そこへ行くことが出来たら 1

 

 

 

 
硝煙と、血の臭い。
響く怒号。
目の前で繰り広げられる、虐殺と言ってもいい程の行為。
隠された部屋の中でカメラを構えるミリアリアの手は、がくがくと震えていた。
 
もう、見たくない。見ていられない。逃げ出したい。
でも約束した。この惨状を記録に納め、世に知らしめると約束した。
ミリアリアは、震える指でシャッターを押し続ける。
 
ミリアリアをこの部屋に押し込めたコーディネイターが、サブマシンガンの餌食となり壁に叩き付けられた。
ひ、と漏れそうになる悲鳴を、口に手をあてる事で必死に押さえる。
見つかる訳にはいかない。
自分を助ける為に、犠牲になった優しい彼らの為にも、ミリアリアはここで死ぬわけにはいかなかった。
そして、今は遠い空の向こうにいる、大切な人に再び会う為にもーーー。
 
 
 
 
「…ぁああ!いやあぁぁぁ!!」
「ミリィ!!」
がばりと跳ね起きたミリアリアを、キラが安心させるように抱き締める。
「あ…あ…」
ミリアリアは焦点の合わない碧い瞳で、何かを探すように手を伸ばす。
「ミリィ。もう大丈夫だから。ね?」
「ミリアリアさん?わたくしが分かりますか?」
ラクスが柔らかい声でミリアリアに語りかけた。
だがミリアリアは返事をせず、ゆっくりと視線をさまよわせる。
 
 
「…て、…ッカ…。」
 
 
ちいさな、囁き。
 
 
「え?」
キラが思わず聞き返し、ラクスがほんの少し眉を顰める。
しかし、ミリアリアはぐったりとキラにもたれかかり、既に意識を失っていた。
 
 
 
***
 
 
 
「…記事に出来ない?どういう事なの?」
 
ミリアリアは通信先の編集者に思わず声を荒げた。
その剣幕に、相手は困ったような顔になる。
「ハウ、すまないな。上からの命令なんだよ。
お前の頑張りは俺も理解してるつもりだ。でもな、いくらいい写真やレポートがあっても、結局は上の許しがなきゃどうしようもないんだ。」
「じゃあ、その上のやつを出しなさいよ!私が直接話をするわ!」
息巻くミリアリアに、勘弁してくれと言わんばかりに相手は首を振った。
「俺、子供出来てさ。いま職を失ったら一家で路頭に迷っちまうんだよ。…ほんと、悪いな、ハウ。」
「ちょ…!」
 
ぷつん、と回線が切られたモニタの黒い画面には、歪んだ表情のミリアリアが映り込んでいた。
 
 
 
 
「また、ダメだったのか?」
アスランと共にマルキオ導師の孤児院を訪れたカガリの言葉に、ミリアリアは力なく頷いた。
「私もそれとなく理由を探って入るんだが…。
やはりブルーコスモスの有力者が一枚噛んでいるようだ。」
「…そう…」
ブルーコスモスとは、反プラント、反コーディネイター思想を持つ者達の総称である。
ミリアリアは1ヶ月とすこし前、北欧にあるダストコーディネイターのコミュニティを取材中、彼らが起こしたテロに巻き込まれた。
 
 
ダストコーディネイターとは、稚拙な遺伝子調整で五体満足に生まれて来られなかったり、コーディネイトしたはずの才能が想像と違っていた、開花しなかった、等の理由で親から捨てられたコーディネイター達のことである。
自らを【出来損ないのコーディネイター】と呼び、それでもナチュラルとは比べ物にならないポテンシャルを持つ彼らはいつしかコミュニティを作り、傭兵部隊として地球で活動の場を広げていた。
 
ナチュラルとコーディネイターが共存出来る、争いのない世界を作りたい。
その為にも、今世界でどんなことが起きているか、昔の何も知らなかった自分のような人達に何かを伝えることが出来れば。
厳密にはそれ以外にも理由はあったが、ミリアリアはそんな思いでカメラを手に紛争地帯やテロの現場に赴き取材を続けて来た。
そして、偶然そのコミュニティの存在を知り、無鉄砲にもその場所へ自ら赴き傭兵部隊のリーダーに取材を申し込んだのだ。
 
 
彼らは当初、ナチュラルのミリアリアに酷く警戒心を抱いていた。
ブルーコスモスのスパイではないかと疑われていたと知ったのは、何度目かの交渉の末ようやく取材とコミュニティへの滞在を許されてしばらくしてのことだった。
彼らが警戒心を解いたきっかけは、ミリアリアが自らの身分ーーAAのクルーであったことーーを自発的に明かしたからだった。
 
 
 
 
武器を持った事のないミリアリアに、簡単な護身術を教えてくれ、小型の武器をくれた彼ら。
自らの悲しい過去を、もう乗り越えたから、と笑いながら話してくれた彼ら。
ターミナルの許可証を差し出し、これで自分たちの事を世に知らしめてくれ、と言って走り去った、何かを諦めたような、それでも優しい目をした男達。
 
 
みんな、もう、いない。
 
 
「…ミリアリア?」
 
様子がおかしい事に気付いたのだろう。
どこか意識が飛んだようなミリアリアの肩を、カガリが掴み揺さぶる。
せり上がってくる息苦しさとめまいに、ミリアリアはいつしか首元に手をやっていた。
「アスラン!ミリアリアがまた!!」
誰も呼ばなくていいのに。
うまく呼吸が出来ない苦しさに、ミリアリアの意識はゆっくり薄らいで行く。
…彼以外、傍にいてほしい人なんていないのに。
 
「ミリアリア!」
「ミリィ!大丈夫!?」
 
ーーーたすけて。早く助けに来て。
 
ミリアリアはそのまま気を失った。
 
 
 
 
 
 
 
007

4000hit御礼小説です。

 

 

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2014,9,9up

 
お題配布元「確かに恋だった」