よくある話 1

 
 

 

 

このお話はR15要素を含んでいます。

苦手な方は閲覧をお控え下さい。

閲覧は自己責任でお願い致します。

 

 

 
 

 

 

  

 

 
ブレイク・ザ・ワールドと後に呼ばれた事件が起きてすぐ後。
ブリーフィングルームで、自分が渡した書類に目を通していたディアッカの肩が僅かに揺れ、ぎゅっと拳が握りしめられた事をイザークは見逃さなかった。
 
「…ディアッカ?」
 
はっと我に返ったように顔を上げたディアッカは、瞬時にいつも通りの表情を取り戻す。
「なに?」
「いや…どうかしたか?」
「別に?つーかさっきのでこんだけやられちまったって事は、あっちのパイロットも相当な手練ってことだよな。」
「まぁ…そうだな。強奪したばかりの機体をあの短時間で乗りこなす程の腕前、である事は確かだな。」
「悪い意味じゃねぇけど、ナチュラルにしちゃおかしくねぇか?…地球軍は、何を考えてんだかねぇ…」
 
そう言って肩を竦めるディアッカは、不自然な程にいつも通りで。
疲れたから先に部屋へ戻る、と早々に出て行く副官を、イザークは腑に落ちない思いで見送った。
 
 
 
***
 
 
 
時は遡り、先の大戦から一年半程経った頃。
まさに今、自分の体の下に組み敷いた女の首筋に唇を触れさせようとしていたディアッカは、細い銀のチェーンと、その先に通された華奢な細工の指輪に気付き、長い指でそっとその鎖をなぞった。
 
「コレ。このまんまでいいの?」
 
からかうようにそう問いかけると、女はどこかぼんやりとディアッカを見上げ、小さな手をそっと指輪に這わせた。
「…ごめんなさい、邪魔ですよね。ちょっと待って、すぐ取りますから。」
そう言って女は慣れた手つきでネックレスを外し、しゃらりとベッド脇の棚にそれを置く。
婚約者でもいるのか?
ディアッカはぼんやりとその指輪を眺めたが、すぐにどうでも良くなり女の体に手を伸ばした。
 
 
知り合ったのは、1時間程前。
軍部内の休憩室で、残業の合間にコーヒーを飲んでいたディアッカの前にふらりと現れた、黒髪に大きな青い瞳の一般女性兵。
肩より少し下で切り揃えられたまっすぐな髪と、自分の知っている碧い瞳と違うようでどこか似ている、吸い込まれそうな大きな瞳。
自分を見ていたディアッカの視線に気付き、ぺこりと軽くお辞儀をして背を向けるその姿から、何故かディアッカは視線を外せなかった。
華奢な肩、薄い背中。細い手首。
気付けばディアッカは女性兵に声をかけていた。
 
 
 
「…あ、はぁっ…」
いつも適当に引っ掛けている女とは違う、必死で声を押し殺す仕草。
普段なら女に主導権を渡して好きにやらせるディアッカだったが、なぜか今日に限っては自分から女に愛撫を施していた。
 
なに、やってんだ?俺。
 
女なんて、人肌が恋しい時にちょっと声をかければ簡単について来て。
耳元で二言三言それらしい言葉を囁けば、後は勝手にディアッカの欲求を解消してくれる。
そうして、終わったらまた適当に甘い言葉の一つや二つをくれてやればいい。
 
 
こんな風に女に触れたのは、いつ位ぶりだろう?
ディアッカの脳裏に、シーツに散らばる茶色い髪と潤んだ碧い瞳が浮かび上がる。
素直に声を上げればいいのに、いつも恥ずかしがって声を押し殺していた、あいつ。
それでもだんだん体が蕩けて行くうちに、感じるままに声を上げるその様がかわいくて、愛おしくて。
 
 
あいつが喜ぶなら、何でもしてやりたいと思っていた。
出来ることなら傍にいて、守ってやりたかった。
でも、それはもう叶わない望みーーー。
 
 
いつしか目の前の女と“あいつ”を重ねてしまっている自分に、ディアッカは気付かないふりをする事に決めた。
ーーーいつもの、気まぐれ。その方が、俺らしい。
細い足を割り開き、長い指をそこに忍び込ませると女の背中がびくりと跳ね、押さえきれない嬌声が上がった。
 
 
 
「…だいじょぶ?」
情事の後の気怠い空気。
ディアッカは行儀悪くベッドに寝転んだまま煙草に火をつけ、隣に横たわる女に問いかけた。
「…はい」
短く返事をする女の声が少しだけ掠れているのは、つい先程まで散々上げさせられていた甘い声の結果だろう。
気怠げに女が手を伸ばし、先程外したネックレスを手に取り指輪をぎゅっと握りしめる。
 
「…なぁ。それ、カレシとか婚約者に貰ったもん?」
 
そう口にした後、下世話な問いかけだったかとディアッカは内心舌打ちした。
こんな事を気にするなんて、まるで嫉妬しているようではないか!
気付かないふりをしていたはずの感情が零れ落ちてしまった事に、ディアッカは微かな苛立ちを覚えたが、こちらに背を向けたままの女が発した言葉にその感情は吹き飛んだ。
 
