72, 死は罪滅ぼしにはならない 3

 

 

 

 
鋭い銃声が聞こえたのは、階段を下りきった時のことだった。
どうやらさっきの扉は、地下へとつながるものだったらしい。
 
「今の…どこから?」
「俺らに向けてじゃないのは確かですね。となると…このフロアでも戦闘が始まってるってことかよ…って、ちょっと!ミリアリアさん!」
 
ミリアリアは弾かれたように銃声がした方へと小走りに駆け出した。
適当にあたりをつけて角を曲がると、重厚な扉が目に入る。
そして、かすかだが呻くような声と女性の悲鳴らしきものも聞こえた。
「あんた!あれだけ走るなって…!」
背後から静止の声が聞こえたが、それを振り払うようにミリアリアは思い切りドアを開き、シンと共に室内になだれ込んだ。
 
 
「やめて!撃たないで!」
 
 
その声に、室内にいた全員がミリアリアを振り返る。
足から血を流し床にひれ伏すジェレミー・マクスウェル。その彼に銃を向けたまま冷たい瞳でミリアリアに視線を向けるラスティ。口元に手をあて、少しだけ怯えた表情を浮かべたエザリア・ジュール。
そして──。
 
 
「ミリアリア!!」
 
 
そこかしこに巻かれた白い包帯が痛々しい、何よりも大切な人──ディアッカの姿を認め、ミリアリアは全身から力が抜けそうになった。
やっと……会えた。ディアッカは生きて、そこにいる。
先刻顔を見ただけだったディアッカの姿に安堵し、ミリアリアの目に涙が浮かんだ。
だが、床に蹲るジェレミー・マクスウェルに再び銃を向けたラスティに気づき、ミリアリアは必死で叫んだ。
 
「ラス!撃たないで!おとうさんなんでしょう?あなたの!」
「……ああ。遺伝子上は」
「それでも!……っ…」
 
突然ずきん、とした鈍痛に襲われ、ミリアリアは下腹部を庇うような姿勢でその場にしゃがみ込んだ。
 
「ミリアリアさん!?」
「大、丈夫…」
 
だが足の間を伝う生温い感触に、ミリアリアは血の気が引く思いだった。
出血──している。
 
 
「ミリアリア!どうした!」
 
 
力強い腕に体ごと包み込まれ、懐かしい匂いが鼻腔をくすぐる。
恋しくてたまらなかった、ディアッカの──匂い。
 
「ディアッカ…」
 
喜びと不安で溢れそうになる涙を懸命にこらえ、ミリアリアは小さくその名を呼んだ。
まだだめ。まだ終わってない。
泣いても何も解決しないのだ。ちゃんと…ちゃんと言葉にして伝えなければ!
その様子を見ていたジェレミーが、蹲りながら乾いた笑い声をあげた。
 
「なんと滑稽な…!せっかくの好機をみすみす逃し、そんな体で我が懐に飛び込んで来るとは!やはりナチュラルは頭が悪い。っははは…!」
「てめぇ…!」
 
いきり立つディアッカをどうにか引き止めたいと思うミリアリアだったが、体に力が入らない。
 
 
「頭が悪いのはあんただろ。この状況理解してる?父さん」
 
 
再び銃を構え直したラスティを振り返り、ジェレミーは手を伸ばした。
 
「なんということだ…エザリアといいおまえといい…野蛮なナチュラルに洗脳されてしまったのか?」
「野蛮なのはあんただ」
「この父の元へ戻れば、何もかも良い方向に進む。おまえの蛮行も不問にしよう。そうだ、その銃であいつを撃て。あの忌々しいナチュラルの女を。どうせあれもおまえに良からぬことを吹き込んで誑かしたのであろう?」
 
ジェレミーの言葉にぎり、とディアッカが歯を食いしばるのが分かり、ミリアリアはぞくりと体を震わせた。
狂ってる──。
全く噛み合わない父と息子の会話。
都合の良い解釈だけで話を進めようとするその姿に、ミリアリアはただ恐怖を覚えた。
と、ラスティが蹲ったままのジェレミーの元へ、ゆっくりと近づいた。
 
「おお…立派になって…ラスティ」
「──俺の大切なものを傷つけようとするおまえに、生きる価値なんて無いんだよ」
 
氷のような冷たい声に、下腹部の痛みに耐えながらもミリアリアはディアッカの腕の中ではっと顔を上げた。
 
「ラス、だめ……」
「あんた、どうせ死ぬんだろ?文無しで医者にもかかれねぇんだもんな。だったら俺が殺してやるよ」
「ラスティお願い、もうやめて!!!死んじゃったら、そこでおしまいなのよ?いいことも悪いことも全部!!死ぬことは罪滅ぼしになんてならない!!」
 
力を振り絞るようなミリアリアの声に、ラスティの持つ拳銃が僅かに震える。
 
 
「ラスティ、そこまでだ!!」
 
 
新たに聞こえた声と、ラスティが銃の引き金を引いたのはほぼ同時だった。
 
 
 
「ぐ……うっ」
肩口から噴き出す血を震える掌で押さえ、ジェレミー・マクスウェルが唸り声をあげる。
 
「ラスティ!もうよせ。ここからはザフトの仕事だ」
「…イザーク!あなた、どうして…」
 
油断なくジェレミーに銃を向けながらきっぱりとそう宣言したイザークは、エザリアの姿に一瞬だけ目をやり、すぐに視線を戻した。
 
 
「ジェレミー・マクスウェル。二年前の礼拝堂襲撃事件、そして先日起きたオーブ代表であるカガリ・ユラ・アスハとオーブ軍三尉ミリアリア・エルスマンの誘拐に関する容疑、違法なジャンク屋と手を結び不法な手段を使ってMSを所持した容疑であなたを拘束します」
 
