9,好きなの?嫌いなの?

 

 

 

 
目眩が止まらない。
ミリアリアは、たまらず壁にもたれた。
「…情けないなぁ…」
過呼吸の発作を起こすのは、かなり久しぶりだった。
 
 
ジャーナリストという肩書きで呼ばれるより前、戦場カメラマンとして駆け出しだったミリアリアは、ある取材がきっかけで過呼吸の発作を起こすようになった。
先の大戦で人より多くの辛い出来事を経験し、多少なりとも図太くなったつもりでいたミリアリアだったが、現実は甘くはなかった。
戦場と言う凄惨な現場で、優しすぎるミリアリアの精神が悲鳴を上げるのは時間の問題だったのだ。
それでも、負けず嫌いのミリアリアは歯を食いしばって活動を続けた。
度々起こしていた過呼吸の発作も、治療を受けながらハードな取材活動を続け、ディオキアでAAに乗艦する頃にはすっかり落ち着いていた…はずだった。
 
ブリッジで発作を起こして、気づいたのは医務室だった。
そばについていてくれたフラガから申し訳なさそうに会議への参加を告げられ、自室に寄ってもらい飲み物の用意だけ持って談話室へと向かった。
 
 
そして、ディアッカと再会した。
 
 
およそ一年半ぶりに会うディアッカは、相変わらず綺麗で。
それでも少年らしさはなりを潜め、精悍な大人の顔をしていた。
かつてミリアリアを優しく見つめてくれた、アメジスト色の瞳は深みを増し。
豪奢な金髪は、伸ばしているのだろうか。後ろは肩にかかる寸前までになっていた。
背もだいぶ伸びた気がする。
きっとミリアリアが隣に立てば、頭一つ分はディアッカの方が高いだろう。
 
そこまで考えて、先程のディアッカの不機嫌な様子が頭に浮かんだ。
あんなディアッカを、ミリアリアは見たことがなかった。
ミリアリアがジャーナリストの道を選んだ時も、あんな風ではなかった。
あの時のディアッカは、そう、どこか悲しげだった。
 
ミリアリアは、もたれていた壁に背中をくっつけ、ずるずると座り込んだ。
ここは格納庫へと続く非常階段だ。
停戦中で戦闘配備も解かれている今なら、まず誰もこんなところは通らないだろう。
ちょうどいい、ここならゆっくり考えられる。
 
ディアッカは、自分のことを今どう思っているのだろう。
ミリアリアは目を閉じ、先ほどブリッジで考えた事をひとつひとつ整理する。
意地を張って、別れを切り出してしまったこと。
そして、それを後悔したこと。
ジャーナリストになりたかった理由。
ディアッカを守りたいこと。
隣に立ちたいこと。
会えない間、本当は寂しくて怖くて、たくさん泣いたこと。
酷いことをしてしまって、たくさん、たくさん謝りたいこと。
 
 
まだ、こんなにもディアッカの事が好きだということ。
 
 
「素直になる、って、決めたんだよね。私」
結局、ディアッカは間違っていなかったのだ、半分は。
大口を叩いて優しい彼の手を振り払い、勇ましく戦場に出てみれば過呼吸発症。
それでも、がむしゃらに動いているうちに克服出来たつもりになっていたけれど。
ミリアリアは、一つ息をつくと膝を抱え、そこに顔をうずめた。
さすがに、誰も通らないとはいえだらしなく足を投げ出しておくわけにもいかない。
 
ディアッカがバスターとともにこの艦にいた頃は、どこにいても彼がミリアリアを見つけてくれた。
どんなきつい口調で詰っても、時には頬を叩いてもそばにいようとしてくれた。
トールの死を受け入れきれなかったミリアリアを、辛抱強く優しく見守ってくれた。
それなのに、自分は。
 
 
「ミリアリア!?」
 
 
そうそう、こうやって声をあげて、走ってきてくれたよね。
こんなに鮮明に思い出せるなんて、私ってばすごいかも。
今なら、素直に話が出来そうな気が、する…
 
 
「おい!ミリアリア!どうしたんだよ!」
「…え?」
 
 
温かい手が、ミリアリアの肩をつかむ。
がくがくと揺さぶられ、ミリアリアは半分意識を失いかけていたことに気づく。
眩暈を堪えながら、ゆっくりと視線を上げると。
 
緑色の軍服。
浅黒い肌。
豪奢な金の髪。
ミリアリアが大好きな、アメジストの瞳。
 
 
「ディアッカ?」
 
 
格納庫にいたはずのディアッカが、ミリアリアの目の前にいた。
顔を上げたものの、相変わらずぼんやりとしたままのミリアリアを心配そうに見つめたディアッカが、「ああ。」と返す。
どうして、ここにいるって分かったんだろう…
でも、見つけてくれた。私を。
 
「…怒ってたんじゃないの?」
「は?」
 
違う、言いたいのはこんな事じゃない!
そう思った途端、混乱したままのミリアリアの思考回路が急激に働き始めた。
素直になると決めた。
ディアッカと話がしたかった。
言わなくちゃ。
ディアッカがここからいなくなってしまう前に、早く言わなくちゃ!
 
 
「…好きなの?嫌いなの?」
「ミリアリア?」
「だから!ディアッカは私の事、好きなの?嫌いなの?」
「は?!」
 
 
ディアッカが瞠目する。
そんなディアッカに構わず、ミリアリアは続ける。
別れてからずっと、伝えたかった言葉を。
 
 
「私は、やっぱりディアッカが好きなの」
 
 
ディアッカの脳にその言葉が染み渡るまで、しばしの時間を要した…。
 
 
 
 
 
 
 
016

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2014/6/5up

2017/9/23改稿