4, 啖呵 2

 

 

 

 
お待たせ致しました、との声と共に、それぞれの前に飲み物が置かれる。
シホとミリアリアは紅茶、シンはブラックのコーヒー。
 
 
「…ごめんなさい、アスカくん。初対面なのに突然誘っちゃって。」
すまなそうなミリアリアに、シンは慌ててかぶりを振った。
「いえ。エルスマン隊長には今後お世話になりますから。」
「そうなの?」
不思議そうに首を傾げたミリアリアに、シホが説明する。
 
「シンは、ディアッカの副官としてカーペンタリアに降りてもらうんです。
彼は元特務隊で、パイロットとしての腕も確かですから。」
「…元特務隊でも、今じゃただの厄介者ですけどね。」
ぼそりと、自嘲するように呟かれたシンの言葉に、シホは眉を顰めた。
「シン、いいかげんに…」
 
 
「どうして厄介者なの?」
 
 
あまりにも明け透けなミリアリアのその問いに、シホだけではなくシン本人も驚いた。
ミリアリアの碧い瞳が、まっすぐにシンを見つめている。
「あなたがデスティニーのパイロットだったから?」
シンが目を見開いた。
 
 
 
「なんで…あんたが…。隊長に聞いたのかよ?!」
ミリアリアは微笑んだ。
「ディアッカからは何も。と言うか…あなたがジュール隊に配属されて以来ろくに話もしてないわ。
会ってもいないから。」
「じゃあ!なんで!?」
「シン!やめなさい!」
ミリアリアは目でシホを制し、シンに向き直った。
 
 
「私ね、最初の戦争が終わった後、しばらくジャーナリストとして活動していたの。
二度目の大戦が始まるまで、カメラを持って地球の紛争地域を回っていたわ。
アスランがザフトに復帰したのと同じくらいの時期に、私もまた戦場に戻った。
…私は、二度の大戦のどちらも、AAでCICを勤めていたの。
だからあなたとは何回も対峙してる。戦場でね。」
 
 
シンはその言葉に愕然とする。
こんな、華奢で軍人には見えない女性があのAAに!?
 
「戦後、キラに会ったんでしょう?
私はその頃プラントに来たばかりだったけど、キラから話だけは聞いたわ。
この間あなたの名前を聞いた時、初めてじゃない気がしたのはそのせいだったって後から思い出したの。」
シホは黙って二人の様子を見守っている。
シンは唇を噛み締めた。
 
「…じゃあ、俺の素性も知ってるんだろ?」
「素性?いいえ、それは知らない。オーブ出身だって言うのは聞いたけどね。
…で、アスカくん。コーヒー飲まないの?」
「は?」
あまりに急激な話題の転換に、シンは荒れる感情の矛先を見失い、ただ戸惑った。
 
 
「だって、冷めちゃったらおいしくないでしょ?飲みながらでも話は出来るわ。」
 
 
ぽかんとするシン。
その顔に、シホが思わず吹き出した。
 
 
 
 
「…で、なんで俺はここにいなきゃいけないんですか?」
 
先程の会話で警戒心が薄れたのであろうか、仏頂面を隠そうともせずシンが口を開いた。
「さっき言ったでしょ?ずっとディアッカと話をしてないって。
そのことでシホさんに話を聞いてもらうのに、二人よりあなたがいてくれた方がいいと思ったの。」
「だから、それの意味が…」
「シン。少し黙っていて。」
ぴしゃりとシホに言われ、渋々シンは口を閉じ、コーヒーを口にした。
 
 
 
「…ディアッカのカーペンタリア行きが決まった次の日、言われたの。
一緒に行かないかって。」
 
 
 
「はぁ?!」
「え?!」
同時に口を開き、顔を見合わせるシンとシホにミリアリアはくすりと微笑み、話を続けた。
 
「普通に考えれば、無理な事くらい分かるでしょ?
ディアッカは任務として行くんだし、私は総領事館の仕事がある。3ヶ月なんて長期休暇も取れる訳ないし。
だから、それをそのまま伝えたわ。
そうしたらディアッカ、怒って出て行っちゃったの。で、今に至るって訳。」
シンは唖然とし、シホは頭を抱え大きな溜息をついた。
 