「…はい。形見、に、なるのかな?」
「…は?」
「ヤキンで、戦死したんです。私の恋人。」
 
絶句するディアッカに、女は振り返ってふわりと笑い、先にシャワーお借りしますね、と浴室へと消えて行った。
 
 
 
ディアッカがシャワーをすませて部屋に戻ると、女は既に軍服に身を包んでいた。
いつもの女達なら、自分の裸体を見せつけるかのようにベッドに横たわっているのに。
彼女のそんなところも、地球にいるはずの“あいつ”を連想させて、ディアッカはがしがしとタオルで濡れた髪を拭いその面影を追いやった。
 
「…ごめんなさい。」
「は?」
 
女の口から飛び出した予想外過ぎる言葉に、ディアッカはぽかんとその大きな青い瞳を見つめた。
 
「私…その、彼しか知らなくて…こういう事に慣れてなくて…つまらなかったんじゃないですか?」
「へ?あ、いや…」
「それに…私、あなたをちゃんと見ていなかった。あなたを通して、彼を見ていたの、きっと。」
 
女の素直な言葉に、いつもは饒舌なはずのディアッカは言葉に詰まる。
 
 
ーーーそれは、こっちだって同じだ。
 
 
その青い瞳にあいつの碧を重ねた。
途切れ途切れの嬌声に、あいつのか細くて甘い声を重ねた。
似ているようで、似ている所など無いはずなのに。
 
「…別に、気にしてねぇよ。」
やっとのことでそれだけ返事をし、濡れたタオルをソファに投げ捨てる。
女は、無意識なのだろうか、軍服の上から首にかかったネックレスをそっとなぞっていた。
 
 
「あんた…大戦時からザフトにいたのか?」
女が顔を上げ、ディアッカを見た。
「はい。ただのオペレーターのひとり、でしたけど。彼はMSのパイロットでした。」
オペレーター、という言葉にディアッカの心臓がどくん、と音を立てる。
「ふぅん…。なんで、軍に残ったんだよ?」
戦争で恋人をーー大切な人を無くしたのなら、そのまま軍を去ってもおかしくはない。
実際に敵の姿を目にし、最前線で刃を交えるパイロットならともかく、オペレーターなどの後方支援を主としている者程、そう言った理由で軍を去る者は多かった。
 
 
「私みたいな思いをする人が、いなくなればいい。そう思ったからです。」
 
 
どく、ん。
ディアッカの心臓が、また音を立てた。
 
 
「彼を殺した戦争が再び起こらないように、って思ったから。
ただの民間人に戻るより、私みたいな一般兵でもここにいれば何か出来ることがあるかもしれない。
だから、ザフトに残りました。…おかしい、ですか?」
 
 
黙り込んでしまったディアッカをどう思ったのか、女の声はだんだん小さくなって行く。
 
「…いや。おかしいなんて、思わない。」
「え?」
 
きょとんと目を丸くするその表情が、茶色い跳ね毛の少女と重なる。
もうディアッカは、その姿を脳裏から消す事は出来なかった。
 
 
この女と“あいつ”の似ている所ーーーそれは、身に纏う空気。
だからディアッカは、無意識のうちに女に声をかけたのだ。
そして、今はもう手の届かないあいつを女に重ね、抱いた。
心の奥底に閉じ込めて蓋をしている想いをあいつにぶつけるかのように、優しく、そして激しく。
 
 
「…私、そろそろ戻らないと。シフト交代の時間なんです。」
「ああ。そうだな。」
「あの。…ありがとう、ございました。」
「…こちらこそ。」
 
 
あんな行為の後で言う言葉でもなければ、聞く言葉でもない。
恥ずかしそうに自分を見つめる女に、ディアッカはつい、本音を口にしていた。
 
「正直に言うとさ。俺も…あんたに別の女を重ねてた。」
「ーーそんな気が、してました。」
「え」
「だって…噂とは違いましたから。強引でもなければ、荒々しくもない。あなたは…優しかったわ。」
 
ぽかんとするディアッカがおかしかったのか、女はふわりと笑みを漏らした。
その笑顔は、どこか柔らかくて、暖かい陽の光のようで。
ディアッカもつられるように、くすりと微笑む。
 
 
「あんた、名前は?」
「…マリナ・イーストウッドです。では、失礼します。エルスマン副官。」
 
 
女ーーマリナは律儀に一礼し、綺麗な黒髪をさらりと靡かせそのまま去って行った。
 
 
 
 
 
 
 
007

11111hit御礼小噺になります。

9999、10000hitより先のupとなってしまいますが、前者は

リクエストを頂き鋭意製作中、10000hitは中編を予定している為

このような形となりました。

2222hit御礼小説「Compensatory behaviors」から拍手小噺「それでも

どうしようもなく君を」の直後までを描いたディアッカ中心のお話です。

全2話となりますが、皆様にお楽しみ頂ければ幸いです!

 

 

次へ  text

2015,1,31up