 
イザークを追いかけるようになだれ込んできたクインティリス駐在のザフト軍兵士達によって、ジェレミー・マクスウェルは拘束された。
「容疑者は負傷している。警察やアプリリウスのザフト軍本部とも連携を取り、早急に必要な処置を施すように。尋問はそれからだ」
「はっ!」
何よりも愛していた息子とイザーク双方に銃を向けられたジェレミーは、まるで魂が抜けたように呆然としたままで。
そうして部屋から連れ去られる“あの方”を一同は言葉もなく見送った。
 
 
 
「イザーク…」
 
ホッとした表情を浮かべるエザリアに、イザークもまた微笑んだ。
 
「母上、ご無事で何よりです。お怪我はありませんか」
「ええ。……ごめんなさいね、黙っていて」
「いえ。賢明な判断です。これもラクス嬢の提案ですか?」
「その通りよ。ラクス・クラインの頼みとあっては無碍にも出来ないし…それに、共に戦った戦友ですもの。彼も、ユーリも」
 
切なげな表情を浮かべたエザリアにイザークは唇を噛み締めた。
 
「ユーリの容体は?」
「エルスマン議員が治療にあたっています。シホが護衛についていますので、何かあれば連絡が…」
「ミリアリア!おい、なんだよこれは!」
 
ディアッカの悲痛な声に、二人ははっと振り返り……目を見張った。
「なんてこと……ミリアリアさん、いつから?!」
ぐったりとディアッカの胸にもたれたミリアリアの足元に溢れ出した出血に気づき、エザリアの表情が変わった。
「さ、っき…銃声が聞こえて、それで…」
額に汗を浮かべながらも返事をするミリアリアを、ディアッカがきつく抱きしめた。
 
「シン!外に俺の乗ってきたエアカーがある。ミリアリアとディアッカを病院へ!」
「はっ…はい!すぐに準備します!」
 
イザークから放り投げられたキーを器用に空中で受け取ると、シンはすぐに駆け出していった。
 
「ミリアリア!ミリィ!」
「ごめん、ね…ディアッカ…私…お腹の子を…」
 
今、冷静な判断を下せるのは自分しかいない。
ひとつ息を吐き、心を落ち着けようとしたイザークだったが、その時エザリアが口を開いた。
 
 
「イザーク。あなたはジェレミーのところに行きなさい。ここは私に任せて」
「なっ…母上!」
「私ならクインティリスに議員時代の知り合いもいる。あなた、ミリアリアを診てくれる病院がどこにあるかもわからないでしょう?タッドにも連絡して指示を仰がなければ」
 
 
凛とした声に、イザークはぐっ、と言葉を詰まらせた。
 
「あなたはザフトの軍人でしょう?他者に任せられるものは任せて、まずは自分に与えられた仕事をなさい」
 
先程とは違う、女傑としての声でそう囁いたエザリアに、イザークは頷いた。
 
「……では母上、ディアッカとミリアリアをお任せしても?」
「もちろんよ」
 
イザークは銃を手にしたまま立ち尽くしていたラスティを振り返り、言葉を続けた。
「では母上はシンと共に病院へ。俺はラスティと共にアプリリウスへ戻ります。ラスティ、それでいいな」
「……ああ」
半分上の空なラスティの様子が気にかかったが、イザークは再びエザリアに向かい口を開いた。
 
「それと、特にミリアリアには最新の注意を払ってください。彼女は…」
「わかっているわ。……妊娠、してるのね?」
「はい。では…俺は行きます」
 
迷わず頷いたイザークはラスティを促し部屋を出た。
 
「ラスティ。マクスウェル氏の尋問はアプリリウスで行われるはずだ。同席を希望するならそのように取り計らう。だから今は…」
「悪い。ちょっと考えさせてくれないか」
 
実の父親がしたこと、そしてその理由。
いくらラスティが多くの修羅場をくぐってきたと言っても、やはり今回の事件はまた違うのだろう。
 
 
「……分かった。だが、逃げるなよ。お前は何も悪くない」
 
 
その言葉にはっとラスティは顔を上げ──くしゃりと顔を歪ませ、「ああ」とだけ返事をし、微笑んだ。
 
 
 
一方ディアッカはミリアリアを抱きしめながら、絶望感に打ちひしがれていた。
どうしたらいい?自分に今できることはないのか?
「ディア、ッカ…怪我、だいじょうぶ?」
小さな囁きに、ディアッカは慌ててミリアリアを見下ろし、何度も頷いた。
 
「どうってことねぇよ、こんなん。それよりお前…」
「ディアッカ。少しだけ我慢してミリアリアを見ていてちょうだい。タッドに連絡を取るわ」
 
きりりとした眼差しをディアッカに向け、エザリアは携帯端末を取り出した。
「エザリアさん…こいつ、血が…」
「しっかりなさい!あなたがうろたえてどうするの!父親になるのでしょう?自分の子供の生命力をあなたが信じないでどうするの!」
エザリアに一喝され、ディアッカは腕の中で苦しげに息をするミリアリアを見下ろした。
 
 
そう、ここにいるのはミリアリアだけじゃない。
腕の中にいるのは、これから自分が守り抜いていかねばならないふたつの命──。
 
 
タッドと通信が繋がったのであろう、てきぱきと話を進めていくエザリアの声を聞きながら、ディアッカは腕の中の小さな体をぎゅっと抱きしめた。
 
 
 
 
 
 
 
016

 

 

やっとここまで辿り着きました…。
二年以上かかってしまった…。
それぞれの思いが交差する中、物語は次のステージへと進んでいきます。
もうしばらく、お付き合いください。

 

 

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2016,12,21up