「お前のことだから、俺がいなくても平気なんだろ、って言われたわ。
別れてた期間も長かったし、その事を言われてるのかと思って最初は腹も立ったし悲しかった。」
 
「それは…当たり前の感情です。怒りを感じて当然です!」
そう言って憤慨するシホに、ミリアリアは困ったように微笑んだ。
 
「…誤解しないであげてほしいんだけどね、ディアッカ、本気で言った訳じゃないと思うの。
ずっと軍人やってるんだから、さすがに無理な事くらい頭では理解してると思うし。ただ…」
「ただ、何ですか?」
シホが首を傾げる。
 
 
「ディアッカ、もしかしてプレッシャーを感じてたんじゃないかなって思うの。
でもあの人、素直に弱音を吐くタイプじゃないから。
だから私に一緒に来ないか、なんて言ったんじゃないかなって思ったのよね。」
 
 
ミリアリアの指が、ティーカップの縁をそっとなぞった。
 
「ディアッカが本心で言ったんじゃなかったとしたら。
プレッシャーに押しつぶされそうだったり、心が弱っていたせいであんなこと言ったんだったら、って考えたの。
だとしたら、いつも彼に甘えてばかりでそれに気付けなかった自分が情けなくて…。」
 
「ミリアリアさんは優しすぎます!」
 
がしゃん、とカップをソーサーに置いたシホが声を上げた。
「彼は軍人です!隊長への就任や出張の件は突然の事で驚きはしたでしょうけど、だからと言って…!
ディアッカがミリアリアさんにしたのは、ただの八つ当たりじゃないですか?!」
 
黙ってはいたが、シンも同意見だった。
というか、そもそもあのディアッカ・エルスマンに弱音やプレッシャーという言葉自体が結びつかない。
 
 
かつてシンが目にしたディアッカ・エルスマンは嫌味な程に整った容姿に何処か達観したような笑みを浮かべていた。
そしてブレイク・ザ・ワールドと呼ばれる事件の際の勇猛果敢な動き。
アスランとジュール隊長との見事な連携に、シンはただ見惚れたものだった。
 
 
「うん。確かに八つ当たりよね。それでも、気付いてあげなきゃいけなかったの。
ディアッカはいつも優しいから、私はそれに甘えてばかりで気づいてあげられなかった。」
「なぜです?それではただ彼を甘やかすだけではないのですか?」
シホの鋭い言葉に、ミリアリアは驚いたように目を見開いた。
当のシホも、言い過ぎたと思ったのかハッとした表情になる。
 
「すみません…言い過ぎました。」
「ううん。シホさんの言う通りだと私も思うもの。
でもね、私の勝手な思い込みかもしれないけど…」
ミリアリアは一つ息を吐くと、はっきりとした口調で言い切った。
 
 
「ディアッカは、私がそうやって甘やかしたとしても、ただそれに依存して溺れてしまうだけの人じゃないから。
ああ見えて、責任感だってあるしね。
それに私はこれでもディアッカの奥さん、だから。
彼が弱っている時、支えになりたいの。私が弱ってる時、いつも彼がそうしてくれるようにね。」
 
 
ミリアリアがディアッカによせる、絶対の信頼と深い愛情。
自分が思うよりも、この二人の絆は深いのだ。
シホは詰めていた息を吐き出すと、やるせない表情で微笑んだ。
 
「…そう、ですか。
出過ぎたことを言って申し訳ありません、ミリアリアさん。」
ミリアリアはぶんぶんと首を振る。
「ほんとにいいの!私こそ、聞いてもらえて少し気が楽になったから。
アスカくんもごめんね、ありがとう。」
急に話を振られたシンはびくりと身を震わせた。
「い、いや!その…大丈夫、です。」
その様子に、ミリアリアはまた柔らかく微笑む。
 
 
「アスカくん、カーペンタリアにいる間、ディアッカの事、よろしくね?
不真面目なところもあるけど、きっと一人でぐるぐる考え込むこともあると思うから、そんな時は何でもいいから思ったことを言ってあげて?」
 
 
突然ザフトの精鋭部隊であるジュール隊に配属されたと思ったら、そのままカーペンタリアへの出張、しかもエルスマン隊の副官に任ぜられ、戸惑わなかったと言えば嘘になる。
だが、今のミリアリアの言葉を聞いて、シンの中で何かが変わろうとしていた。
 
「…出来る限り、やってみます。」
 
その言葉に、ミリアリアがふわりと笑った。
 
 
 
 
 
 
 
016

プラントにいるのに、離ればなれの二人。

ミリアリアの優しい想いを知らぬまま、ディアッカの出発の日が迫ります。

 

 

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2014,8,20up