16, 突破口 1

 

 

 

 

ベルリンを初めて訪れてから10日。
カーペンタリアに戻ったディアッカはザクをハンガーに納めると、大きく息をついた。
 
 
「…交渉術なんざ、アカデミーじゃ教えてくれねぇもんな」
 
 
ベルリンで復興活動を行っている組織との話し合いは、とても一日で終わるものではなかった。
ディアッカがまず感じたのは、人々が持つ不信感、だった。
自分達の大切なものをこれ以上壊されたくない、守りたい。
その思いが、人々の心を頑ななものにしていた。
 
それでもディアッカが比較的早い段階で責任者と顔を合わせる事が出来たのは、ミリアリアとの結婚がこちらでも大きく取り上げられたことが大きな要因だった。
同じコーディネイター相手でも、やはり顔も見た事が無い軍人より、モニタ越しでも見かけた事のある顔の方が微妙に受け入れられやすいのだろうか。
 
 
 
 
初日、まんまと門前払いを食らったディアッカは、それでもシンに命じた通り許可を得た地域の瓦礫撤去を終了させた。
あっという間に更地となった土地に、住民達はぽかんとしていたものだった。
 
 
その翌日。
ディアッカはほぼ徹夜でラクスの提唱する支援案を再度頭に叩き込み、交渉に臨んだ。
そしてなんとか組織の責任者と会う事に成功すると、復興支援の具体案を根気強く説明した。
また、別の日にはシンや他の駐屯兵らを連れて地元住民らとも話す機会を設け、同じようにラクスの提唱する復興支援について幾度となく話をした。
そして今日、やっと支援活動の詳細が決まったのだった。
 
 
ディアッカは、決して交渉ごとが得意なわけではない。
激しやすいイザークの補佐をしていた経験上、一歩引いた視点で物事を見る癖がついていたのと、ベルリンに赴いた初日の夜にミリアリアとの通信で交わした会話が、行き詰まった状態からの突破口を思いつくきっかけだった。
 
 
 
 
『ディアッカ、疲れてるでしょ?』
モニタ越しに顔を見るなりそう口にしたミリアリアに、ディアッカは内心の驚きを隠せなかった。
「いや?…まぁ、な。俺、そんな疲れた顔してる?」
『ううん。いつも通り。』
「え?」
ぽかんとしたディアッカに、ミリアリアは笑顔になった。
 
『慣れない場所で、疲れてないわけないのにいつも通りの顔してるから。
…私に気なんて使わないでっていつも言ってるでしょ?』
 
「…アナタ様にはお見通し、ってわけ?」
そうからかうように口にすると、ミリアリアはぷぅと不満げな顔になった。
『そうやって話を逸らさないの!もう!』
「はは、ごめん。んー…そうだな、今日はちょっとだけ疲れた、かな。」
『そう。…お疲れさま。任務、大変だったの?』
「だった、って言うか…現在進行形?」
 
 
軍人には秘匿義務がついて回る。
例え妻とは言えど、ミリアリアにおいそれと任務の詳細を説明するわけにはいかなかった。
しかもミリアリアは、立場上オーブの軍人でもあり報道官でもある。
本人もその事をよく分かっていて、普段から殆どディアッカの任務について口を出すことはなかった。
 
『…何に困ってるのか聞きたいところだけど、あまり詳しく聞くと軍規違反になっちゃうものね。』
 
そういって切なそうに微笑むミリアリアを、今すぐ抱き締めたい、とディアッカは思った。
優しい、優しいミリアリア。
そういえばこいつは、ベルリンを訪れた事はあるんだろうか?
ディアッカはふとそう思ったが、秘匿情報に触れるような言葉は口に出せない。
もしミリアリアが俺の立場だったら…こいつはどうするだろう?
ディアッカはモニタの向こうのミリアリアを真っすぐ見つめ、口を開いた。
 
 
 
「…なぁ、ちょっと昔の話、聞いてもいいか?」
『え?別に構わないけど…昔って?』
ディアッカは軽く息をつき、ソファに凭れた。
「お前さ、その…取材であちこち回ってたんだろ?」
『え?うん、そうよ。』
「取材を断られる事ってあった?」
ミリアリアは不思議そうな表情で頷いた。
 
 
『それはもちろんあったわよ。紛争地域に明るい話を聞きに行く事なんてほぼなかったし。
怒鳴りつけられたりなんて当たり前だったし、カメラを壊されかけた事もあるわ。』
「…そんな事までされてたのかよ…」
ディアッカは質問の意図も忘れ、愕然とした。
『…昔の話なんだから、そんな顔しないでよ。』
「あ…そうだよな。悪い。」
戸惑い顔のミリアリアに、ディアッカは素直に謝った。
『でも、どうして突然そんなこと聞くの?』
「まぁいいじゃん。でさ、断られた時、お前どうしたの?」
ミリアリアは記憶を辿るように首を傾げ、しばらく思案した。
 
 
『そうね…最初はびっくりしたし、ショックだったわよ。
どうしたらいいかも分からなかったから途方に暮れたわ。』
「…まぁ、そうなるよな。」
 
 
『でもね、そこで諦めたらみんなに伝えたい事も伝えられない、って思って。
だから、自分に何が出来るか考えて、きちんと話をする事から始めてみようと思ったの。』
 
 
ディアッカは意外な言葉に首を傾げた。
 
「話を…する?聞くんじゃなくて?」
ミリアリアは頷いた。
 
『そう。私がどうしてここに来たかをまず相手に説明して、何の為に写真を撮っていたのか、何の為に取材がしたいのかを聞いてもらう事から始めたの。
…まぁ、聞いてもらうまでがなかなか大変だったけどね。』
ミリアリアは屈託なく笑い、話を続ける。
『それでも、根負けしたのかその内会話が成立するようになったの。
だから、終わってみたら取材じゃなくて私が相手に色々教わったみたいになっちゃったんだけどね。』
 
「…ミリィらしいな、それって。」
『…褒め言葉と受け取っていいのかしら?それは。』
複雑な表情を浮かべるミリアリア。
ディアッカは愛おしげにその表情を見つめ、ふわり、と柔らかく笑った。
 
 
「ほんとにお前は、俺が欲しいと思った時に欲しいものをくれる。マジでかなわねぇよ。」
『…え?あ、うん。そう…なの?』
 
 
モニタの向こうでよく分からない、と言った風に首を傾げるミリアリアを、ディアッカは心から愛しいと思った。
 
 
 
 
そして、その時のミリアリアの言葉をきっかけに、ディアッカは前述の通り根気強く丁寧な交渉を重ね、やっとここまでこぎ着けたのだった。
 
 
明日は、オーブから特使がやってくる。
さっさと今日の資料をシンとまとめあげて、少しでもミリアリアに連絡する時間を確保しなくては。
 
ディアッカは軍服の首元からドックタグを引っ張りだし、そこにしっかりと付けられたハウメアの護り石にキスを一つ落とす。
そしてコックピットを出ると、自分を待つシンの所へと足早に向かった。
 
 
 
 
 
 
 
016

立ち止まるディアッカを動かすのは、いつだってミリアリアの存在や言葉。

 

 

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2014,9,18up