私はあなたのものだから 1

 

 

 

 

「いつも言ってんだろ?お前は隙だらけだって!」
「うるさいわね!じゃあ何?あの場で話しかけられても全部無視しろって言うの?」
「そうは言ってない!だけどあんなに笑顔をふりまく必要はねぇだろうが!」
 
 
夜のアプリリウスは人通りも少なく、言い合いを繰り広げる二人を咎めるものはいなかった。
ーーーあまりの剣幕に、咎める勇気のあるものがいなかった、と言った方が正しいかもしれない。
 
 
「〜〜〜ああもう、うるさい!あんただって昔は誰彼構わず愛想ふりまいてたんでしょ?
私がどんな顔して誰と話そうと、いちいち口出ししないでよ!」
 
 
 
そこまで言って、はっとミリアリアは我に返った。
こんな事、言うつもりじゃなかったのに!
 
 
ーーー謝らなきゃ。
そう思いながらも、ミリアリアの口からは正反対の言葉が飛び出ていた。
 
「…さっさと議事堂に戻りなさいよ!まだ任務中でしょ?私、帰るから!」
 
ディアッカが何か答える前に、ミリアリアはくるりと背中を向け、その場を走り去った。
 
 
 
ミリアリアは先程までアマギやサイとともに議事堂にいた。
そこで行われたラクス・クライン主催の会合に出席した後、そのまま残って議員や秘書達と雑談に興じていたのだ。
 
プラントに来て1年。
ナチュラルであるミリアリア達をだんだんと受け入れてくれるようになった彼らとの会話はとても有意義で、報道官として会合に参加したミリアリアも笑顔で若い秘書達と会話を楽しんでいた。
 
が、そこにラクスの護衛についていたディアッカ・エルスマンが登場した事で、場の空気はいっぺんに変わった。
自他ともに認める愛妻家のディアッカが、自分以外の男性と楽しそうに会話を交わすミリアリアを見逃すはずなどなく。
結果、ことごとく邪魔をされ、せっかくの機会をふいにされたミリアリアは怒り狂い、それに気付いたサイに促され一足先に議事堂を出るはめになったのだった。
 
 
 
アパートのロックを解除して、玄関のドアを力なくぱたんと閉める。
はぁ、と灰色の溜息をひとつつき、クローゼットに軍服を収め、ルームウェアを取り出すと、ぽたり、と涙が零れた。
 
 
あんな事、言うつもりじゃなかったのに。
 
 
ディアッカの奔放な女性遍歴は、プラントに来てから嫌という程耳にしていた。
かつての交際相手から嫌がらせをされた事も幾度となくあったが、ミリアリアはそれをディアッカに言うつもりもなかった。
言っても仕方のないことであったし、ナチュラルの自分がプラントに来た時点で予想も出来ていたことだ。
 
そして、ミリアリアは何よりディアッカを困らせたくなかった。
過去は変えられないのだから、その事で責めてもどうにもならない。
そりゃ嫉妬してしまうのも嘘じゃないけど、それを表に出す事は出来ればあまりしたくない。
今、ディアッカが見てくれているのは、自分。
だから、それでいい。
そう思っていた、はずなのに。
 
 
「…シャワー、浴びよう…」
 
 
ディアッカが帰って来た時、こんな事で泣いていたなんて知られたくない。
ミリアリアは力ない足取りで、バスルームへ向かった。
 
 
 
 
ディアッカがアパートに帰宅したのは、日付も変わる寸前のことだった。
ミリアリアが走り去った後議事堂に戻ったディアッカは、シホとイザークから散々小言をくらい、ラクスの困ったような微笑みとキラの冷ややかな視線を浴びながら任務を終わらせたのだった。
 
ミリアリアは、もう寝てしまっただろうか。
ディアッカが静かに寝室のドアを開けると、真っ暗な室内に、ブランケットに包まりこちらに背中を向けるミリアリアの姿が見えた。
 
 
 
 
きし、とベッドが軋み、ミリアリアはブランケットの中で体を固くした。
シャワーを浴びながらひとしきり泣いて、ディアッカが帰って来たら謝ろう、と気持ちを切り替えて決めたはずなのに、いざそうなってみると体が動かない。
 
 
どうしよう…どうしよう!
 
 
寝たふりを決め込むしかないのだろうか。
しかし軍人であるディアッカに、それが通用するとも思えない。
ただでさえ気配に聡いディアッカは、今この瞬間にもミリアリアが起きている事に気付いているだろう。
そう思うとますますいたたまれなくて、ミリアリアは体を固くしたままぎゅっと目を瞑った。
 
 
「ミリィ」
 
 
不意にかけられた声に、びくり、と体が揺れた。
その声から、感情は読み取れない。
けれど、きっと怒っているだろう。
あんな事を言って、釈明も文句も聞かずに走って逃げたのだから。
 
「これ、取っていい?」
くい、とブランケットを引っ張られ、ミリアリアは観念してゆっくりと起き上がった。
身を守るかのようにブランケットを肩に巻き付け、もぞもぞと体ごと後ろを振り返る。
正面にいるディアッカの顔を見る勇気は、なかった。
 
ディアッカの動く気配が、衣擦れの音で伝わってくる。
そして。
 
 
「きゃ…」
 
 
ミリアリアは、ブランケットごとディアッカの腕に抱きすくめられていた。
 
 
 
 
 
 
 
007

5000hit御礼小説です!

全2話となります。

 

 

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2014,10,1up