意中の人

 

 

 

 
シホ・ハーネンフースは極限まで緊張していた。
 
 
つい先程まで、幻想的なステンドグラスの光を浴びながら祭壇で愛を誓いあっていた二人は、古くからの仲間や友達に囲まれ口々に祝福の言葉を受けている。
ミリアリアのドレス姿は、あまりファッションに興味のないシホでも憧れてしまう程に可憐で綺麗で。
晴れた空の下、風にふわふわと踊るヴェールやチュールレースがまるで天使の羽のようだとシホは思った。
 
 
「シホ、母上を紹介しよう。少しここで待っていてくれるか?」
「あ、はい。」
ミリアリアのドレス姿に見とれていたシホは、隣に立つイザークの言葉に何も考えず返事をしてーーぴきり、と固まった。
イザークが歩みを進めた先には、彼と同じ美しい銀髪を持つこれまた美しい女性。
前プラント最高評議会議員、エザリア・ジュールの姿があった。
 
 
紹介、って言ったわよね?今?
 
 
先日、イザークはシホの為に意匠を凝らした髪留めをプレゼントしてくれた。
その際に起きたちょっとした揉め事(結局半分はシホの誤解だったのだが)の際、確かにイザークは『時期が来れば紹介する』と言ってはいた。
でもまさかそれがミリアリアとディアッカの結婚式で、などとシホも思ってはおらず。
そっと目だけでイザークの向かった先を窺うと、母親であるエザリア・ジュールがイザークとにこやかに談笑していた。
 
 
どうしよう…逃げたい。
 
 
どれだけ危険なMS戦においても一度たりとそのように感じた事の無かったシホだが、初めて今『逃げたい』と切実に感じていた。
助けを求めてきょろきょろと辺りを見回すが、話せるような知り合いも見当たらない。
それに、待っていろと言われている以上ここからいなくなる訳にもいかない。
 
 
「シホ。すまない、待たせたな。」
イザークの声に、シホは文字通りびくりと肩を跳ねさせた。
「は、い。」
何とか返事をして、なるべくいつも通りの仕草で振り返る。
そこにはいつも通りの顔をしたイザークと、その隣でにこやかに微笑むエザリア・ジュールの姿があった。
 
 
さらさらの銀髪に、品の良い佇まい。
年齢不詳と称される美貌は、しっかりとイザークにも遺伝している。
イザークと同じアイスブルーの瞳が、珍しいものを見るようにシホを上から下まで映す。
「シホ、俺の母だ。母上、こちらはシホ・ハーネンフース嬢です。」
シホは覚悟を決め、今出来る最高の笑顔でエザリアに向き直った。
 
 
「初めまして。シホ・ハーネンフースと申します。ジュール隊の副隊長をしております。」
「初めまして。エザリア・ジュールよ。イザークの隊の副隊長なのね。
この子のお世話は大変なんじゃない?」
「い、いえとんでもないです!私の方こそ、その、隊長にはいつもお世話になりっぱなしで…」
慌てふためくシホの姿にエザリアは少しだけ目を丸くし、くすりと微笑んだ。
 
 
「…もしかしてあなた、この間隊長室宛の通信に出た方かしら?」
 
 
隊長室。通信。
シホの顔がかすかに赤く染まった。
「…はい、そうです。」
まさかそれがきっかけでイザークと揉めましたとも言えず、シホはそう答える事しか出来なかった。
すると、こほん、とイザークがひとつ咳払いをし、「母上」とエザリアに声をかけた。
 
 
「シホは確かにうちの隊の副隊長でもありますが、自分の…」
「エザリアさん!」
イザークの言葉は、背後から聞こえた明るい声に遮られる。
三人が振り返ると、そこにはにこやかに微笑む今日の主役ーーーディアッカとミリアリアが立っていた。
 
「ご挨拶が遅れてすみません。今日はありがとうございます。」
ミリアリアがにっこりと微笑み、エザリアにそう挨拶する。
「ミリアリア、おめでとう。そのドレス、本当に似合っていてよ?」
エザリアも笑顔になり、目を細めてウェディングドレス姿のミリアリアを見つめた。
「ディアッカと選んだんです。着てみせるのは今日が初めてなんですけど。ね?」
「そうそう。誰かさんのおかげで休みが少なくて試着に付き合えなくて。」
途端にむっ、とするイザークを視界の隅に捉え、シホはどんな顔をすればいいか分からず黙って立ちすくんでいた。
 
 
「イザークとシホさんも、来てくれてありがとう。今日は一緒に来たの?」
ミリアリアがこちらを振り返り、首を傾げる。
「あ、あの…」
「ああ。そうだ。」
「へー。シホのそのドレス、お前が選んだの?」
「…っ、ああ。」
一瞬躊躇った後、きっぱりとした口調で答えるイザークを、エザリアが驚いたような顔で振り返る。
一方シホは、ぎょっとした表情を浮かべ固まった。
 
