あなたのために 2

 

 

 

 

ディアッカは医務室のベッドに横たわり、頭の後ろで手を組みながらぼんやりと天井を眺めていた。
打ち所が良くなかったのか情けなくも昏倒などしてしまったが、自分は緻密なコーディネイトのお陰で高い身体能力を有している。
よって、覚醒したあとは特に後遺症もなく、その気になればすぐにでも自室に戻れる程度には充分回復していた。
 
 
目が覚めたらミリアリアがいて。
ぼろぼろと泣いていて。
いつもは人目につかないとこで泣くくせに、何やってるんだ?と思い、声を掛けた。
無意識に伸ばした手を、握り返されて。
名前を呼ばれ、何故か心に安堵感が広がり……同時に、切なくなった。
泣いている顔を見ているだけで、胸が痛くなった。
だから、聞いたのだ。
死んでしまった彼氏を思い出して泣いているのか、と。
 
返って来たのは、底抜けの馬鹿、と言う罵倒の言葉だった。
 
 
何を言われているのかいまいち最初は分からなくて、さらにひどく泣かせてしまった事に気付いたのはミリアリアが走り去ったあとの事だった。
すぐさま追いかけるべきだった、と今になって思うが、覚醒して間もないディアッカの頭と体は今ひとつ回転が鈍くて。
天井を見つめながら記憶を手繰ってここに至るまでの経緯を思い出し、そしてミリアリアの涙と言葉の意味を考えていたら、やって来たのはサイ・アーガイルだった。
体を気遣う彼に礼を言って事情を説明し、自分の代わりにミリアリアを探し出して、声を掛けてやって欲しい、と頼んだ。
それは、トールを想い涙する彼女に、いつもなら自分がしていること。
だが、あんな風に拒絶され、余計に泣かせてしまったとあっては、さすがのディアッカもどんな顔で彼女の前に立てばいいかわからなかった。
それでも、彼女が無事で良かった、と心から安堵してしまう自分はやっぱり底抜けの馬鹿、なのかも知れない。
 
「部屋、戻っとくかな…」
 
ここでぼんやりしていても仕方がない。
とにかくミリアリアは、無事だったのだ。
立ち入り禁止になっていたはずの格納庫にミリアリアの姿を見つけ、無我夢中で飛び出した挙句、まさか無様にも昏倒してしまうなんて、とディアッカは溜息をついた。
余程、焦っていたんだなと実感する。
それでも、ミリアリアが無事ならそれでいい。
今日はさすがにもう顔を合わす事もないだろうし、きっとサイがうまくやってくれているだろうから、大丈夫な、はずーーー。
そう思って体を起こしたディアッカの耳に突然、しゅん!と言う空気音が飛び込んで来た。
 
 
「……え」
 
 
そちらへ顔を向け、思わず間抜けな声が漏れる。
扉の前には、泣きはらした顔で、それでも肩で息をするミリアリアが、立っていた。
 
 
「………あんた、なにしてんのよ」
「へ?」
「どこ行くつもり?」
「あ、えっと、いや」
「なによ?」
「あの、あー、へ、部屋に戻ろうかな、なんて思ったりして…」
 
 
狼狽えながらもへらり、と笑うディアッカをきっ、と睨みながら、ミリアリアはずかずかとベッドまで近づき、ぴたりとそこで立ち止まる。
きょとんとするディアッカの顔を見下ろしながら、ミリアリアは乱れた息を整えるべく深呼吸をした。
 
 
「……どうして、あんな無茶してまで私を庇うのよ?
いくらコーディネイターだって、打ち所が悪ければ死んじゃうかもしれないのよ?
私が怪我した所でたいした支障はないけど、あんたが怪我なんてしたら大変なの。嫌なの。
放っておいてくれれば良かったのに…なんで…なんでこんなに私が、あんたのこと心配しなきゃいけないのよ…っ!」
 
 
ぶわり、と浮かんだ涙は、あっという間に零れ、ミリアリアの頬を流れ落ちる。
自分は、狡い。
口汚い言葉で本心を隠し、そのくせ彼に自分の言葉を裏を読み取って欲しいと心のどこかで願っている。
そんな自分が情けなくて、素直になれない自分が悔しくて、ミリアリアはただ泣く事しか出来なかった。
 
