嫉妬と不安 1

 

 

 

 
ミリアリアが目を開けると、まだ外は薄暗かった。
時計を見ると、午前4時。
 
体が、暖かい何かに包まれている。
そぅっと顔を動かすと、すぐ近くにディアッカの寝顔があった。
 
 
長い睫毛、柔らかい金色の髪。
くぅくぅと穏やかな寝息をたてて眠るディアッカは、まるで天使のように綺麗で。
ミリアリアはぼんやりと、眠るディアッカを見つめていた。
気づけば、自分もディアッカも裸だった。
あれ?どうして何も着てないんだろう…
ミリアリアの脳裏に、昨夜の行為が徐々に蘇ってくる。
 
 
理由はわからないけど、ひどく意地悪だったディアッカ。
昨夜の自分の痴態を思い出して、ミリアリアはこのまま消えてなくなりたい気持ちになった。
ディアッカは、呆れただろうか。
あんな痴態を晒して、幻滅したのではないか。
嫌われて、しまうだろうか。
そこでミリアリアは、ふと別の可能性に思い当たる。
 
ディアッカは、他の女性のこともあんな風に抱いたり、したのだろうか。
 
アスランやイザークはあまり話してくれないが、赤服時代のディアッカは、かなり女性関係が派手だったと聞いている。
実際、ディアッカと結婚すると公表された後、彼の知らぬところで何度もミリアリアはかつての恋人たちから声をかけられていた。
どの女性もみな本当に華やかな美人で、細くて胸も大きくて…
そんな彼女達から浴びせられる見下したような視線と心ない言葉に傷つきながらも、ミリアリアは適度にそれらを聞き流していた。
 
自分がお世辞にも美人で無いこと、貧相な体つきであることは充分自覚していた。
そのため、何を言われても言い返しようがなかったからだ。
それに、ことを荒立ててディアッカに迷惑をかけるのも嫌だった。
 
 
あの美しい女性たちなら、昨晩のミリアリアと同じような痴態を晒してもそれはそれは艶かしいものだろう。
だが、自分は。
そこまで考えて、本当にミリアリアは恥ずかしさのあまり消えてしまいたくなった。
 
そっとベッドを降りる。
ディアッカは気づかない。
いつもなら、片足を床に下ろしただけでも目を覚まして抱きしめてくれるのに。
 
 
ミリアリアは、そのままそっと部屋から出て行った。
 
 
ディアッカは、ゆっくりと目を開けた。
そしていつものようにミリアリアを抱きしめようとして…、その腕は虚しく空を切った。
その瞬間、がばっと起き上がる。
 
 
「ミリィ?…ミリアリア?」
 
 
返事は、ない。
なぜ、今日に限って気がつかなかったのだろう。
ディアッカの隣、ミリアリアが眠っていた場所はまだほんの少し暖かかった。
ディアッカはそのままベッドを飛び出して家じゅうを探したが、ミリアリアの姿はどこにも見当たらなかった。
 
ミリアリアのクローゼットを開ける。
服はいつも通りのようだったが、よく見ると最近一緒に出かけた時に買った白いワンピースが見当たらない。
バックはソファの上にあり、携帯電話も入ったままだ。
 
 
「ミリィ…」
 
 
どこへ行った?
ディアッカは大股に玄関へ向かう。
きちんと揃えられた靴の中、ローヒールのパンプスがひとつ消えていた。
ふと横を見ると、コートハンガーにあるはずの、ミリアリアのお気に入りのストールも無い。
 
出て行った?こんな時間に?
 
ディアッカは慌てて部屋にとって返し、ジーンズに白いシャツを羽織ると玄関から外に飛び出して行った。
 
 
 
ミリアリアは、眼下に広がるプラントの街並みをボンヤリと見ていた。
ディアッカから婚約指輪をもらった、あの展望台。
最近整備されて綺麗になり、少し奥に行くと小高い丘にたどり着くことを、休みの日に一人で散歩したミリアリアは知っていた。
そしてその時から、この丘はディアッカには内緒の、秘密の場所となった。
 
ここに来る時、それはミリアリアに辛いことがあった時だった。
ディアッカのかつての恋人に罵倒された時。
ディアッカと喧嘩をしてオーブが恋しくなった時。
ふとした瞬間に戦争をしていた時の事を思い出し、大切なものを無くす恐怖に押しつぶされそうになった時。
 
 
ディアッカ。
ディアッカ。
 
 
結局のところ、ミリアリアは、ディアッカが全てなのだ。
大好きで大好きで、今でも彼が自分の婚約者だなどと信じられない位に。
 
ごう、っと風が吹いた。
ミリアリアはストールを体に巻きつける。
ワンピース一枚じゃ、まだ寒かっただろうか。
ストールを巻いても寒気は止まらず、ミリアリアはかすかに震えた。
 
ディアッカの腕の中は、あんなに暖かいのに。
 
不意に、ディアッカの優しい声と笑顔が浮かぶ。
ミリアリアはぺたんとしゃがみこんだ。
朝露に濡れた草が、素足に当たってひどく冷たい。
 
 
ディアッカはもう起きただろうか。
きっとミリアリアが見当たらず、慌てているだろう。
いや、そうでもないかもしれない。
意味のわからないミリアリアの行動に呆れて、そのまま本部に行ってしまうかもしれない。
 
 
「ひっ…く…」
気づけば、ミリアリアは泣いていた。
ディアッカにはやっぱり、コーディネーターの美しくて華やかな女性が似合うんじゃないか。
こんなナチュラルの貧相な女と結婚なんてして、いいんだろうか。
女として何の取り柄もないミリアリアに、ディアッカはいつか飽きてしまうんじゃないだろうか。
 
「ディアッカ…っく、ディアッカ…」
 
ミリアリアはしゃくり上げながら、大好きな婚約者の名を呼ぶ。
不釣り合いでも、飽きられても。
それでも、ミリアリアにはディアッカしかいなかった。
かつての恋人、トールはミリアリアの中で大切な思い出として、今もそこにある。
だが、ディアッカは違う。
手を伸ばせばすぐそこにいる、大切な存在。
ミリアリアはしゃがみこんだままさらに泣いた。
いつしか、雨が降り出しミリアリアの全身を濡らし始めていた。
 
 
 
 
ディアッカは走っていた。
今日の天気は雨。
天候が予め決まっているプラント育ちのディアッカは、自然と天気をチェックする癖がついていた。
ミリアリアは傘を持っていないだろう。
初夏に近い季節とはいえ、明け方はまだ気温も低い。
今頃、雨に打たれているのではないだろうか。
そう思うといても立ってもいられず、ディアッカはミリアリアの行きそうな場所を考え走り続けた。
 
「はぁ、はっ…」
さすがのディアッカも、全速力で走り続ければ息も切れる。
偶然立ち止まったのは、あの、展望台の入り口だった。
 
 
まさか…。
 
 
ディアッカは、息を整えると展望台への階段を駆け上がった。
 
 
 
 
 
 
 
007

500hit御礼小説です。

2話での完結となります。

もやもやとした不安にかられ、アパートを飛び出してしまうミリィ。

…ていうかディアッカさん、いったいどんな事をミリィにしたんでしょうか…(汗

 

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2014,7,1up