 
確かに、今自分が身に纏う落ち着いたダークブルーのドレスも靴も髪飾りも、イザークが選んでくれたもの。
そして支度を終えたシホを迎えに来てくれたイザークと、ザフトの寮からこの教会までは一緒に来たのも間違いではないけれど!
一歩間違えばもっと前からふたりで居たとも取られかねないイザークの返事に、シホは戸惑うばかりだった。
「ふーん。イザークにしちゃいい趣味してんじゃん?」
「ぬかせ。お前、俺をバカにしすぎだろう。」
からかうようなディアッカを冷たくあしらい、イザークはミリアリアに微笑んだ。
「ミリアリア、おめでとう。そのドレスも本当に良く似合っている。」
「俺も一緒に選んだんですけどー?」
茶化すように口を挟むディアッカを再びじろりと睨み、イザークはその背後に目をやった。
「いいのか?俺たちにばかりかまっていては他の招待客に失礼だろうが。」
するとなぜか、ディアッカとミリアリアは目を見交わし、くすりと笑いあった。
 
 
「それもそうね。じゃ、また披露宴で。
エザリアさん、シホさん、ゆっくりお話も出来なくてすみません。」
「構わないわ。行ってらっしゃいな。」
エザリアがふわりと微笑んでそう返事をすると、二人は笑顔で頷き人混みの中へと消えて行った。
 
 
「…幸せそうね。本当に良かったわ。」
そんな事を呟きながら二人を見送るエザリアに、イザークは再度声を掛ける。
「母上。先程の話の続きですが。」
「え?」
息子を振り返ったエザリアは、今日何度目か分からぬ驚いた表情を浮かべた。
 
 
「先日の見合いの件でお話しした女性。それが、こちらのシホ・ハーネンフースです。」
 
 
シホはイザークにいきなり肩を抱きよせられ、思わずその顔を見上げる。
そこにあったのは、迷いのないアイスブルーの瞳。
イザークがシホの視線に気づき、柔らかく微笑む。
その笑顔に、シホの緊張がすっと解けた。
「じゃあ、あなたの意中の人って…」
目を丸くしたエザリアに、イザークはにこりと微笑んで頷いた。
 
 
「はい。彼女は自分の…俺の、恋人です。
公私共にパートナーであり、とても大切に想っています。」
 
 
イザークの迷いのない言葉に、シホの心が震えた。
私は、この人に選ばれて今ここにいる。
私は私。何に恥じることもないんだ。
 
 
「ハーネンフース、さん?確かご両親は…」
「はい。父は作曲家で母は声楽家です。母はもう引退していますが。
私も幼い頃は一度その道を目指しましたが、現在の職業の方に興味があり結局軍人になりました。」
 
 
両親の反対を押し切って今の道を選んだのは自分。
その事をシホは恥じるつもりなどなかった。
「そう…。お母様のコンサートには、昔何度か足を運ばせて頂いたことがあるわ。
素敵な歌声に感動したっけ。」
「ありがとうございます。母が聞いたら喜ぶと思います。」
エザリアはイザークに目をやり、苦笑を浮かべた。
「あなたが女性を紹介してくれるなんて初めてのことで、少しだけ驚いてしまったわ。
彼女にみっともないところを見せてしまったじゃない。」
「いえ、そんな…」
「…ねぇイザーク。この間あなたが隊長室に居なかったのは、例のお店に行っていたからかしら?」
「え?」
「母上!その話は今でなくとも良いでしょう。」
 
 
戸惑うシホと慌てるイザークに、エザリアは思わず微笑んだ。
イザークから、趣味の良い女性のアクセサリーを取り扱う店を尋ねられた時にもしかして…とは思っていたのだが、まさか自分の隊の副隊長を選ぶとは盲点だった。
そして息子の選んだ女性は、芯が強そうに見えてその実純真なところがあるらしい。
「とにかく。今後見合いの話は母上の方でお断りくださいね?」
「はいはい。息子には既に意中の人がいる、と言ってしまっても構わなくて?」
少しだけ揶揄いを含めた問いかけ。
その言葉に頬を染めるシホを、エザリアはとても好ましく思った。
 
 
「いえ。結婚を前提にした恋人がいる、と伝えて頂いて構いません。」
 
 
そう言ってふわり、と微笑むイザークをぽかんと見上げ、編み上げた髪から覗く白いうなじまで真っ赤に染め上げて恥ずかしそうに俯いてしまうシホ。
その初心な反応に、エザリアは堪えきれずついに吹き出した。
 
 
 
 
 
 
 
007

結婚式シリーズ(かってに付けた(笑))第3弾はイザシホです。
淡々としているように見えたイザークですが、実はとっても緊張しています。
それを見かねたDMがちょっとだけフォローに(笑)
これもある意味、友情のかたち、でしょうか(●´艸`)

ちょっとしたおまけの小噺はコチラ

 

text

2014,9,16拍手小噺up

2014,10,12改稿・up