はどうなってる?」
ヴォルテールの格納庫に足を踏み入れたディアッカは、近くにいた整備士に声をかけ自分の機体の状態を確認した。
アーモリーワンで強奪された機体の出現、そしてユニウスセブンが安定軌道から外れこのままでは地球に落下するーー。
降って湧いたような大事件に、格納庫は騒然としていた。
自分と同じように機体の調整度合いを確認する者、既にパイロットスーツに着替えている者。
有事という事もあり、ヴォルテールはジュール隊以外にもいくつかの隊の隊員が乗艦しており、見慣れぬ兵士達も多い。
と、ディアッカの目に緑のパイロットスーツを纏った小さな女の姿が飛び込んで来た。
 
 
「……マリナ・イーストウッド?」
 
 
ディアッカは床を蹴り、忙しそうに動き回るマリナの元へ飛んで行った。
「おい!あんた…」
腕を掴んでそう声を掛けると、マリナは驚いた表情でディアッカを見上げた。
 
 
「エルスマン副官?!お久しぶりです。どうしてここに…」
「それはこっちの台詞だっつーの!あんた確か、オペレーターって…」
驚きを隠せないディアッカの言葉に、マリナはいつかのようにふわりと笑った。
「…あれから、適性検査、受けてみたんです。パイロットの。そうしたら、思いのほか好成績で適性も充分あるって事で…転属、しちゃいました。」
「な…」
 
 
オペレーターならば艦内での職務が主だし、いざとなれば脱出艇で逃げるチャンスもある。
なのになぜ、わざわざ恋人が命を散らせた最前線に?!
 
「あんた…いくら適性があるって言っても、シミュレーターと実戦じゃ訳が違うんだぞ?
目の前に敵がいて、一瞬の油断や気の緩みがそのまま死に繋がるんだ。分かってんのか?」
「分かってます。…それでも、自分に出来ることを見つけたんです、私。
彼の仇を討ちたい訳じゃない。また戦争になったら、第二、第三の私が生まれてしまう。それを止めたいんです。」
ディアッカを見上げる青い瞳に力がこもった。
 
 
『私だって、私のやり方で戦いたいのよ!』
 
 
涙をいっぱいに溜めた碧い瞳が、マリナのそれと重なる。
ディアッカは、ひとつ溜息をつくとパイロットスーツに包まれたマリナの小さな肩に手をかけた。
「実戦経験は?」
「いいえ。ルーキーですから、私。シミュレーションは嫌って程こなしましたけど。」
シミュレーションと実戦は、思っている以上に違う。
だがそれは、マリナにも充分分かっている事だろう。
 
 
「いいか。無茶はするな。死んじまったら、出来ることも出来なくなっちまう。危ないと思ったり、無理だと思ったらすぐ引くんだ。分かったな?」
 
 
マリナは少しだけ目を丸くしーーにっこりと笑って頷いた。
 
「無茶はしません。私、本来恐がりですから。いざ外に出てももしかしたら動けないかも。」
「張り切りすぎて敵の真ん前に飛び出しちまうルーキーよりいいさ。とにかく…落ち着く事だ。気をつけろよ。」
「ふふ、ありがとうございます。ほんとはちょっと緊張してたんですけど…歴戦のパイロット直々にそう言ってもらえて、だいぶ気が楽になりました。」
 
“あいつ”とは違う笑顔。
だが、その瞳に宿る光はとても良く似ていて。
なおも言葉をかけようとしたディアッカだったが、整備士からイザークが探している、と声をかけられた。
「ブリッジだろう?すぐ戻る!」
それだけ返事をして、マリナに向き直ると、早く行って下さい、と声をかけられた。
 
 
「エルスマン副官も出られるんですか?」
「まぁな。イザークの事だから、そうなると思う。」
 
 
直情型の親友が、この状況でおとなしくしているはずが無い。
きっとイザークと共に出撃する事になる。
そう思ってディアッカは事前に格納庫を訪れていたのだった。
 
 
「じゃあ、どこかですれ違うかもしれませんね。…気を、つけて。」
「あんたもな。…じゃ、また。」
 
 
少しだけ名残惜しい気持ちを胸にしまい、ディアッカは床を蹴りマリナの元を離れた。
後ろを振り返る事は、しなかったーーー。
 
 
 
***
 
 
 
イザークに了承を得て自室に戻る途中、ディアッカは休憩ブースで泣いている女性兵を見かけた。
傍にはもうひとり、友人らしき女性兵がつき、パイロットスーツのまま涙する女性兵を慰めている。
 