 
「しん、ぱい…?」
「そうよっ!!し、心配でっ…おかしくなりそうで…トールの事が頭から抜け落ちるくらい、不安でっ!!
それなのにあんた、いきなりトールの名前なんて出して来て!でもそれで、トールの事思い出して…っ!
い、色々と矛盾してるのは分かってる、け…ど…」
 
 
ひどく泣いていた上に、展望室から医務室まで走って来たせいで胸が苦しくて、言葉の途中で息継ぎをする。
だから、伸びて来た手に腕を引かれ、そっと胸に抱き込まれても、ミリアリアは何一つ反応出来なかった。
温かな体温を感じ、怖いくらいの安心感に包まれてしまったから。
 
「ごめん。泣かせて。」
「っ…!べ、べつ、に…」
「ちがう、って言われた時に気付くべきだったよなー。…ああもう、一生の不覚だ。」
「ひ、くっ…何が、よ?」
「なぁ、勘違いだったらはっきりそう言っちゃって欲しいんだけどさ。」
 
抱き締められた腕に少しだけ力がこもり、大きな手がミリアリアの頭をゆっくりと撫でる。
言い返す言葉も見つからず、ミリアリアは小さくしゃくり上げながらディアッカの言葉を待った。
 
 
 
「さっき。…俺の為に、泣いてくれてた?」
 
 
 
落ちて来た言葉に、ミリアリアはひく、と息を飲む。
トールの名前を出されて初めて、自分が大切な彼の事を忘れるくらい、この男の事を心配していた事実に気付いた。
あんなに心配したのに、肝心のこいつはちっとも理解してなくて。
これほどまでに身を案じていた事に気付いてもらえなかったのが悔しくて。
そして、トールを忘れられないでいるくせに、都合良くディアッカに甘えてしまう自分が恥ずかしくて、ひどい罪悪感に襲われて。
 
それでも、本来なら、まず一番にお礼を言うべきだった。
助けてくれてありがとう、体は大丈夫?と。
それなのに自分は、起き抜けのこいつを罵倒して、逃げ出してしまったのだ。
 
 
「なぁ、ミリアリア。これってやっぱ、勘違い?」
 
 
そんな声で、言われたら。
もう、嘘なんてつけない。
 
 
ミリアリアはそっと顔を上げ、ディアッカをまっすぐ見つめた。
 
 
「…心配、するわよ。当たり前じゃない。だってあんたは…」
「俺は、なに?」
 
 
紫の瞳がミリアリアを捕らえ、その視線に縛り付けられる。
ミリアリアの瞳に溜まっていた涙が、また一粒零れた。
 
「……その先は、自分の好きなように解釈すれば?あんた、頭いいんだから。」
 
ああ、どうして素直になれないんだろう。
こんな謎掛けのような言葉しか口に出来ないなんて、自分はどれだけ狡いんだろう。
今すぐこの場から消えてなくなりたい、と唇を噛むミリアリアとは対照的に、ディアッカは心の底からに嬉しそうに、笑った。
その笑顔に、ミリアリアの胸がどきん、と高鳴る。
 
 
「泣かせてごめんな。でも俺は、どんな理由であれお前が怪我するなんてもってのほかだったからさ。
気付いたら体が勝手に動いて…退避場所から飛び出してた。」
「やめて!謝らないでよ…謝るのは、私の方だわ!」
「なんでお前が謝るの」
「だって…私のせいで、怪我させたじゃない!」
 
 
子供のように必死で言い募るミリアリアを宥めるかのように、ディアッカはゆっくりと茶色い跳ね毛を撫でた。
 
 
「言ったじゃん。俺はお前が怪我するなんてもってのほかだって。だからいいんだよ。
俺が勝手にした事なんだから、お前が謝る事なんか何もない。」
「……そんなの、無理よ。それこそ間違ってる。」
「いいんだって。俺、今すっげぇ…なんて言うか、嬉しいから。」
「…嬉しい?」
 