 
「私が…焦ってあんな所で止まっちゃったのよ。それをマリナが…。」
 
 
飛び込んで来た言葉に、ディアッカはぴた、と足を止めた。
 
「私を庇ったりしなければ、マリナは死ななかった!マリナはちゃんと隊長の指示に従ってたのに、私が動けなくなったせいで…!私のせいなの!!私の…!!」
 
そうして泣き崩れる女性兵を、もう一人の女性兵が黙って抱き締める。
「マリナ…ごめんねマリナ…」
しゃくりあげる女性兵の背中を黙って撫で続けるもう一人の女性兵の目からも、ぽたり、と涙が落ちた。
 
ディアッカは震える拳をぎゅっと握りしめ、再び部屋に向かって歩き出した。
 
 
 
 
しゅん、とドアの閉じる音が静かな部屋に響き、ディアッカは厳重にロックを施すと固いベッドに勢いよく倒れ込んだ。
 
イザークから渡された書類は、ブレイク・ザ・ワールド事件の戦死者リスト。
その中に、『マリナ・イーストウッド』の文字を見つけたディアッカは、一瞬息が止まった。
 
 
ルーキーの被弾率、死亡率は、経験を積んだパイロットよりも高い。
それはMSのパイロットならば誰でも知っている事だった。
残酷だがそれが現実で、よくある話、と言えばそれまで。
だが、今のディアッカがそれをすんなりと受け入れられるかどうかは別の問題で。
イザークの前では平静を装ったが、それももう限界だった。
 
 
つい数時間前、言葉を交わしたマリナはもう、いない。
初めて声をかけた時のどこか寂しげな表情、体を重ねた後、恋人の死と軍に残った理由を語った時の言葉、そしてつい先程目にしたばかりの、笑顔ーーー。
 
 
 
「………死んじまったら、おしまいじゃねーか!!」
だん!という音とともに、壁に打ち付けた拳に痛みが走る。
 
 
 
マリナは死んでしまった。
ディアッカは知らないけれど、彼女はきっと、真面目で優しい女だったのだろう。
味方を庇ったと言う事は、ディアッカの助言通り無理をせず、落ち着いて自分に出来ることをしていたのだろう。
だからこそ周囲に目を向ける余裕もあり、味方の危機を察知しそこへ飛び出して行ったのだ。
あれだけ、気をつけろと言ったのに。
死んでしまったら、出来ることも出来なくなると言ったのに。
また戦争になったら第二、第三の私が生まれる。それを止めたい、と言っていたくせにーー!
 
 
「…人の事庇う前に、なんでもっと自分を大事にしねぇんだよ…馬鹿野郎…」
 
 
そんな所も似ている気がして、ディアッカは混迷を極めているであろう地球へと思いを馳せる。
 
 
ーーもう二度と会えないかもしれないのよ?なくしてからじゃ、遅いのよ?ーー
 
 
ブリーフィング前、展望室でシホに言われた言葉が、ぐるぐると頭の中を回った。
格納庫でマリナに言われた言葉と、かつてヤキンでの出撃前に“あいつ”から言われた言葉がぴたりと重なる。
 
ーー気を、つけて。
 
「お前こそ…気をつけろよ、ミリアリア。……死ぬなよ。」
 
先程壁を殴りつけた拳がじんじんと痛む。
まるで、自分自身の心のように。
 
 
ディアッカはベッドに仰向けになり、腕を顔に乗せ目を閉じる。
そうして、まさに今、混乱の真っ只中にいるであろう少女ーーミリアリアの無事と、儚く命を散らせたマリナの冥福を、ただ祈った。
 
 
 
 
 
 
 
007

ミリアリアへの想いを心の奥底にしまったままのディアッカが出会った、マリナ。

マリナのひたむきさ、強さ、そして優しさがミリアリアと重なり、頑になっていた

ディアッカの心に何かしらの一石を投じた事は間違いないでしょう。

この後終戦後、ミリアリアとディアッカは再会し今に至る訳ですが、こんな出来事も

あったんだよ、というエピソードを書きたくてこちらを御礼小説とさせて頂きました。

ちょっぴり切なくて悲しいお話ですが、読み手である皆様の感じた事なども教えて

頂ければ書き手としては幸せの極みです。

 

いつも当サイトに足をお運び頂き、本当にありがとうございます!

これからも二人の物語は続いて行きます。

二人の幸せを願いながら、ゆっくりではありますがお話を作り続けて参りますので

今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

 

 

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