 
一体何がそんなに嬉しいのだろう?
首を傾げるミリアリアに、ディアッカはまたにっこりと微笑んだ。
 
 
「これはまさに俺の勝手な解釈で…言ったらお前はきっと怒るだろうけど。
どんな理由であれ、俺は出来ればお前に泣いてなんて欲しくない。だけど、お前が泣く事を禁ずる権利なんて俺には無い。
だから、鬱陶しいかもしれないけど、せめて隣にいてやりたかった。
でも…そんな事思ってたくせにさ。さっきお前があんなに泣いてたのは、俺の為に、だったんだなって思ったら、何か…な。
悪い。泣かせたくなんてねぇのに泣いてくれて嬉しいなんて、俺も矛盾してるよな。」
 
 
いつも失ってしまった恋人を想って涙するミリアリアの傍でそれを支えていたディアッカ。
そんな彼女に惹かれている事に気付いた時、その涙は自分の為では決してない、と言う事実は少しだけディアッカの心に痛みを与えた。
だが、確かに彼女は自分の為だけに泣いてくれた。
泣かせたくなどないくせに、その事に喜びを感じてしまうなんてやはり矛盾している、とディアッカはつい苦笑した。
 
「…これだけは、言わせてもらうわ。」
 
ディアッカのアンダーをきゅっと握りしめながら、ミリアリアが不意に言葉を発した。
 
 
「……ありがとう。庇ってくれて。あと、目が覚めた時…いきなり怒鳴りつけたりして、ごめんなさい。」
 
 
不意に自分へと向けられた、小さな、細い声。
てっきりまた罵倒されると思っていたディアッカは、驚いて目を丸くする。
そこには、泣きはらした瞳で自分を見つめる、情けない、と言った表情のミリアリアがいて。
 
「…私の不注意で…こんな事になって、ほんとに…ごめんなさい。」
 
自分の涙の理由をしっかりと汲み取ってくれて、その上でミリアリアの罪悪感を取り除こうと気を使ってくれたディアッカに、自分が出来る事。
ちゃんと謝って、お礼を言いたい。
そう思って、ありったけの勇気を出して口にした言葉は、どうやら本人にきちんと伝わったようだった。
 
 
「謝んな、っつってんのに…お前、ほんと曲がった事が嫌いだよな。」
「…だって、ほんとうにそう思ってるんだもの。ちゃんと伝えないと、私の気が済まないわ。」
 
 
苦笑を浮かべるディアッカの指が、ミリアリアの瞳に残った涙をそっと拭う。
 
「…分かった。これからは、気をつけろよ?」
「…うん。あんたも…しばらく休んでなさいよ。私、少しなら…ここにいるから。」
 
いつになく素直に頷くミリアリアが愛おしくて、胸がほんわりと温かくなる。
初めて、自分の為だけに泣いてくれたミリアリア。
やっぱり自分は、こいつを守りたいんだ、とディアッカは改めて自覚する。
 
 
泣かせたくないのに、泣いてくれて嬉しい、なんてーー俺ってやっぱ底抜けの馬鹿だよな。
 
 
そう内心で自嘲しながら、傍についていてくれると言うミリアリアの言葉に躍る心を抑えきれないまま、ディアッカはぽすん、と枕に頭を落としたのだった。
 
 
 
 
 
 
 
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小噺のつもりが長い!!(笑)
AA時代の二人です。
トールに対する想いとディアッカに対する想いは別、と私は思っておりますが、
その辺をどういう形でミリアリアが自分の中で消化し、割り切るのか。
そんな事を考えていたら出来上がったお話です。
奇しくもサイのお誕生日にupとなりましたこちらのお話ですが、作中でも
サイが活躍しております(ある意味おいしい役どころ・笑)。
サイはやっぱりいい男です(●´艸`)
そして、某砂漠の虎様も同じく誕生日なんですよね♡
誕生日は同じですが、虎様はB型、サイはO型…。うーん、何となく分かる気が(笑)
拙いお話ですが、いつも遊びに来て下さる皆様、そしてサイと砂漠の虎様に(出番ないですが・笑)捧げます!

どうか一人でも多くの皆様に楽しんで頂けますように!!
いつもほんとうにありがとうございます!

 

 

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2015,7,20up